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Season企画小説
Holy Hot Night・5 (完結)
 新幹線に乗った時点で、午後2時を過ぎてた。
 こっから2時間半は、いくら焦ってもどうしようもねぇ。じっと座ってるしかできなかった。
 部長はまた書類作成でもしてんのか、座席に座った後はノートパソコンに向かってる。
 けど、ベラベラ喋られてもウゼーだけだし。
 黙って三橋のことばっか考えられんのはよかった。

 今から向う、って一応メールは送ったけど、多分見てねーだろうなとは思う。仕事中にケータイは身に付けねーだろうし、持ってたとしても多分、見ねぇだろう。
 きっと今頃、いきいきとフレアしてんだろうな。
 想像するだけで、ふふっと笑える。
 大阪はそんなに寒くなかったけど、東京はどうかな? 寒い方が、プンシュは売れる。けど、日中の気温が高い方が、客足は伸びるよな。
 イベント終わんのは、確か夕方6時とか言ってたから……その頃ならギリギリ、寒くなる前だろうか。

 東京駅に着いて在来線に乗り換え、駅から送迎バスに乗って、郊外のショッピングモールに向かう。
 途中、気が逸って階段を駆け上がっちまって、部長に軽く叱られた。
「デートのエスコートとしては失格だ」
 って。デートはともかく、確かに歩幅は上司に合わせねーと失格だよな。
 年の割にキビキビしてるから、ついオレらと同じくらい動けるんだと錯覚してた。そうか、若く見えても50代だよな。
「すみません」
 謝りついでに、荷物持ってやった方がいいのか? とちらっと思ったけど、部長は上司であって、女じゃねーし三橋でもねぇ。
 それこそデートじゃねーんだし、余計な気は回さねェことにした。

 3連休の最終日、クリスマスイブの前の日だけあって、ショッピングモールは混んでいた。
 道路も渋滞してて、送迎バスもなかなか進まねェ。その渋滞が、全部ショッピングモールの駐車場待ちだったから、余計にビックリした。
 この分なら、イベントもそこそこ盛況かな? それとも屋外だから、あんま人来てねーだろうか?
 走って向かいたくなんのを我慢して、部長の半歩前を歩く。
 オレも部長も初めて来る場所だから、イベント会場がよく分かんなくて、少し歩いた。

 インフォメーションで場所を確かめ、館内マップを貰って会場に向かうと、聞き慣れたテクノ系の音楽が聞こえて来た。
『3・2・1・GO!』
 マイクを通して響く声にも聞き覚えがある。ハッと腕時計を見ると、ちょうど5時だ。
 最後のショー? 今始まったのか?
「急ぎましょう」
 オレは部長に短く言って、ライトアップされてる場所をめざし、人混みの中を縫うように進んだ。
 後ろ振り返る余裕もねぇ。「失格」って言われても仕方ねぇ。三橋の姿を見ることしか、もう頭に浮かばなかった。

 人だかりはあったけど、ほとんどの見物客は遠巻きにしてるだけで、かぶりつくように見てるヤツは少数だった。
 もったいねぇような気もするけど、でもお蔭で最前列まで来れた。カウンターよりはだいぶ遠いけど、三橋と叶、2人のタンデム技が見える。
「阿部君、早いよ」
 部長がひそやかに文句を言いつつ、オレの肩を掴んだ。
「すみません」
 謝りつつも、目が離せねェ。銀のカップが高々と上がる。左右揃って同時の演技。
 リキュールのビンをくるくると放り、右手首でキャッチ。さらに放ってまたキャッチ。さらに放って、銀カップも放って、手首の上でビンをキャッチ。その上にカップを重ね、そのままで客の拍手を煽る。

 叶と息ピッタリのタンデム技を見て、正直、複雑に思わねーでもねぇ。幼馴染だっつーし。いつも、どんくらい2人で練習してんのかって、気にならねぇと言えばウソになる。
 けどそれ以上に、2人のプレイを見て客が感嘆すんのが嬉しい。あれはオレの恋人だって、大声で自慢したくなる。
 相棒と小さくうなずき合い、カウントを取ってビンを投げ合う。
 同時に同じ高さにくるくると放られたリキュールビン。同じ技で受け、同じタイミングで投げ合い、その合間に目分量でカクテルを作る。
 聞き慣れたBGMだから、ショーの終わりが近いのも分かった。 カウンターの上に、カクテルの出来上がった銀カップが、さり気に並び始めてる。
 大小のカップを重ねたシェイカーを、リズムよく振る横顔が凛々しくて愛おしい。
 叶がシェイカーを振る間は、三橋が派手な技を披露して間を繋ぎ、注目を集める。
 叶に比べると、まだ煽り方はぎこちねーけど。でも笑顔だ。

「へぇ、スゴイな」
 部長がオレの肩を掴んだまま、感心したように言った。
 自分のコト以上に嬉しくて、口元が緩む。
「ええ、ホントに」
 三橋に目を向けたままで同意すると、掴まれてた肩から手がどいた。

「驚いた。そういう顔もできるんだな、キミ」

「……は?」
 そういう顔?
 思わず部長を見返したのと、曲が終わったのと、ギュッと片尻を掴まれたのと、ほぼ同時だった。
 ギョッとして身を離すと、あっさりその手は引いて行った。
 つか、それはいーけど、意味分かんねぇ。男の尻掴んで何が面白ぇーんだ? セクハラ? いや、パワハラになんのか?
「部長?」
 思いっきり眉をしかめて横に立つ上司を見ると、部長は悪びれもしねーで「残念だ」とか呟いてる。
「同好の士を見付けたかと思ったんだが、もうパートナーがいたようだな」

「は? どういう……?」
 どういう意味ですか、と訊く前に、部長はくいっとアゴをしゃくった。その視線は、まっすぐ三橋に注がれてる。
「可愛い子が呼んでるよ」
 つられて目を向けると、三橋が満面の笑みで、オレに手を振ってた。
「紹介しろ、と言いたいところだけど、諦めてさっさと帰るとしよう」
 部長の声を聞くと同時に、パン、と背中を叩かれる。
「メリークリスマス! お疲れ!」
 頭がついて行かねーで1歩よろけた。
 振り向くと、部長は後ろ手を振りながら足早に立ち去ろうとしてて――。意味が分からなかった。

 同好の――士? パートナー? 三橋!?
 えっ、もしかして三橋との関係、バレたのか? なのにスルー? で、何で尻? 肩? 「残念」って?
「……はあ!?」

 思いっきり動揺して立ち尽くしてると、「阿部君っ」と呼ばれた。いつの間にか三橋が真横に立ってて、嬉しそうに笑ってる。
「お仕事、もう終わった、のか?」
 くいっと腕を引かれると、ドキッとした。
 パッと部長の消えた方を見るけど、もう影もねぇ。
 三橋はオレの動揺に気付いてねーのか、いつもの調子で笑ってる。 
「お帰り。出張、お疲れ、さま」
 恋人の甘い声に耳をくすぐられ、はーっ、とため息が出た。緊張してたみてーだ。一気に肩の力が抜けて、オレはゆるく首を振った。

 状況を完全に理解したとは言い難かったけど、謎の上司のことは忘れて、代わりに恋人の肩に腕を回す。
 オレはゲイでもホモでもねーし、誰かの同好の士でもねぇ。オレが欲しいのは三橋だけで、それ以外は目に入らねぇし、考える必要もなかった。

「おー、出張、お疲れ」
「まさか手ぶらじゃねーよなぁ?」
 カクテルブースに行くと、叶と畠がそんなコト言いつつ迎えてくれた。
「阿部君、何か、飲む?」
 銀のカップを軽く放りながら、三橋が笑顔で訊いた。
 ホテルの静かなバーテンダーとは、対極にある賑やかさ。でもやっぱオレにとっては、三橋が1番のバーテンダーだ。

「Holy Hot Night。お任せで」

 寒い野外ならプンシュもいーなと思ったけど、やっぱフレアしててこその三橋だし。オレの為にオレだけの酒を、オレだけのフレアで作って欲しい。
「わ、かった」
 オレの気持ちが伝わったかな?
 三橋は笑顔でそう言って、赤いリキュールのビンをくるりと回した。

  (完)

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