Season企画小説
平穏祈願・中編
夜寝る前、親に「5時に家を出るから」って言ったら、さすがにちょっと驚かれた。
「えーっ、4日だともう、そんな朝早くからやってないわよー」
って。
だよね、オレもそう思ったけどさ。
「でも、阿部がさぁ〜」
そう言うと、「ああ、阿部君なら何か考えがあるんでしょ」だってさ。
オレよりも信頼されてるっぽいって、どうなの? 阿部なんてアイツ、野球と三橋のことしか頭にないよ?
いつもオレが教室で、どんだけフォローしてるか。
まったく、阿部は一度オレのコト、きちんと拝んどく方がいいと思うね。
その阿部の向かった先は、この辺で一番大きな神社だった。
てっきり、電車で遠出するんだと思ってたからスゴイ拍子抜け。
「えーっ、ここーっ!?」
思わず叫んだね。だって、当たり前だけど真っ暗だし。
しん、と静まった夜明け前の神社に、明かりらしいものはほとんどなくて、参拝者はオレらだけ。
スゴイ不気味。
ただ、土日の人出を当て込んでんのか、4日でもまだ屋台は出るみたい。火の消えたテントが、ずらっと門まで並んでる。
今は……無人だけど。
「来るの早過ぎだよ、阿部ぇ。一旦帰って、9時頃出直そうよ」
無人の屋台の群れを見た段階で、オレは何度も阿部に言った。だって、予想以上に寂しいよ? 夜明け前の無人の神社。
「5時に出発なら、成田山でも行くのかしら?」
って、うちのオヤは言ってたのにな。姉ちゃんも。
「豊川稲荷とかじゃないの?」
って。
だから、交通費にって軍資金たっぷり貰ったのに。なのに、近場のココ!? 朝5時の意味ないじゃん?
「ねぇ、ほら、やってないって」
阿部に声を掛けながら、ふあ、と大きくあくびをする。ろくに眠れなかったし、まだ眠いよ。寒いし。
けどその眠気は、阿部の次の言葉で吹き飛んだ。
「やってねーことはねーだろ、夜中でも早朝でも。丑の刻参りもお百度参りも、夜中にするんじゃねーか」
「丑……あのね」
いやいや、普通に初詣するんだよね?
ホント、三橋と何があったの? 怖いんですけど!?
「いや、でもさ、お守りとかおみくじとかさ、売ってないじゃん?」
オレがそう言うと、阿部がピタッと足を止めた。
「それもそうだな」
「でしょ?」
はーっ、と胸を撫で降ろしながら、ふにゃっと笑う。良かった、真っ暗な中、変なお参りに強行しなくて。
だって何度も言うけど、誕生日だよ? 1日穏やかに過ごしたいって。
「じゃあさ、出直すのがイヤならさ、ちょっと向こうのファミレス行こうよ。そんで、9時頃までまったりしない?」
ホントは帰って寝たかったけどね。三橋とトラブってるっぽい阿部、ほっとけないしね。
愚痴聞き役でもキューピッドでも、なんでもしようって決心したばかりだし。と、そう思っての提案だったけど――。
「はあ? なんでお前と4時間もまったりしなきゃいけねーんだよ?」
阿部は思いっ切り顔をしかめて、それから「仕方ねーな」と言った。
いやいや、ムリにとは言ってないんだけどね?
どうしてそこで、「さすが気が利くな」とか「気ィ遣ってくれてあんがとな」とか素直にお礼が言えないのかな?
「水谷君、スゴイ、ねっ」って、それこそ三橋みたいに……。
三橋……。
うちのエースの、無邪気な顔を思い出す。
三橋は今、どこにいるんだろう? 家かな? それとも群馬かな?
始業式は8日だから、まだこっちに帰ってない可能性もあるのかな? そんで、阿部が荒れてるとか?
色々考えながらファミレスに入り、4人掛けの席に着く。
阿部は不機嫌そうにモーニングを頼み、不機嫌そうに食べた。それからひとしきりスマホをいじって、ぼそっと言った。
「ヨメの浮気防止って、何の祈願だろな?」
飲みかけてたコーヒー、もうちょっとで吹くとこだった。
ゴクッと飲み下し、口元をちょっとぬぐいながら、「はあ?」って訊いたら、マジな顔で訊き返された。
「家内安全か?」
って。
いや、そこは普通に恋愛祈願とかじゃないのー? まあ、家内安全とかの方が、学校で見られても格好つくけどさ。
……ていうか。
「え、浮気? 三橋が?」
そんなバカな、と続けようとしたら、食い気味に文句を言われた。
「その名前は口にすんな!」
って。どうしろっての。もう〜、話して貰わないと、協力しようもないんだけど?
でも阿部は結局、三橋と何があったとかを何も教えてくれなかった。
ただイライラとドリンクバーを往復し、難しい顔で真っ黒なコーヒーを飲み、真っ黒な目を窓の外に向けて、ため息をついてた。
そんで、政治がどうとか野球理論がどうとか、課題テストの勉強は、とか、脈絡のなさそうな話をだらだらと垂れ流した。
(続く)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!