Season企画小説 未来へのカウントダウン・2 引っ越しするつもりだった三橋があちこちピカピカにしてくれてたから、大掃除は必要ねーだろうと思ってた。 「いーよ、やんなくて。寒い中無理するより、ゆっくり過ごそうぜ」 そう言うと、三橋は「でも……」と困ったように眉を下げた。 「じゃ、じゃあ、玄関、だけ」 って。 玄関つっても、賃貸マンションの玄関なんて、そう広いもんでもねぇ。 靴を整理してほうきで掃くくらいかと思ったら、水拭きまでし始めたんでビックリした。 そんで、「玄関だけ」つってたくせに、洗面所の鏡やベランダの窓ガラスまで「ついでだ」つって磨き始めた。 しなくていーだろ、つっても聞きやしねぇ。 部屋の中から拭くだけならまだしも、薄着のままでベランダにも出てしまう。 「おい……」 さすがに呆れて声をかけると、三橋はぴくっと肩を揺らした。 「オレがやりたいだけ、だから、阿部君は座ってゆっくりして、て」 オレの方を見ねぇ横顔に、ドキッとした。 「オレだけゆっくりしたって仕方ねーだろ?」 つい責めるように大声が出て、慌ててハッと口をつぐむ。三橋がかすかに震えてると気付く。 自分自身に「くそっ」と悪態つきたくなんのを抑えつけ、オレは謝ってベランダに出た。 「……ごめん」 裸足のままだから一瞬冷やっとしたけど、今更だし。三橋から雑巾を奪い、高いとこから手早く拭いていく。 「え、あ、阿部君……」 三橋はオレの横でドモってキョドって、雑巾を取り返そうとしてたけど、「いいから」つってそれを抑えた。 「お前は中入ってろ。んな薄着で、風邪ひくだろ」 「で、でも、阿部君、だって」 って。そりゃそうだけど。でも。 「オレは鍛えてっからいーんだよ。お前は痩せ過ぎだ。抵抗力も落ちてるだろ」 反論はされなかった。自分でも痩せ過ぎだって分かってんだろう。 それでも、素直に中に入ってはくれなかったけど……そうしてる内に窓拭きは終わって、オレは三橋を連れて室内に戻った。 シャッとレースカーテンを閉めて、キョドッたままの三橋をじっと見る。 「ほら、他にどこやるんだ? 換気扇?」 つってもフィルター貼ってあるし、取り換えるだけで終わりだけど。 「それとも電灯のカバーか?」 言いながら上を見上げる。天井にペタッと張り付くシーリングライト。 吊り下げ式じゃねーからホコリが溜まることもねーし、カバーをサッと拭くだけで済みそうだ。 見た感じ、キレイだけどな。 そう思いつつ手を伸ばすと――。 「いい、よ」 三橋がオレの腕を引いた。 「こ、この前、そこも拭いた、から。しなくていい……ごめん」 「なにが『ごめん』?」 静かに訊くと、三橋は気まずそうにうつむいた。 「そ、掃除がしたい訳じゃない、んだ。でも、お、落ち着かなく、て。……だから、ごめん」 「落ち着かねぇ?」 問い返してから、ハッとした。 「……オレといんのが落ち着かねーの?」 訊きながら、胸の奥がじわっと切なく熱くなる。 三橋は「ち、違う」と首をぶんぶん振って、けど、オレと目線を合わさねぇまま黙り込んだ。 オレの方も、何をどう言えばいーのか分かんなくて、言葉が出ねぇ。 どんなに気まずくても、やり直ししてぇって思いは変わらねーし、また「出てく」って言われたって、全力で阻止するし、できることなら何でもするけど。 抱き寄せることもできねーで、そのまま固まる。 気まずい沈黙。 雑巾片手に、オレら、何やってんだろうな? 思わずふっと自嘲した時……三橋がぽつりと言った。 「2人きりで何もない、時、どう振る舞えばいい、のか、分からない、んだ」 片手でぎゅっとシャツの胸元を掴んでる。言いたいコトあるっていうサインに、しっかり耳を傾ける。 「どこ、まで、甘えていい、のか、も、分からない……」 それを聞いて、またドキッとした。 たまらず抱き寄せて、きつく抱き締める。今度はこっちが謝る番だ。 「ごめんな」 どう振る舞うか、って。そんなの普通にしてりゃいーのに、どれが「普通」なんか分かんなくなってんだろうか? 甘えらんねぇ事だって。それは多分、八つ当たりでキツく当たっちまってた頃の後遺症だろう。 オレのせいだ。 握ってた雑巾がぼたりと床に落ちる。 「どこまででも甘えてくれていーんだ。どんなワガママ言ったっていい。言ってくれ」 雑巾握ってねぇ方の手で髪をすき、背中を撫でながら白い顔を覗き込む。 「甘えてくんねー方がツライ」 そう言うと、三橋の肩がぴくりと揺れた。 ズルイ言い方かも知んねぇ。けど、もう遠慮なんてしねーで欲しい。二度と突き放したり、冷たくあしらったりしねーから。 「頼む……」 顔を寄せると、自然に唇が重なる。奪った訳じゃねぇ、求め合ったキス。互いに差し出し合った舌が絡まる。 オレの背にためらいがちに這わされた手が、きゅっと締められた。 愛おしさが胸に湧き起こる。 「三橋……」 鼻と鼻をすり合わせ、軽くキスして、頬と頬をこすり合う。 三橋はくすぐったそうに笑って、それから一滴涙をこぼした。 パッと伏せられた顔が、ぐいっとオレの胸に押し付けられて――涙を誤魔化すみてーな甘え方が、不器用で三橋らしくて、嬉しいけど切なかった。 夜、裸でベッドに入った後、すぐにガッつかねーでゆるく抱き締め、顔を覗き込んで言ってみた。 「デートしようか、明日」 「う、え、デー、ト?」 思いっきり戸惑って、目を泳がしてる三橋に笑える。 ハッキリ「いい、よ」って断らねぇとこを見ると、喜んでくれてると思っていーんだろうか? 「もうずっと2人でさ、出掛けたことってなかっただろ?」 尋ねても返事はねぇ。 迷ってんだろうか? けど、こんなことで遠慮なんかされたくねーし。 「イヤか……?」 柔らかな髪をすくように撫でながら訊くと、首を横に振られた。 「イヤじゃない、けど」 一瞬のためらい。 先を「うん?」と促すと、三橋が困ったように眉を下げた。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |