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Season企画小説
Iの襲来・2
 ようやく順番が来て「カボチャ畑」に見立てられた円形広場に飛び出した時、三橋は子供のように歓声を上げた。
 持ち時間は10分。1人1個だけなので、みんなじっくり時間をかけて、どれを持ち帰るか選んでいる。
 色んな大きさのカボチャがあり、当たり前だが、どれも全部形が違う。
 なるべく形が整っていて、丸く、大きいカボチャが欲しい。
 「これだ」と思う1個を見付けるまで、三橋は子供たちと一緒になって、広い「カボチャ畑」を動き回った。

 バスケットボールかと思うようなカボチャを「収穫」し、広場を出ると、恋人の阿部が呆れたように待っていた。
「遅ぇーぞ、選ぶのにどんだけかかってんだ。どれも一緒だろ」
 そう言ってニヤッと笑う彼の手には、ソフトボールくらいの小ぶりのカボチャが握られている。
「うお、ち、小さい」
 思わず見比べると、「お前はヤケにデケーの選んだな」と笑われた。
「重くねーのか?」
 呆れたように言う阿部だけれど、ホントは優しくて面倒見がイイ人なのだと分かっている。三橋が「持てない」と言えば、きっと持ってくれるだろう。
 けれど、だからこそ、甘えずに頑張ろうといつも思う。
「オレ、平気、だ」
 鼻息荒く返事をすると、阿部が「おー」と優しく笑った。

 並んでる間に、ぞくぞくと人が集まってきたようだ。カボチャ畑への行列も、三橋達が並んだ時の倍の長さになっている。
 会場全体から見れば辺ぴな場所にあるのだが、やはり人気のイベントのようだ。
 どこかにある音楽ステージからの、賑やかな演奏が遠くに響く。
 ぽつぽつと並んだ屋台からも、いい匂いが広がって来た。
「パンプキン・チュロス……うお、パンプキン・パイ……」
 ふらふらと屋台の方に引き寄せられながら、三橋がうわ言のように口にする。
「さっきメシ食ったばかりだろ」
 そういう阿部は、カボチャのデコレーションブースをちらちらと興味深そうに覗いている。
 あちこちで人を集めている、ジャグリングやファイヤートーチなどのパフォーマンスを冷やかしながら、2人はゆっくりと広い公園を移動した。

 フェスティバルは夕方5時まで続くようだが、元々カボチャの「収穫」が目的だったので、自然と足が外に向いた。
 名残惜しいような気がするものの、阿部が迷いなく公園を出ようとするので、三橋もついて行くしかない。
 あのブースが見たい、など、何か明確な目的があれば阿部も付き合ってくれるだろうが、漠然と「もうちょっと楽しみたい」と言っても、ダメだろう。
 我を通してまで見たいショーもない。
 一人で見回っても面白くないし。家族や友達や恋人と、楽しく回ってのお祭りだ。

 公園の出口が見えた時、三橋の抱えていた大きなカボチャを、阿部がひょいと取り上げた。
 代わりに小さなカボチャを渡され、「家までな」と言われる。
 重い荷物をこうしてさり気なく持ってくれる、阿部は優しい男だと思う。
「うん、阿部君、ありが、とう!」
 晴れやかに笑ってがっしりした腰に抱き付くと、優しく頭を撫でられた。ふふっと笑われ、「帰るか」と言われると嬉しい。
 一緒に暮らし始めて1年以上になるけれど、蜜月はまだまだ続きそうだった。


 カボチャを抱え、ゆっくりと歩いてアパートメントの前に帰る頃には、ちょうどいい具合に空腹になっていた。
「お昼、パスタでも、する?」
「いーな。あっさり系で頼む」
 そんな話をしながら階段を昇っていると――。

「三橋!?」

 3階に差し掛かった時、日本語で名前を呼ばれて驚いた。
「ふえ?」
 気の抜けたような声を上げ、声のした方に目をやると、廊下に大きな荷物を抱えた黒髪の青年が立っている。
 阿部がサッと庇うように一歩前に出てくれたが、幸いにも不審者ではなかった。
「誰だ?」
 警戒を隠そうともせず、阿部が短く質問した。
「だ、大丈夫、友達、だ」
 三橋は安心させるように微笑んだが、阿部は警戒を解こうとはしなかった。

 2人のそんなやり取りをよそに、廊下の青年はホッとしたように「よかった」と言いながら近付いて来た。
「焦ったぜ、三橋。お前んち空き室になってるし、電話は繋がんねーし、行方不明になっちまったんかと思った」
「うお、空き室……」
 言われてみれば、ごく一部の人間にしか引越ししたとは伝えていない。
 引っ越しとはいえ、3階から4階に移っただけだし。それも恋人と同居する為だったので、あまり言いふらしたくなかったのだ。

「泉君、久し振り、あの……」
 三橋はためらいながら青年の名前を呼んだ。
 それを聞いて、阿部が自己主張するかのように、片手で三橋の肩を抱いた。
 ハッと見上げると、端正な顔が不機嫌そうに強張っている。
 対する泉はというと、阿部の不機嫌など目に入らない風で、「お前んちどこ?」などと訊いてくる。
 遊びに来ただけだろうか? 旅行のついでに、ちょっと寄っただけ?
「土産あるぞ」
 と、笑顔で言われても困る。
 今までどおりの一人暮らしなら、三橋も「どうぞ」と呼べたけれど――阿部と同居する以上、例え友達でも、阿部の許可がないと家には呼べないだろう。

「お、オレ、今……」
 三橋は目の前の友人に、思い切って打ち明けた。
「ここで、こ、恋人と同居してる、んだ」

 恋人が「誰」かは言っていない。
 言っていないけれど、阿部の態度で何か察するものがあったのだろうか?
「……はあ!?」
 泉はひどく驚いて、大きな目を見開いた。

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