Season企画小説
気持ち添え (高1・2013ポッキーの日)
4時間目が終わってすぐのことだった。
「阿部」
花井に呼ばれて廊下の方に目をやると、教室の後ろの扉んとこに、三橋がもじもじと立っていた。
両手に抱えるように持ってんのは、今朝貸した英和辞典で、ああ、と思う。
普段机ん中に何もかも置き勉してるせいで、うっかり持って帰っちまうと、特に辞書なんか忘れやすいらしい。
辞書は毎回持って帰れよな思うけど、家には家用のがあるってんだから、仕方ねぇ。やっぱ金持ちは違う。
「あ、阿部君っ」
三橋はなんでか緊張したように、上ずった声を出した。
「あの、これ、お、オレの気持ち、です。あ、べ君は優しくて、頼りがいがある、から、好きだ!」
そう言って三橋は、辞書と一緒に赤い箱のチョコ菓子をオレに差し出した。
ポッキーだ。
「あー、そ」
オレは辞書と一緒に「気持ち」を受け取り、ポッキーの箱で目の前のふわふわ頭をぽこんと叩いた。
頼りがいがある、とか言われると悪い気はしねぇ。
三橋にお世辞なんて器用な真似はできそうにねーし、コイツがそう言うってコトは、ホントにそう思ってんだろ。
出会ってから7ヶ月、そんくらいのコトは、いい加減分かるようになってきた。
今まで、礼は言われても何か貰う事ってなかったのに、こうやっておやつ分けてくれたのも珍しくて、へぇ、と思った。
三橋や田島らと違って、食後におやつ食う趣味はねーけど。
でも、食い意地張ってる三橋にとっては、こんなんでも案外、価値があるもんだったりしてな。
ちらっと見ると、開封したような跡があって「んー?」って思ったけど、くれるってモンにいちゃもんつけんのもどうかと思ったんで、黙っといてやることにした。
「もーいーから、メシ食って来いよ。もう忘れモンねーな? 5、6時間目、居眠りすんじゃねーぞ?」
オレがそう言うと、三橋は赤い顔のまま「うんっ」と言って、それからなぜか、ちょっとキョドった。
「ぽ、ポッキー、食べて、ねっ?」
念押しされて、「おー」と応える。
だから、オレはお前らと違って、食後に甘いモンは食いたくなんねーっつの……と、心の中だけで言っておく。
さすがに面と向かって口に出すほど、デリカシーを知らねー訳じゃなかった。
「阿部、先行くぞ」
花井に声を掛けられたんで、「今行く」と返事して三橋に背を向けた。
主将ミーティングだ。たまにこうして、花井と栄口と3人でメシを食う。今日は食堂に行くらしい。
辞書とポッキーとを机に置いて、代わりに弁当の入ったカバンを持つ。
「いってらー」
軽く手を挙げて、水谷が言った。
「あっ、ポッキーじゃん」
そう言われて、ああコイツも食後に甘いモン食うんだな、と、ちらっと思う。
「食っていーぞ、やるよ」
そのセリフに、他意はなかった。いらねー物を、欲しがりそうなヤツにくれてやっただけで。
『ポッキー、食べてね』
さっき聞いた三橋のセリフだって、他意はねーんだと思ってた。
「え、いいの? ありがとー」
水谷が礼を言うのを聞き流しつつ、花井を追って廊下に出る。
何やってたんだか、三橋はまださっきんとこに立っていて――けど、オレの顔を見るなり、バッと背中向けて走り出した。
アイツが挙動不審なのは、別に不思議なことじゃねーし。慣れてたから、おかしいとも思わなかった。
だから。追い掛けもしねーで、オレはそのまま食堂に行き、主将ミーティングに参加した。
水谷が血相変えて食堂に来たのは、30分くらい経ってからのことだ。
「阿部ぇ! これ誰から貰ったの!?」
ポッキーの箱振り上げてナニゴトかと思ったら、中に手紙が入ってたらしい。いや手紙っつーか、メモだけど。
「どうしよ、オレ、読んじゃったよ、ごめん」
赤い顔してうろたえながら、水谷はオレにポッキーを返して謝った。
「いや、別に大丈夫だろ、くれたん三橋だし……」
そう言いながら、メモを広げようとしてると、水谷がデカい声で「はあっ!?」と叫んだ。
「えっ、三橋!? あ、そういやさっき来てた? でも、ええーっ!?」
騒がしく動揺した水谷は、メモを広げようとしたオレの手を、さらに「わーっ」と騒いで押さえつけた。
さすがにイラつく。
「なんだよ?」
思いっきり顔をしかめて睨みつけると、水谷はまだおろおろと動揺してて。
「ね、ねえ、思い違いならいいんだけどさ、さっき阿部がコレくれた時、三橋、教室の前にいたよね……?」
「あー、いたな」
メモを広げながら思い出す。
水谷に「やるよ」と言ってカバンを持ち、オレが廊下に出てった時――三橋はまだ、そこにいて。そんで、オレに背を向けて走った。
三橋の挙動不審には慣れてたから、気にしてなかった。
ポッキーの箱に、開封した跡があんの、気付いてたのに見ないフリした。
すぐに中を確かめてやればよかったか? それとも、「食べてね」って言われたんだから、他人にやるべきじゃなかったか?
分かんねぇ。どうすりゃよかったのか分かんねぇ。
「『いたな』じゃないよ、阿部ぇ」
水谷が、責めるように言った。
――阿部君、好きです――
ポッキーの中から出てきたメモには、気弱そうな三橋の文字で、たった一言書かれてた。
一瞬、つか数秒、フリーズした。
『あ、べ君は優しくて、頼りがいがある、から、好きだ』
廊下で言われた三橋の言葉が、今更のようによみがえる。
『これ、オレの気持ち、です』
って。
あのバカ、いつも言葉足りてねーんだっつの。分かんねーよ、そんな言い方じゃ。
つか、「好き」ってなんだ。
「阿部……?」
水谷が、こわごわとオレの名を呼んだ。
花井も栄口も、なんでかギョッとしたような顔でオレを見てる。
「顔、赤いよ……?」
とか、言われなくてもわかってるっつの! だからお前はいつまで経っても……。
「くそっ」
思いっきり悪態をつきながら、カバン片手に立ち上がる。
主将ミーティングは終わってねーけど、花井も栄口も、ついでに水谷も、オレが出てくのを止めなかった。
さっき見た、三橋の後ろ姿を思い出す。
またいつかみてーに植え込みの陰で、うずくまって泣いてんじゃねーかとか思う。
早く探してやんねーと、って、我ながら焦ってんのは、ちょっと罪悪感があるからか?
つか、箱ん中に入れるなよな。一緒に渡せっつの、堂々と!
オレは――封の開いたポッキーの赤い箱を握り締め。謝りてぇのか、文句言いてぇのか、自分でもよく分かんねぇ気持ちを抱えながら、足早に三橋の教室に向かった。
(終)
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