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Season企画小説
Iの襲来・6
 阿部は三橋を抱き寄せたまま、はあ、と小さく息を吐いた。
「お遊びはもう終わりだ。帰るぞ、廉」
 耳元にビリビリと痺れるような声で言われ、三橋はビクンと肩を揺らした。
 ハッと後ろを振り向けば、強張った顔で見下ろされる。
 とんでもなく不機嫌なのは、訊かなくても分かった。

 泉も、阿部に対抗するように立ち上がった。
 挑発するように片眉を上げ、「ああん?」と唇を歪めてる。
「来たばっかだろ。5時までやるっつーんだし、もうちょっと見させろよ」
 それを聞いて、そうだよね、と思った。
 日本からせっかく来てくれたのだから、泉の言う通り、もうちょっと見物させてあげたい気もする。
 「カボチャ畑」にも、まだ行ってないし。
 けれど――。

「なあ、オレ腹減ったんだけど」

 拗ねたような責めるような阿部の言葉に、三橋もそういえば、と自分の腹をさすった。
 あちこちの屋台からの香ばしい匂いを、今更のように意識する。
 食い意地が張ってると普段から言われるのに、空腹なのを忘れてるなんて自分でも珍しい。やはり動揺していたのだろうか?
「あ、じゃ、じゃあ、屋台で……」
 三橋はそう言って、きょろりと周りを見回した。
 パンプキンパイ、パンプキンチュロス……ハロウィンにちなんだ屋台もあるが、オーソドックスなホットドッグやハンバーガーの屋台もあった。
 どれを買おう、と思うと途端に腹がぐぅと鳴り、口の中に唾液がじゅっと湧いてくる。

「オレ、買って来る! 阿部君、何にする? い、泉君、は?」
 2人に問いかけながら、三橋の目は屋台の方に向けられていた。返事を聞く前に、1歩2歩と歩き出す。
 しかし、ぐいっと手首を掴まれて、また阿部の方に引き戻された。
「ワリーけど、オレはパスタ食いてぇ。あっさり目で作るつってたろ?」
「あ、うお、そうか」
 そう言えば、さっきアパ―トメントの階段を昇りながら、そんな話をしてた気がする。
 泉の出現で、頭からすっぽりと抜け落ちていた。

 三橋は阿部と泉とをきょどきょどと見比べて、「じゃ、じゃあ、どうする?」と訊いた。
「泉君、も一緒に食べ、る?」
 首をかしげて言いながら、パスタのストックのことを考える。確か3人前以上はあったハズだから、後はソースを多めに作るだけだ。
 阿部は「そんなヤツ誘うな」と不機嫌そうに言ったが、泉の方も、遠慮するつもりはないらしい。
「おー、三橋の手料理久し振りだな」
 そう言って、泉がニヤッと笑みを漏らす。
「てめーなんかに食わすメシはねーんだよ。いーから祭り見物でもしてろ」
 阿部が泉に悪態をつく。
 三橋はそのやり取りを、阿部に抱き締められたまま聞かされて、ただおろおろと視線を揺らした。


 2人の言い争いは、結局うちに帰り、パスタを食べ終わるまで続けられた。
 カボチャとベーコンを使ったコンソメ風のパスタが、あっという間に3人の胃袋に消えて行く。
 エビとレタスとトマトのサラダを食べながら、泉が嬉しそうに言った。
「コレもうめー! さすが三橋」
 声高に泉が誉めると、阿部も「廉の料理はいつもうめーよな」と優しく笑って誉めてくれる。

 けれど、照れる暇もない。
「食ったら出てけよな、邪魔くそ野郎」
「泊まるっつっただろ、頭ワリー男だな」
 阿部が遠慮なく泉を罵ると、泉も遠慮なく同様に返す。
 2人とも三橋には優しいのに、その一方で、ずっと罵り合ってばかりだった。

 泉に対して、ぴりぴりした態度を崩さない阿部だったが、三橋にはやはり、いつも通り、甘く優しかった。
 食後には、食器洗いも手伝ってくれた。
「ほら、廉、持ってこい」
 泡立てたスポンジを握って、三橋に声を掛けてくれる姿は、いつも通りのようでどこか違う。
 リラックスできないようだった。

 普段、堂々としてる阿部のような男でも、緊張することはあるんだな。そう気付くと、少しおかしくなった。
 泉の事を警戒しまくってるのがよく分かって、そんな必要ないのに、と、つい教えてしまいたくなる。
 シンク前に並んで食器を洗いながら、三橋は阿部にこそりと言った。
「大丈夫、だよ。泉君、は、友達、だ」
「バカ、油断すんな。あいつは間違いなくドロボー猫だぞ」

「うお、猫……」
 ドロボー猫、と言われ、三橋は大きな目を見開いた。
 確かに泉は猫だと思う。身軽で、自由で、どんな狭い隙間にもするっと優雅に入ってくる。そして、優しい。
 ふひっと笑える。
「お、オレも猫、だよっ」
 弾んだ声でそう言って、着けっぱなしだったネコ耳を阿部の方に向けると、「あー、そーだな」と、濡れた手で頭を撫でられた。
 こめかみにちゅっとキスされる。

「けど、マジだぜ。あいつは本気だ」
 阿部は繰り返し、真面目な顔で忠告したが、三橋はそれも嫉妬からの言葉だろうと受け止めた。
 泉は、単に自分を心配してるだけだと思う。
 阿部を挑発して、怒らせて、きっとその愛情の深さや人間性を見てるだけなのだろう。
 「女房の妬くほど亭主もてもせず」という言葉もある。

「大丈夫、だよ」

 三橋は阿部が心配する程、自分が節操なく好かれる人間だとは思ってもいなかった。

(続く)

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