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Season企画小説
Iの襲来・5
 手を引かれるままアパートメントの階段を駆け下り、外に出る頃、三橋はようやく泉が手ぶらなのに気が付いた。
「あ、あの、荷物、は?」
 どもりながら尋ねるが、泉からは返事がない。
「いーから、どっか案内してくれよ。そういや、さっきカボチャ持ってたけど、ハロウィンのイベントでもやってんのか?」
「う、うん……」
 ハロウィン、と言われて、阿部と行ったパンプキン・フェスティバルのことが、パッと頭に浮かぶ。
 今はそんな状況じゃないようにも思ったが、キョドキョドと視線を揺らしても助けはない。

「どこでやってんの? あっち?」
 促すように訊かれ、ぐいっと手を引かれれば、「う、ううん、こっち、だけど……」とつい答えてしまう。
 結果、三橋はさっき阿部と仲良くゆっくり歩いた道を、泉と早足で戻ることになった。
 一度だけアパートメントの方を振り向いた時に、阿部を見たような気がしたけれど、気のせいかも知れない。
 真っ直ぐな道路で区画整理された街だから、そうしてると、じきに前方に公園の緑が見えてくる。
「あそこでやってんの?」
 泉が交差点で立ち止まった。
 単純に信号が赤になったせいだが、ようやく手を放されて、三橋はほっと息をついた。

 東西に0.8km、南北に4kmの広さを持つセントラルパークで、パンプキン・フェスティバルの会場になっているのはごく一部だ。
 それでも、公園の入り口には開催を知らせる旗が飾られ、ジャック・オー・ランタンが置かれている。
 それらを横目で見ながら会場に踏み入れると、音楽ステージからの賑やかなロックの音も、ハッキリ聞こえるようになって来た。
 仮装した人々と、ちらほらすれ違う。
「スペースの使い方が、やっぱアメリカだな。日本みたいに密集してねぇ」
 泉がぼそりと、おかしそうに言った。
「そ、そう、かな?」
 こてりと首をかしげる。そんな違いに気付かない程度には、ここでの暮らしにも慣れて来た。

 阿部と一緒に回った会場を、他の男に連れられて歩く。
 ほんの小1時間ほど前は、もっと見て回りたいと思っていたのに、今は何だか落ち着かない。
 気の置けない旧友のハズなのに、泉の隣が妙に落ち着かないのは、阿部の気配に慣れきっているからだろうか?
 それとも……さっきの衝撃告白のせいだろうか?
「三橋、ちょっと見てみようぜ」
 促されて、フェイスペインティングブースに近付くと、仮装グッズの屋台を覗き込んだ泉が、茶色いネコ耳のカチューシャを取り上げた。
 それをぐいっと頭に着けられて、びくっとする。

「い、泉君は黒猫、だねっ」
 お返しにと黒いネコ耳を取り上げながら、阿部との会話を思い出す。
『阿部君には吸血鬼、だね』
 やはり、泉とは違うなと思った。

 泉がお金を出してくれて、ネコ耳のカチューシャを揃いで着けた。
 フェイスペインティングには興味がないのか、ちらっと見ただけで通り過ぎ、他のブースを覗きに行く。
 木立の間を並んで歩きながら、泉がぼそりと言った。
「すっかり英語、ペラペラだな」
 さっき、屋台の店主に値段を訊いた時のことを言っているようだ。
「うお、そ、そう、かな?」
 自分ではよく分からない。英語でもやっぱり、ドモってると思う。
 でも、ペラペラだと誉められれば嬉しくて、三橋はうひっと顔をほころばせた。

 噴水の前に来た時に、日本人学校の生徒とその両親から声を掛けられた。
「先生、Trick orTreat!」
 小さな吸血鬼に「うお、何も持ってない」とうろたえ、「じゃあTreatだ!」とくすぐられて、ふへふへと笑う。
 親子が去ってからもまだ笑ってると、くしゃっと頭を撫でられた。
「楽しそうじゃん。上手くやってんだな」
「う、うん」
 上手くやれてるかどうかは分からないが、今のところは順調だと思う。
 恋も、生活も。何の不安も不満もなかった。

「よかった、安心したぜ」
 ニカッと笑われて、えっ、と思う。
 もしかして、ずっと心配かけていたのだろうか? 2年間会っていなかったから?
「あ、安心?」
 首をかしげて尋ねると、「まーな」と軽く流された。
 やはり、心配されていたようだな、となんとなく雰囲気で悟る。
 2年前に会った時――覚えていないが、無意識に弱音でも吐いてしまっていただろうか?

 ふう、と噴水のヘリに腰掛けた泉を、正面に立ってじっと見る。
 買ったばかりの黒猫の耳が、艶のある黒髪からぴょこんと出ていて可愛らしい。
 その耳と泉とを見比べて、三橋はごくりと生唾を呑んだ。

「泉君、な、なんでさっき……す、好き、とか……?」
 ドモリながらの質問に、泉はあっさりと「ホントだぜ」と言った。
 あっさり過ぎて、逆に真実味が感じられなかった。
「前からホントに好きだった。でも、男同士だからと思って、言わなかったんだよ。お前が男もイケルって知らなかったからさ」
「お、男、でも……って訳、じゃ……」

 三橋はあくまでノーマルだ。ゲイを公言する阿部とは違う。阿部以外の男と、そういう関係になろうとは思わない。
 だから。
「もっと早く言っとけばよかった」
 そんな泉の告白は、ドキッとはしても嬉しくはない。
 根拠はないが、逆に、ウソなんじゃないかと思った。本当は――。

「ホントは、阿部君、を、試そうとしただけ、じゃない、の?」

 そう言った瞬間、後ろからぐいっと抱き寄せられた。
 一瞬ギョッとしたものの、慣れた気配にほっと息を吐く。阿部が背後に立っていた。

(続く)

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