Season企画小説
平穏祈願・後編
はー、と、阿部が不機嫌そうにため息をつくたび、モヤモヤがオレの中に溜まって行く。
あのね、ため息つきたいのはオレの方だけどね?
なんで誕生日の朝っぱらから、こんな男と向かい合って、くだんない話を聞いて過ごさなきゃいけないんだろね?
愚痴は聞くし、恋愛相談にも乗ってあげるつもりだったけどさ〜、「素振りやってるか?」とか「宿題終わった?」とか、もうホントどうでもいい。
ていうか、30分ごとに「そろそろいーだろ」とか言うのやめてよね。9時まで待ちなよ〜、って。何度言ったら分かるの〜?
もう〜、そもそも集合が早過ぎたんだって。
三橋と何があったのさ?
阿部がトイレに立った隙に、こっそり三橋にメールしたけど、まだ返信はない。
――阿部が落ち込んでるけど、何かあった? ――って。
まあ、メール送ったの6時頃だったし、まだ7時だし? こんな時間に起きてるとは限らないから、返事がなくても仕方ないんだけどさ。
でも浮気がどうとか、考え過ぎなのは間違いないとして、阿部が心配するってことは――三橋、誰かと一緒なのかな?
野球部でって言うと、パッと思いつくのは田島とか泉とか浜田くらいだけど。群馬なら、誰だろ?
やっぱあの、幼馴染のピッチャー?
はぁー、と阿部が、何十回目かのため息をついた。
外はもう、すっかり明るい。
相談しないなら、ネカフェとか行けばよかった。いや、ファミレスにしようって言ったのはオレだけどさ。
それかやっぱり、阿部を誘って成田山でも豊川稲荷でも行けばよかった。いっそ群馬とか。
だって、成田山よりは遠いかもだけど、電車で2時間くらいだよ〜? 5時にもし行ってれば、今頃とうに着いてる距離じゃん。
「ねぇ、阿部ぇ〜、そんなイライラするくらいなら、迎えに行けば?」
オレがそう言うと、阿部は眉をつり上がらせた。
「はあ!? どこにだよ?」
って、分かってるくせに。じれったいなぁ。
「群馬! もう〜、うだうだしてないで、行くよ、ほら!」
ホント、世話が焼けるよね。いつもいつもオレ、学校でもフォローしてんだけど。分かってんのかね〜?
阿部の返事を待たず、伝票持って立ち上がる。
時刻は朝の7時半。駅まで歩いて切符買って、電車を待つとしても……8時までには出られるよね?
いっそ奢ってやろうって気分でレジに向かうと、阿部がすっごく渋い顔しながら「待てよ」ってついて来た。
「奢る。誕生日だろ」
さり気に言われて、おおっ、と思う。
覚えてたんだ!? うわー、意外! だったら、しまった、ポテトも頼んどくんだった……とは言わないけどさ。
「ごちそう様〜」
お礼言ってから、「じゃー、行くよ!」って強気で先導してやったら、阿部はちっと舌打ちしつつも、案外素直に歩き出した。
おっ、なんか気分いいぞー、と思うのは気のせい?
阿部を後ろに従えて歩くなんて、滅多にないよ? オレだって実は、やればできる!?
気分がいいと、足取りも軽いね。
駅までズンズン歩きながら、ケータイでちゃちゃっと調べてみると、今から行っても10時頃には前橋まで着くみたい。
その結果を阿部に見せたら、「分かってんよ、そんくらい」だって。
「つか、なんでオレが……」
って。あのね、阿部が行かないでどうするの?
不機嫌そうにしてさー、文句あるなら帰ればいーじゃん? ついて来るってことは、その気があるって証拠じゃん?
もー、ホント素直じゃないね。真っ黒なくせに。
オレを連れ出した時の、あの強引さはどこに行ったの? もしかして、三橋の前だとこんな感じ?
「三橋の浮気が心配なんでしょ?」
そう言うと、阿部はもっかい舌打ちして、顔を背けた。
「心配な訳ねーだろ」
って。全く、どっちなのって感じだよね。さんざんオレにグチっといてさ。
あ、でも今、「あいつの話はするな」って言わなかったね!? じゃあ、早朝よりはだいぶマシなのかな?
くだんない話に、何時間も付き合っただけの甲斐あった?
うんうん、1人でぐるぐる考えてると、どうしても思考が暗くなるし。こういう時は、一緒にいて癒してくれる、優しい仲間の出番だよね。
駅にはまあまあ人影があった。着いてからまず、切符の値段を確認する。
「前橋でいいの?」
阿部に声を掛けながら、スイカのチャージの残金は……と、そう考えた時だった。
「ああっ、阿部君っ!」
駅構内に、聞き慣れた高めの声が響いた。
声のした方に目をやると、改札の向こうに、噂の三橋の姿があった。満面の笑みを浮かべて、無邪気に手をぶんぶん振ってる。
「ええっ、あれ、三橋じゃん?」
さすがにビックリして阿部を振り向き、さらにビックリした。阿部がいない。
えっ、どこ行った? と、ぐるっと回って姿を探すと、いつの間に!? 改札から出て来た三橋を出迎えてる。
素早いねー。なんなの、ケンカしてるんじゃなかったの? 2人とも笑ってるけど。
「三橋〜、あけおめ〜」
声を掛けながら近寄ると、三橋が笑顔でうなずいた。
「水、谷、くん。あ、明けまして、おめで、とうっ」
「メール見た〜?」
さり気に訊くと、こくこくとうなずかれる。
「だ、から、急いで帰って来た、よっ」
阿部の不機嫌そうな顔にずーっと晒されてたからさ、なんか余計に三橋の笑顔に癒しパワーを感じるね。
「ああ、そっかぁ……」
ほっこりしながら返事して――けど、会話できたのはそこまでだった。
「別に急がなくていいっつったろ、今日は叶と初詣行くんじゃなかったのかよ?」
阿部がちょっと、ふてくされたように三橋に言った。
急がなくていいって? やせ我慢? なんだそれ、自業自得じゃん?
……なんて思ってる場合じゃない。阿部は三橋の肩に腕を回して、会話しながら2人、駅の外に出ようとしてる。
「ううん、オレ、あ、阿部君、の方が大事、だっ」
三橋がハッキリ言い、阿部が照れたように「そうかよ」とか答えて……うわー、何だろね、この会話。
ていうか、え? 初詣どうすんの? 2人とも、いちゃいちゃ会話しながら、どんどん駅の外に向かってますけど?
やっぱ近場のあそこ行くの?
まあ、三橋が戻ったんなら、群馬行く必要もなくなった訳だし、いいんだけど。
でも……スイカをしまい、慌てて2人の後を追うと、なんか神社とは違う方向へどんどん歩いてく。
「どこ行くの〜?」
声を掛けても、返事がない。
後ろにピッタリ近寄って、会話に耳を澄ますと――「うち、今、誰もいねーんだ」とか、「来いよ」とか。
「うえ、でも……」とか、「いーだろ」とか!
えーと……ナニコレ。
一瞬意識が遠くなったけど、オレは何とか勇気を出して、2人に向かって声を掛けた。
「あのさ! オレ、もう帰ってもいい……のかな?」
……今日さ、オレ、誕生日なんだけどね?
いや、さっきファミレスでモーニング奢って貰ったばかりだし、分かってると思うけど。
誕生日になった途端、「ことふら」とか「ことえら」とか挨拶されるし、早朝5時には呼び出されるし、時間潰しに付き合わされるし、初詣の予定は無かった事にされてるし……言いたいことはいっぱいだけど。
まさか、最後の最後に。
「あれ? お前、まだいたの?」
そんな言葉が帰って来るとは思わなかった。阿部、お前、ホントヒドイね。分かってたけどヒドイよね!?
結局、元来た道をとぼとぼ歩いて帰りながら、オレは今日お参りできなかった、どこかの神仏に心から願った。
「今年はどうか、アイツらが平穏無事でありますように!」
だって、もうホント、振り回されるのはゴメンだからねっ。
(終)
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