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Season企画小説
Iの襲来・4
 阿部の緊張を煽るように、泉が真剣な声で続けた。
「オレは認めねーぞ」

「ふえ?」
 気の抜けたような声を上げた三橋の肩に、強張った阿部の手が乗せられる。
 三橋はきょどきょどと阿部と泉を見比べて、それから困惑して眉を下げた。予想しなかった訳ではないけれど、面と向かって反対されると胸が痛む。
「い、泉君……反対?」
 こてんと首をかしげて訊くと、追い打ちをかけるように「ああ、反対だぜ」と言われた。
「そんな、どこの馬の骨かもワカンネーような男は反対だ!」
「う、ま……?」
 友人の言葉を反芻し、きょとんと眼を見開く三橋に、泉は更に言った。

「オレだってお前のこと好きだったんだよ!」

 カチャン!
 音を立てて、勢いよく泉が立ち上がる。その拍子に阿部の入れてくれた紅茶がこぼれ、三橋はあたふたと視線を上下に揺らした。
 うお、紅茶。うえ、泉君?
 目の前のアクシデントに気を取られ、泉のセリフに現実味を感じられない。
「ふえ? え?」
 もう一度訊き返そうと、友人の顔を見上げると――後ろからぐいっと抱き寄せられた。
 勿論、後ろに立つ恋人の仕業に決まっている。

「うお、あ、べ君?」
 三橋は色素の薄い目を大きく開けて、恋人の顔を振り仰いだ。
 すると、阿部の整った顔がふいに近付いた。アゴを取られ、振り仰いだ姿勢のままキスされる。
 無防備な唇の隙間から舌を捻じ込まれ、三橋は無意識に「んんっ」とうめいた。
 絡みつく彼の舌から逃れようにも逃れられない。
 どうして突然? なぜ今キスを? 泉の前なのに――と意識した瞬間、全身がカッと熱くなった。

 三橋が赤面したのに満足したのか、阿部がようやくキスをほどいた。離れるのを惜しむかのように、最後に軽くちゅっとされて、ドキッとする。
「も、もう。あ、あ、い、い……」
 阿部君、泉君がいるんだぞ、と注意したかったけれど、口がうまく動かない。
 いつも阿部は優しいが、このやり取りはいつもより甘い。
 泉に見せつけようとしているのか? そう思うと、ますます顔が熱くなった。
「あ、あ、あ、阿部君、もうっ」
 三橋は真っ赤な顔で、後ろの恋人をぐいっと押した。
 けれど、体格のいい阿部は、そんなことではびくともしない。ははは、と笑われて、ぐいっと首に腕を巻かれる。
 
 と、そこへ――。

「ちっ」
 舌打ちの音が、響いた。

 ハッとして顔を向けると、そこには腕組みして立ったままの泉。
 三橋の後ろに立つ男を、忌々しそうに顔を歪めて睨んでいる。
 その様子に胸がヒヤリとするのを感じながら、三橋はごくりと生唾を飲んだ。同時に、泉がドスンとソファに座る。
 目の前のティーセットがまた小さく音を立てて、三橋は「ふわっ」と手を伸ばした。
 しかしそれより一瞬先に、泉の右手がティーカップを持ち上げる。
 少し冷めた紅茶をずずっと音を立て、行儀悪く呑み干した泉は、同じく行儀悪く足を組んで、ソファの背もたれにふんぞり返った。
 そして、キッパリと言った。

「オレ、ここに泊まるから!」

「はあ? ふざけんな」
 三橋より先に返事をしたのは、阿部だ。
 けれど泉は、阿部の言葉など聞こえないフリで、三橋の顔をじっと見つめる。
「なあ、三橋。前ん時だって、泊めてくれただろ? それともダメか?」
 泉は青みがかった大きな瞳で、三橋の目を真っ直ぐに見た。
 人差し指にぶら下げたティーカップを、すくい上げるようにして三橋に差し出す。それを受け取ろうと手を伸ばすと、ガシッと両手を掴まれた。
 うっ、とのけ反ったのも一瞬。

「他に泊まるとこねーんだ。なぁ、頼むよ」
 そんな風に頼まれれば、古くからのトモダチでなくても、イヤとは言えないのが三橋である。

 三橋はこくこくとうなずいて、「いい、よっ」と言った。
「おい、廉……」
 阿部の不機嫌そうな声にびくりと肩を跳ねさせつつも、勇気を出して後ろを振り向く。
「あ、あ、阿部君、ダメ……?」
 そう訊けば、大概のことには折れてくれる阿部だったが。
「ダメだ!」
 と、キッパリ即答した。
「コイツはお前に横恋慕してんだぞ? なんでオレが恋敵になりそうなヤツ、泊めてやんなきゃいけねーんだよ?」
「で、でも、去年、榛名さん……」

 三橋がそう言うと、阿部は「榛名は……っ」と言葉を詰まらせた。
 去年の大みそか、阿部の友人でもある大リーガーに襲撃され、一晩やきもきさせられたことは、忘れようにも忘れられない。
 結局、榛名と阿部はそういう関係ではなく、むしろ三橋の方が狙われていたのだが……それと今回の泉と、一体どう違うというのか。
「とにかくダメだ!」
 一方的に声を荒げた阿部を、三橋はびくりとしながら見返した。

 普段から甘いだけに、そんなふうに冷たくされるとグサッとくる。
 自分が否定されてる訳ではないが、大事な友達なのだから、同じように大事に接して欲しい。
 さっきは紅茶だって入れてくれたのに。どうしてこんな、言い争いになってしまうのだろう?
 三橋は泣くのを我慢しようと、ぐっと口元をへの字に曲げた。

 すると、この争いの元凶とも言える泉が、再びソファから立ち上がった。
「いーぜ、そこまで言うなら、こっちから願い下げだ!」
 売り言葉に買い言葉、というような勢いで、泉は肩を怒らせて玄関に向かう。
「じゃーな、三橋」
 フキゲンそうな声で「じゃーな」と言われ、三橋はひどく動揺した。
 えっ、帰るの? 怒った、よね? そう思って、ギクシャクと泉の方に近付く。
 泉が玄関のドアを開けた。

「あ、の、泉君……」
 三橋は今にも泣きそうな顔で、旧友の背中に声をかけた。これっきりにはしたくなかった。
 動揺していたので、泉が手ぶらだとは気付かない。
 阿部は気付いたのだろうか?
「おい、廉! そんなヤツ放っとけ!」
 不機嫌そうな声が後ろから響く。

 しかし、それに返事は出来なかった。いきなり泉に手首を掴まれ――。
「行くぞ!」
 そんな短い言葉と共に、強引に外に連れ出された。

(続く)

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あきゅろす。
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