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Season企画小説
Iの襲来・3
 三橋をますます強く抱き寄せて、阿部が不機嫌そうに訊いた。
「誰?」
「あ、あの、高校時代からの友、だち」
 きょどきょどと阿部と泉を見比べながら答えると、阿部は不機嫌そうな顔のまま「ふーん」と答えた。
「いいぜ、来て貰っても。茶くらい出してやれよ、廉」
 甘い声で言われて、ドキッとする。
 彼に「廉」とファーストネームで呼ばれたのは、ベッド以外では初めてだ。
 真っ赤になりながら恋人の顔を見上げると、さっきまで不機嫌そうに強張っていたのがウソみたいに、甘く優しく笑っている。

 一方の泉はというと、まだ状況が掴めていないらしい。大きな目を見開いて、驚いた顔のまま固まっていた。
「あの、泉君、4階だから。行こう」
 三橋が声を掛けると、「あ、ああ」と返事はしたものの、今度は何やら考え込んでいる。
 それでもそのまま、泉は三橋達の後に続いて階段を上がり、2人の住む4−Bの部屋まで来た。
「どう、ぞー」
 三橋が笑って泉を招く。

 阿部はというと、泉の方には目もくれず、名前呼びを続けている。
「廉、これ、どこに置くんだ?」
 これ、というのは勿論、セントラルパークから持たせっぱなしだったカボチャである。
「うお、ゴメン、重かった、よね」
 慌てて謝ると、阿部は優しい目で三橋を見つめ、「いーって」と笑った。
「お前のためなら、何も重くねーよ」
 そう言いながらカボチャをダイニングテーブルに降ろし、三橋の柔らかな髪を撫でる。
 普段から阿部は優しいが、さっきから殊更に甘い。
 まるで泉に見せつけようとしているかのようだ。

「待ってな。湯を沸かしてやるよ。紅茶でいーだろ? この間、スミスさんから貰った茶葉、あれ美味かったよな」
 優しい声でそう言って、てきぱきとケトルを準備している。
 こんな風に、阿部が率先して動いてくれるのは珍しい。いや、この家に来客がある事自体、珍しいが……。
「お前はソファにでも座ってろ」
 ちゅっとこめかみにキスされて、友達の前なのに――と、三橋は顔を熱くした。

「い、泉君も、ソファ、どうぞ」
 うろたえながら泉の方を振り向くと、阿部とは逆に苦々しく顔をしかめている。
「三橋、まさか恋人って、そいつ?」
 不機嫌そうな低い声で訊かれて、浮つきかけた気分がひゅーっと下がる気がした。
「う、うん。あの……阿部君、です。阿部君、こちらは泉君」
 紹介しても、泉の顔から苦い表情は消えない。
 阿部がキッチンの方から「よろしく」と声を掛けたが、それに対して返事もしない。やはり、男の恋人というのは……歓迎されないのだろうか?
 三橋は急に不安になって、シャツの胸元をギュッと握った。

 泉は高1の時の同級生だ。同じ野球部で、仲のいいチームメイトの1人だった。
 大学は違ったけれど、同じ都内というコトもあって、それなりに付き合いは続いていた。
 数人で一緒に旅行に行ったこともある。
 大学卒業後、三橋は仕事の関係ですぐにNYに来たのだが――。
「前会ったのって、オレがこっちに来た時だったか?」
 泉は低い声でそう言って、三橋の向かい側にドスンと座った。

 彼の言う「前に会った時」というのは、2年近く前のことだ。家族旅行で西海岸に来たと言って、わざわざ顔を見に寄ってくれた。
 NYは東海岸。西海岸からは飛行機で数時間かかるし、時差だってある程だ。
 同じ合衆国内とはいえ、「ついでに」立ち寄れるような距離ではないのだが、その時は素直に嬉しかった。

「うん、2年ぶり、だね」
 三橋はうなずいて、その当時の事を懐かしく思い出した。
 お互い忙しい社会人だし、去年の年末はここで阿部と過ごしたから、会うのはその時以来になる。
 そう言えば他の友人たちとだって、同じくらいかそれ以上、もう顔を合わせてはいない。
 日本人学校の理事として、公式サイトやツイッター、グーグルプラス等の管理は行っていたが、三橋個人としてのアカウントは、どれも持ってはいなかった。
 ずっと近況も知らせず――2年ぶりに再会して、いきなりカミングアウトされれば驚いて当然だろう。

 そもそも、三橋は元々ゲイではない。
 ゲイだった阿部に口説かれ、惚れさせられてこういう関係にはなっているものの、男なら誰でもいいという訳ではない。
 かつては、女の子を見れば可愛いなぁと思ったし、ほのかな恋心を抱くこともあった。
 高校の時には泉を含む仲間内で、エロ本を回し読みした事もある。
 そんな旧友に男の恋人、しかも同棲中だという事実は、ノーマルな泉にとって、やはりショックが大きかったかも知れない。
「あの……泉君……」
 三橋は恐る恐る友人と目を合わせた。
 理解はされないまでも、せめて否定はしないで欲しかった。

 しかし。
「軽蔑、する……?」
 不安そうに呟いた言葉に、泉は「する訳ねーだろ」と即答した。
「むしろ嬉しいよ」

 嬉しい、と聞いて、ドキンとした。
 歓迎されてる? 祝福してくれるのだろうか? 一体なぜ?
 否定されたり罵倒されたりしなかったことは嬉しいが、「嬉しい」と言われると逆に戸惑う。
 泉の真意が分からない。
「う、え……?」
 三橋は戸惑いながら泉を見た。「嬉しい」と言いつつ、にこりともしていない。
 そんな2人の前に、阿部がお盆にティーカップを乗せて持って来た。

「隣人のイギリス土産だから、うまいと思うぜ。廉、お前のはミルクティに砂糖たっぷり入れといたから」
 阿部はそう言いながら、スマートな仕草で紅茶をソファの前のローテーブルに置いてくれる。
「あり、がと」
 三橋が礼を言うとにこやかに笑って、「熱いから気ィつけろよ」と頭のてっぺんに、またキスを。
 優しくて甘いのはいつも通りではあるけれど、普段はとてもここまでではない。
「うお、もう。阿部君」
 照れながら、三橋はちらりと泉を見た。
 泉は、やはりまだ渋い顔で――けれど、何やら決意したような目をして、じっと三橋を見つめている。

「三橋」
 やがて、泉が真剣そうな声を出した。
「うん?」
 三橋がそれに応じると、三橋の横に立つ阿部が、なぜか緊張したように息を詰めた。

(続く)

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