Season企画小説 Iの襲来・1 (NYハロウィン) ※このお話はGの襲来、Hの襲来 の続編になります。 セントラルパークのチェリーヒルというと、その名の通り桜の木で有名だ。 日本のように、レジャーシートを敷いて宴会したりはしないけれど、春になればその美しい桜色を見に、多くの人が訪れる。 しかし、ハロウィンの間近に迫ったこの週末――そのチェリーヒルを一面に覆うのは、薄紅色の花びらではなく、オレンジ色のカボチャだった。 パンプキン・フェスティバル。 最近は日本でも各地で行われるようになったようだが、アメリカでもメジャーなお祭りの1つだ。 巨大カボチャの品評会をしたり、カボチャの彫刻を競ったり、皆で同じモチーフのランタンを作って並べたり。各地・各会場によって、様々なイベントが行われているようだ。 ここセントラルパークでも、1km程の範囲にたくさんの屋台が準備され、音楽ショーやパフォーマンスショー、ホラーハウス、無料のカボチャ配布イベントなどで、徐々に盛り上がりつつあった。 三橋が同居する恋人を誘ってこのイベントに来たのも、主にこのカボチャの配布が目的だ。 配布といっても、単に並んで順番に渡される類の形式ではない。公園の丸い敷地を「カボチャ畑」に見立て、大小無数のカボチャが並ぶ中、1人1つずつ「収穫」するのだ。 小さな子に大人気のイベントだから、主に家族連れで賑わっているが、三橋と阿部のような大人だけの参加者も多かった。 10月に入ると、NYの街はハロウィン一色になる。 街中のあちこちにカボチャが飾られ、コウモリや魔女のモチーフと一緒に、店先やショーウィンドウを賑やかにする。 公園や商店街にもジャック・オー・ランタンが溢れかえり、仮装グッズもやたらと目に入るようになってきた。 レストランやケーキ屋でも、この時期限定のパンプキンパイやパンプキンスープがメニューに入る。 気のせいか、人々も少しずつ浮ついているようだ。 セントラルパークの近くにある、私立の日本人学校の理事を務める三橋にとって、ハロウィンは重要なイベントの1つだ。 ハロウィンにちなんだ工作は授業でもやるし、ささやかな仮装をして、校内でバザーを開いたりもする。 動物園などに行っても、「Trick or Treat」さえ上手に言えればお菓子が貰えたり、と、子供たちにとっては楽しい時期だろう。 勿論、三橋も楽しんでいた。 一方の阿部は現実的な合理主義者で、時間を費やしてお祭り騒ぎに参加する、ということをあまり好まない。 年末のタイムズスクエアのカウントダウンだって、「TVで見る方がいい」という考えだった。 「わざわざ寒い中、何時間も並ぶ意味がワカンネー」 と。 そんな人だったから、10月31日のビレッジハロウィンパレードだって、見に行きたいと言っても「TVでな」って言われるのに決まってる。 不機嫌な恋人と一緒に見に行ったって、楽しくないのは分かっているので、三橋も「行きたい」とは言わなかった。 何と言っても、平日だ。 観光客ならともかく……1日の仕事を終え、夜7時から11時までハイテンションで練り歩くには、よほど好きでないと無理だろうと思う。 翌日だって仕事がある訳だし。10分かそこら見学するのが、せいぜいだろう。 そこで、このパンプキン・フェスティバルだ。 「阿部君、か、カボチャ、収穫に行こう!」 先週、チラシ片手にそう誘うと、阿部は苦笑しながら「いーけど」と言ってくれた。 一人で来ても楽しめないので、三橋もこのイベントに参加するのは初めてだ。 毎年3000人くらいの来場者があるとは聞いていたが、思ったより人が多い。 「ついでに朝昼兼ねてメシ食おうぜ」 阿部に誘われ、まずは公園内のベーカリーカフェでゆっくりブランチをとったのだが……そのカフェも、親子連れで混んでいた。 テラス席は少し肌寒かったけれど、温かいスープとコーヒーを体に入れて来たので、じっと並んでいても寒くない。 「仮装してるガキも結構多いな」 阿部が、周りを見回しながら言った。 その視線の先には、7歳くらいの白雪姫と、2、3歳くらいの小人が2人。3人きょうだいなんだろうか? スゴく可愛い。 ちびっこ魔女やちびっこ吸血鬼、ちびっこガイコツなどの本格派も多かったが、ネコ耳着けただけのシンプル系もいた。 両親も含め、全員で仮装を楽しんでいる一家もいて、見てるだけで楽しい。 みんな、上手にお祭りを楽しんでるなぁと感心する。 「お前にもネコ耳、似合いそうだな」 三橋の柔らかな薄茶の髪を撫でながら、阿部が笑った。そんなことを口にする辺り、彼もそれなりに楽しんでいるらしい。 「阿部君、は、吸血鬼、かな」 ふひっと笑いながら、隣の恋人を見上げる。 「おー、確かにあのマントは暖かそうだよな」 「最近、寒くなってきた、もん、ね」 他愛もないことを喋りながら、列の先にあるカボチャ畑を時々眺める。 列はそう長くもなかったけれど、もう20分くらいは並んだだろうか。そろそろ自分たちの順番だ。 大きいの、持って帰ろう。 内心こぶしを固めながら、たくさんのオレンジのカボチャを見つめる。 恋人とこうしてイベントに来られて、三橋はとても嬉しかった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |