Season企画小説
プレゼント・後編
ぼんやりとツリーを見上げてたら、後ろから名前を呼ばれた。
「阿部、君?」
振り向いて、ハッとする。三橋と泉が立っていた。
「うお、阿部君、偶然だ、ねっ」
三橋が無邪気に言った。
その手にはさっきの紙袋がしっかりと握られてて、モヤッとする。
「お、おうちの人と来たの、か?」
そう言って、三橋はキョロリと周りを見回した。確かにうちの親父は見付けやすいだろうけど、残念ながら今はいねぇ。
とはいえ、まさか正直に後をつけて来たとか言えねーし。「まーな」と適当に答えとく。
「……お前らは?」
ちらっと紙袋に視線を落としながら訊くと、三橋はそれに気付いたみてーで、さっと自分の後ろに隠した。
顔が赤い。
泉のために照れてんのかと思うと、嫉妬してどうしようもなかった。
イライラする。声掛けんなよ、と思う。
見せつけるつもりか?
オレと泉と、ツリーと。三橋はキョドキョドと視線を揺らし、さらに顔を赤くして言った。
「あの、もし時間ある、なら、阿部君も、一緒に……」
ドキッとした。
一緒に? 何だって?
まさか、オレに泉の誕生日、一緒に来て祝えってか? 冗談じゃねぇ!
「ワリーけど!」
オレは大声で、三橋の誘いを遮った。
「オレはケーキなんか食いたくねーから」
失言に気付いたのは、三橋がこてんと首をかしげたからだ。
「ケーキ、なんで知ってる、の?」
ハッとしたってもう遅い。
なんでって。盗み聞きしてたからに決まってる。
カッと顔が熱くなる。
「なんでもいーだろ!」
咄嗟に言い返したものの、もうそこまでが限界で、居たたまれなくて、オレはダッと駆け出した。
「うお、阿部君?」
三橋が呼んでたけど、そんなの気にしてらんねーし。
週末の大型ショッピングモール。そこそこの人混みの間をすり抜けて、自転車置き場目指して走った。
冷たい風がふと流れて、モールの終わり、屋外に通じるドアが近いと思った時――ぐいっと後ろから肩を掴まれた。
「待てよ!」
泉だ、と、声で分かった。
さすが俊足、こんな時まで発揮してくれなくてもいーのに。
「見てたのかよ!? 覗きか?」
バサッと断罪されて、グサッと来る。いや、それよりも苛立ちの方が強かった。
「あー、見てたよ、悪ぃか? お前らが楽しそうにデートしてるとこも、楽しそうにペアのマフラー選んでるとこも! 全部な!」
オレは叩き付けるように打ち明けて、さらに言った。
「誕生日なんだろ? 邪魔しねーから、楽しんで来いよ!」
八つ当たりのように強く言って、またオレは走って逃げようとした。
だが、できなかった。
「誤解だ、ばーか」
泉が鋭い顔でそう言って、オレの腕掴んで離さなかったからだ。
ムカッとした。
何が誤解なのか訊きたかった。けどその前に――。
「阿部、君……」
三橋が追い付く方が早かった。
はあ、はあ、と肩で息してんのを見て、走らせて悪かったな、とちらっと思う。
けど、そんな状態でも三橋は、紙袋をしっかり握ってて。そんな大事なのか、と思い知らされてるみてーで、やっぱ辛かった。
思わず目を逸らすと――泉が言った。
「三橋、そのマフラー、誰のための誕プレか、このバカに教えてやれよ」
「ええっ、ふえっ!?」
途端に三橋がキョドったけど、いつものことだし気にならねぇ。それより、泉のセリフの方が気になった。
誰のための……って。
泉のため以外に何がある? 自慢か? それとも牽制か? オレの気持ちに気付いたか?
「るっせーな、どーでもいーよ。くだんねー!」
泉の手を振り払いながらそう言うと、呆れたようにため息をつかれた。
「鈍感」
って。鈍感で悪かったなっつの。ムカつく。
ギロッと泉を睨みつけるけど、泉はまったく気にもしねーで、三橋の肩を抱き寄せた。そんで、聞こえよがしにこう言った。
「三橋、このバカ誤解してっから。ちゃんとソレ、説明した方がいーぞ」
そして、片手を上げてニヤッと笑い――「ケーキは明日、な」と言い残し、モールの出口方面へ颯爽と駆けてった。
「阿部ー、言うまでもねーけど、三橋をちゃんと家まで送れよー」
振り向きざまそう言われ、ヤツのあっけない退場を知る。
「……は?」
訊き返すのも間に合わねぇ。
チーム一の俊足は退場も速くて、あっという間に姿が見えなくなってしまう。
誤解? 説明? プレゼント?
泉の言葉を反芻してると、三橋がおずおずと「阿部君」と言った。顔が赤い。
「あ、あ、あ、阿部君、は、紺色、好き、です、か?」
そう言って、ぐいっと紙袋を差し出されれば、さすがに何となく状況が掴めた。
「誤解」の意味も、何となく。
「た、誕生日、まだ早い、けど。もうすぐ期末、だし。い、今しか買いに行けない、と思って……」
三橋がしどろもどろに言いながら、ふにゃっと笑う。
黒のマフラーが乱れてんのを直してやると、白い顔が赤くなる。
押し付けられた紙袋を受け取ると、軽いのにスゲー重く感じた。
「泉は……」
やっぱお前のこと好きなんじゃねーの、と言いかけたけど、もしライバルになられたらやっぱ勝ち目なさそうだし、悪ぃけど見なかったことにする。
「いや……何でもねぇ。ありがと、な」
オレは三橋に礼を言って、少し向こうにそびえ立つデカいツリーをじっと見た。
クリスマス。今度はちゃんと自分から誘って、ここに来ようと密かに誓う。
ショッピングモールの通路のど真ん中で、オレら何やってんだろうと我に返ったのは――「いつ帰るの」と親からのメールを受け取ってからのことだった。
(終)
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