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Season企画小説
オレと先輩とこれからの話・後編
 オレが最後の夏、甲子園で活躍できたのだって、阿部さんがいたからだと思ってる。
 対戦校のデータ集めだって、「OBなんだから当たり前だろ」って言って、積極的にやってくれたし。
 甲子園にも、応援に来てくれてたし。
 春から夏の終わりまで、家庭教師としても、野球部のOBとしても、ずっと支えてくれた。
 それをオレ、「特別」なんだってカンチガイしてた。
 そうか、『OBだから当たり前』なんだよ、ね。

 阿部さんの声がしなくなるのを待ってから、何でもないフリで部屋に戻った。
「遅かったな。トイレでも行ってたか?」
 爽やかな笑顔でそう言われて、ちょっとキョドっちゃったけど、盗み聞きしてたのはバレなかったと思う。多分。
 こういうのも失恋っていうのかなぁ?
 告白するつもりはなかったし、男同士だし、好きでいるのもどうかと思うけど。

 電話の相手は誰だったのかなぁ?
 同じ大学の人? 付き合ってるの? それともまだトモダチ? オレの知ってる人……?
 一瞬訊いてみようかと思ったけど、そうすると盗み聞きしてたのもバレるって思って、結局何も訊けなかった。


 阿部さんにプロ志望届を出さないのかって訊かれたのは、10月に入っての事だった。
「お前最近、なんか悩み事あんだろ? 集中できてねーぞ。進路について相談して―ことでもあるんじゃねーの?」
 って。
 オレ、そんな集中できてなかった、かな?
 悩んでるのはホントだけど、でもまさか、レンアイについて悩んでますとか正直に言う訳にもいかなくて、思いっ切りキョドった。

「お前なら、下位でも指名されると思うぜ」
 そう言って阿部さんは、オレにドラフトへの挑戦を勧めた。
「悩むくらいなら、ダメ元でやってみろ」
 お世辞でも嬉しかったし光栄だけど、オレは勿論、ぶんぶんと首を振った。だって、大学は行くつもりだった、し。
 スポーツ推薦の話とかも、幾つか貰ってるし。
「ち、がうんです。オレ……」

 オレは一旦言いかけて、でもセリフを続けられずに口ごもった。自分でも、どう説明したらいいのか分からない。
 だから、さんざんぐるぐる考えた挙句、口から出て来たのはこんな質問だった。
「先輩、は、どうして今の大学、選んだんです、か?」

 阿部さんは「はあっ?」って驚いたような顔してたけど、行きたい学部があったのと学力とを考えて受けたんだって教えてくれた。
 彼の通ってる大学は、国立の理系で偏差値高くて、難しいので有名なとこだ。
「なんだ、学部で迷ってんのか?」
 そう訊かれても、ハッキリとはうなずけなかった。だって、学部とかで悩んでる訳じゃない。
 阿部さんと同じ学部なんか選べないし、同じ大学にも行けそうにない。そもそもオレは理系じゃないし……。
 野球、続けたい、し……。
 分かってる、けど。分かってても、きっぱりと思い切ることはできそうになかった。

 考え始めるとキリがなくて、ずっと気になって気になって仕方なかったコトを、つい訊いてしまった。
「あの、オレ、もし推薦で入学決まった、ら、家庭教師終わ……り?」
 否定して欲しかった。「そんなことねぇよ」って、「卒業までやる」って、そう言って欲しかった。けど。
「んなのお前次第だろ? お前が辞めてぇなら今日でも辞めるし、続けてぇなら……」
 阿部さんは他人事みたいにそう言って、そこで「そうか」ってぼそっと呟いた。
「入試が終われば、お役御免かな」

 ドキッとした。
 じわっと胸の奥が熱くなる。ヤダ。もっとずっと一緒にいたい。
 家庭教師、辞めないで欲しい。ずっと。
 でも、そんなワガママ言えなくて――。オレは結局何も伝えず、ただ高3の2学期をじりじりと過ごした。


 結局オレは、流されるまま進路を決めた。
 いくつかの大学からのスカウトを、先生と一緒に検討して、形ばかりの入試を終えたのが11月。
 「これからも阿部さんと会いたい」って、そういう漠然とした望みしかなかったから、後は野球さえできれば良かった。
 2学期の期末試験が終わる頃には、もう合格通知が届いてて。けど、オレはそれを、阿部さんの誕生日が過ぎても見せなかった。
 だって、入試が終わったら「お役御免」って言われたし。
 ホントは阿部さん、推薦入試が終わった時点で、もう終わりのつもりだったんじゃないのかなぁ?
 じゃあ……今年いっぱいで終わりだとか言われるんじゃないのかなぁ?

「三橋、期末どうだった?」
 阿部さんに促され、数学のテストを見せる。半年以上教えて貰ったのに、点数は平均点スレスレの62点だ。
 はぁー、とため息つかれるのを覚悟する。けど。
「ふーん。まあ、苦手は苦手なりに、よく頑張ったんじゃねぇ?」
 そんな風に誉められて、優しく頭を撫でられてドキッとした。
 誉められてるのに、突き放されてるみたい。「よく頑張った」って、過去形なのも気になった。
 それが気のせいじゃないんだって知ったのは、突然右手を差し出され、握手を求められたからだ。

「合格おめでとう、三橋」

 また、ドキッとした。

「う、え……?」
 なんで知ってるんだろうって、思いっ切りキョドった。だって、オレ、伝えてないし。
 そしたら。
「オバサンからお礼の電話あったぞ」
 阿部さんが、苦笑してそう教えてくれた。
「オレは、お前の口から合格のコト、報告して貰いたかったけどな」
 苦そうに笑いながらそう言われて、それにも胸が痛くなった。
「ご、めんな、さい……」

 握手に応えることもできないまま、右手でぐいっと目元をぬぐう。
 オレ――自分のことしか考えてなかった。
 さよならがイヤだからって、合格した事も隠したままで。数学の成績も上げられないまま、大した目標もないまま、阿部さんを週に2回も拘束して。
 なんてワガママなんだろう。なんてイヤなヤツなんだろう。まだお礼も言えてない。
 ありがとうございました、って、ホントは言わなきゃいけないのに。分かってるのに。
「阿部さん……」
 頭の中は、阿部さんのことでいっぱいだ。どうしよう、いっぱいだ。

 ぼろぼろ泣いてると、「どうした?」って心配そうに言われた。
 握手の形に伸ばされてた手が、オレの頭に移動して、また優しく撫でてくれる。
 その手に促されて、つい「好きです」って言ってしまう。
「好き、です。ごめんなさい、好き、です。だ、から、か、カテキョ、まだ辞めない、で。ず、ずっと、会っていたい、です」

 ぐずぐず泣きながらそう言って、言いながら絶望した。もう終わりだって思った。
 だって、メーワクに決まってる。
 阿部さんには好きな人いる、のに。
 思えば阿部さんは、昔からすっごく女子にモテていた。告白もいっぱいされてたの、オレ、知ってる。
 そんな阿部さんに、ただの後輩でカテキョの生徒で、しかも男のオレなんかが「好き」って言ったって仕方ない。
 言わなけりゃ、少なくとも後輩ではいられたのに――。キモいって言われてドン引きされたら、それすらももう終わり、だ。

 ほら、その証拠に阿部さんはずっと黙ってる。
 拒絶の言葉を呑み込んで、きっと、断りの言葉を選んでる。

「ご、ごめんな、さい」
 オレは、深々と阿部さんに頭を下げた。顔も見られなかった。
「忘れてくだ、さい」
 鼻水をすんすんすすりながら、精一杯真摯に謝る。
「キモい、かも、だけど、も、もう、シツコクしたりしません、から。これからも、いい、先輩でいて、くだ、さい」

 そしたら、深々と下げた頭の上から、はぁー、と聞き慣れたため息が聞こえた。
「ワリーけど、それはできねーな」
 低い声で言われて、ドキッと心臓が跳ね上がる。
 全身に鳥肌を立てながら、彼の断罪の言葉を待つ。

 絶交だ、と言われると思ったけど――。

「ようやく両思いになれたっぽいのに、もう『イイ先輩』でなんかいられる訳ねーだろ」
 阿部さんはそう言って、オレをギュッと抱き締めた。
「つーか、お前、オレのコト好きになんの遅すぎだぞ。オレはもうずっと前から、お前のコトが好きだった」


 突然の告白に、なんて答えたかはもう覚えてない。だって、何が何だかよく分からなかったし。
 阿部さんの好きな人が、実はオレだったとか……理解できるようになるまでも、だいぶかかった。
 花井さんにはそのこと、よく相談してたんだって。じゃあ、もしかしたら、あの日盗み聞きした電話は、花井さんとの会話だったの、かも。
 正直に言えてないから、まだ訊けてないけど。それならそれで、有り得ると思った。

 家庭教師は12月いっぱいで終わることになったけど、オレはもう悲観しなかった。
 彼とは大学も学部も違うし、オレは野球一筋にやってくし、流されるまま決めた大学に、4月からお世話になるって決めたけど。後悔はない。
 阿部さんは、初めての「オレの捕手」で、野球部の先輩で、元・家庭教師で。そして、付き合い始めの恋人ってことになったから。
 もうそれで、何も悩む必要はなくなった。

  (終)

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