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Season企画小説
オレと先輩とこれからの話・前編 (3周年記念・大学生×高3)
 家庭教師の先生にテストを見せる時は、オヤに見せるときよりも緊張する。
 普段、勉強を教えて貰う時も緊張するけど、その比じゃない。
「この間のテスト、どうだった?」
 響きのいい低い声に促され、オレはそっと答案を差し出す。
 春から見て貰ってる数学のテストは、赤点ギリギリじゃないけど、平均点にはまだ少し届かない55点。
 はぁー、とため息をつかれると、ビクッと肩が揺れてしまう。
「す、みません」
 キリッと濃い眉の間には、しわが1本刻まれてたけど、怒鳴られたりはしなかった。

 以前はよく怒鳴られて、ウメボシされたりして怖かったのに、今はそれがない。
 ホッとしたけど、なんか物足りなくて寂しい気もする。
 他人っていうか……ビジネスライクっていうか。もう怒鳴るような関係じゃないんだって、思い知らされてるみたい。
「相変わらず数学ダメだな、お前」
 そう言われて、格好良く整った先生の顔を、ちらちらと見る。
 2つ年上の阿部さんは、高1の時の3年生で、野球部の先輩で……初めての「オレの捕手」だった。


 高校で野球に一区切りつけ、大学ではサークル程度に抑えてるっていう阿部さんが、家庭教師のバイト先を探してるらしいって聞いたのは、春休みのことだった。
 教えてくれたのは、練習を見に来てた同じOBの花井さんで。
 その話は野球部のみんなも聞いてたから、早く連絡しないと他に取られちゃうと思って、焦って連絡したんだ。
「家庭教師、まだお願い、でき、ます、か?」
 って。
 いきなりの電話に、阿部さんはビックリしてた。

『はあ? 何、三橋? 家庭教師って……お前、きょうだいとかいたっけ?』
 戸惑ったように「きょうだい」って言われて、おかしいなーって思ったら、どうやら阿部さん、中学生相手の家庭教師先を探してたらしい。
 あれ? 花井さんそんな話してたかな?
 よく考えてみれば、ろくに話を聞いてなかった気もして、恥ずかしくて言葉もなかった。
 でも、先輩は結局、OKしてくれたんだ。
『まあいいや、お前の勉強、気になってたし。教えてやんのも久し振りだな、三橋』
 先輩は電話口でそう言って、ふふっと笑った。
 久々に聞く低い声が懐かしくて大好きで、じわっと胸が熱くなった。
 オレの頼みを引き受けてくれて――それが、誰よりもオレを優先してくれてるみたいな気がして、嬉しかった。

 それから4ヶ月。
 いつも赤点ギリギリだったオレの数学を、阿部さんは分かりやすい教え方で、なんとか50点を切らないようにまでしてくれた。
 平均点には届いたり届かなかったりだけど、オレ、理数系じゃない、し。
 野球を1番にする上で、赤点の心配が少しでも減るのは助かった。

 阿部さんはスゴイ。高3の時もスゴイと思ってたけど、今でもスゴイ。
 コントロールだけが取り柄だったオレを見出し、実力を認めて、引き立ててくれたのも阿部さんだった。
 夏大の時にはバッテリーを組んで、公式試合にも出してくれた。
 オレが今年、高3で甲子園に行けたのも、先輩あってのことだって思ってる。
 オレは今、あの時の阿部さんと同じ高3で、つい先日野球部を引退したけど……2年前の阿部さんと同じくらい「スゴイ」先輩には、ついになれなかったなぁと思う。

「じゃあ、テストの間違ったとこ、解き直しな。問3から」
 阿部さんの指示に素直にうなずき、オレは「はい」ってシャーペンを握った。
 オレが問題を解いてる間、阿部さんは黙ってオレの隣でオレの手元を見つめてる。
 すっごく緊張するからやめて欲しいけど、間違った瞬間を見逃さないようにっていう為だから、仕方ないんだって。
「ほら、そこ」
 低い声でビシッと指摘されるとドキッとする。
 でも、何よりドキドキするのは、「どれ?」とか言いつつ、顔をぐいっと寄せられる時だ。
 心臓の音とか、聞こえちゃうんじゃないかってくらいドキドキし過ぎて、胸が苦しい。

 オレずっと、阿部さんが「スゴイ先輩」だからドキドキするんだと思ってたけど、違ったみたい。
 ドキドキするのは、「阿部さん」だからだ。
 多分、阿部さんのこと、好きなんだ。
 でもそれが分かったところで……告白なんてできそうになかった。


 1時間勉強した後、10分間休憩を取る。
「集中できてねぇ状態で勉強したって、頭に入んねーかんな」
 先輩はそう言ってシャーペンを置き、ぐっと伸びをした。
 高1の時もそう言ってたっけ。
 その頃は、よく阿部さんがパックジュースとか驕ってくれたけど、今は家庭教師だし。お茶を用意するのはオレの役目、だ。

「じゃ、じゃあ、お茶用意、して来ます」
 すくっと立ち上がって言うと、「おー、頼む」って言われた。嬉しくて、ダダッと階段を駆け下りる。
 オヤがいる時は、時間を見計らって運んで来てくれるけど、今日は留守だから、オレ一人だ。
 ダイニングテーブルの上に用意してあったお茶菓子と、冷たい麦茶をコップに注いで、お盆に乗せて持って行く。
 たった10分間だけど、オレはこの休憩時間が大好きだった。
 だって、勉強と関係ないコトお喋りできる、し。先輩の大学の話とか、オレの野球の話とか、色々聞いたり話したりしてる内に、あっという間に時間が過ぎてしまう。
 今日はどんな話ができるかなって、考えるだけでも楽しかった。

 けど階段を慎重に上がり、自分の部屋の前まで来た時――中から話し声がするのに気が付いた。
「……おー、今、休憩中」
 阿部さんの声だ。電話で誰かと話してるのかな?

 入っていいのかどうしようか、一瞬迷ったのは、阿部さんの声がすごく楽しそうだったからだ。
 ははは、って声を上げて笑ってる。
 そんな風に楽しそうに笑うの聞いたの、部活の時以来かも知れない。
 誰と電話してんのかな? 悔しいようなもどかしいような気がして、胸の奥がモヤモヤする。
 今はオレの家庭教師なのに。独り占めできてなくて、寂しい。
 オレのコトだけ見て欲しい。

 ガラッと戸を開けて入ってったら、阿部さん、どんな顔するかな? それともノックした方がいいのかな? オレの家だしオレの部屋だから、ノックなんていらないかな?
 ぐるぐる考えながら、引き戸の前で立ち止まってると、また阿部さんの声が聞こえた。
 電話に向かって。

「好きだぜ。ずっと前からな」

 ……ショックで心臓が止まるかと思った。

(続く)

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