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Season企画小説
秋色カクテル・後編
 中の丸型電球が割れなかっただけ良かった、とホッとするべきなんだろうか?
 一升ビンの直撃を受けた古めかしいペンダントライトは、カサの5分の1を失ってぐらぐらと揺れた。
「うおっ」
 三橋もさすがに驚いて、ぽかんとライトを見つめてる。
「バカ! てめー! ケガねーか?」
 グラスをテーブルに置いて、立ち上がると、三橋はぽかんとした顔のまま、オレの方を見てうなずいた。
「な、ない……」

 それ聞いてホッとしたけど、お仕置きとしてウメボシはさせて貰った。
「てめー、周り見て振り回せ! ケガした後じゃ、遅ぇーんだぞ!?」
 こめかみに握りこぶしを押し当てて、容赦なく絞ってやると、三橋は情けねー声を上げた。
 でも。
「心配、かけてご、ごめん。でも、あ、阿部君、ありがとうっ」
 涙目で、ほんのり頬を染めてそんなことを言われたら、もうそれ以上怒ることはできなかった。

「……分かったんなら、もういーよ」
 こっちまで赤くなりそうなのを、ライトを見上げて誤魔化しながら、さっきのカクテルをぐいっとあおる。
 今が昼でホント良かった。
 どうせ、買い替えた方がいいとは前から思ってたし、いい機会だろ。
「じゃあ、電気屋に一緒に行くか」
 グラスを三橋に手渡して、スマホのブラウザをもっかい開く。調べてーのは駅前の電気屋チェーン店のフロアガイドだ。
 出勤する時に見かけるだけで寄ったことは無かったけど、結構大きい店舗だし、照明コーナーくらいあるんじゃねーかなと期待する。
 最寄駅っつっても自転車もねーし、こっからはバス使わなきゃ遠い。だから余計に、ムダ足なんかしたくなかった。

 店舗名と最寄駅を入れて検索すると、店舗情報もフロアガイドも割とすぐにヒットした。
「あー、8階にあるみてーだな」
 そう言って、スマホをしまい、立ち上がる。
 次に確認すんのは、今割れたばっかのペンダントライトの取り付け口だ。
 ホント昼間、部屋が明るい時でよかった。椅子の上に立って手を伸ばし、カチッと捻ると簡単に外せる。
「デカい紙袋か何かねぇ? このまま持って行こうぜ」
 そうすりゃ店員に「これに合う物」って相談できるし、まず無いとは思うけど、せっかく買ったのに接続できねーなんてミスも起きねぇ。
 ついでに古い方は引き取って貰えりゃ、ゴミ捨ても面倒じゃなくていーし。

 念のため取り付け口の写真を撮って、三橋の方を振り向くと――三橋はグラスと一升ビンをまだ両手に持ったまま、あわあわと視線を揺らした。
 そんで、それから赤くなって言ったんだ。
「阿部君は、スゴイなぁ」
 まあ、素直に賞賛してくれんのは嬉しーし、敢えて否定はしねーけど。
 でも普段、コイツの仕事ぶり見て「スゲーな」って思ってばかりだから、たまには逆でもいーよなと思った。


 バスに乗って、電気店に行って買い物を済ませ、ついでに2人で外食をして。家に帰る頃には、もう三橋の出勤時間が迫ってた。
「いーよ、オレが取り付けやっといてやるから」
 そう言って、背中を押してアパートを追い出す。
「うえ、で、でも……」
 三橋はおたおたと渋ってたけど、「後で顔出すから」っつーと、ふにゃっと笑ってうなずいた。

 月曜日固定給の三橋とは、土日一緒に過ごすっつっても、こんな風に慌ただしい。
 9月は土・日・月の三連休が2回あったから、これでもまだ充実してた方だろう。
 オレもまだ1年目だから、年末どんくらい仕事が忙しくなんのかは想像もつかねぇ。けど、この先もこうやって一緒に、まったりと過ごして行けりゃいーかなと思う。

 2回目のフレアに間に合うようにバーに行くと、「いらっしゃいませー」とフロアスタッフが無愛想に声を掛けた。
 ホント最近、客だと思われてねー気がする。
「いらっしゃい、ませー」
 にこっと可愛く笑ってくれんのは、三橋だけだ。
「お疲れ、だから、ちょっと甘い方がいーです、か?」
「おー、任せる」
 いつものカウンターの一席に座り、おしぼりで手を拭くとじわっと温かさが肌にしみる。
 やっぱ、もう秋だなと思う。

 三橋は昨日と同じ赤いリキュールをくるくると投げて、器用に手の甲でキャッチした。
 それをまたぽいっと上に放り上げ、回転させて下向きにキャッチ。同時にじゃーっと赤い酒が銀のカップに注がれる。
「カシスか……」
 昨日最初に飲んだカシスの酒は、割と辛口だったけど……と思って見てる間に、もう目の前にコトンとカクテルグラスが置かれた。
「パリジャン、です」
 三橋が、ふわっと笑いながら言った。
「昨日のベルモット・カシス、に、ドライジンを入れたもの、だよ」

「へぇ」
 いつも思うけど、よくレシピを覚えてるよな。まあ、そんだけ仕事が好きってことなんだろうけど。
 感心しながら1口飲むと、言われた通り、ほんのり甘い。けど、甘過ぎねーっつーか……やっぱ、オレ好みの味だった。
 赤い色の酒は紅葉みてーで、ホント、もう秋だなぁと思う。

 三橋はオレの方を気にしつつも、フレアショーの準備をしてた。
 手の届く範囲に、使う酒やカップをさり気なく並べて配置する。と、その中に、一升ビンが混じってんのを見てビックリした。
 おいおい、やんのかよ?
 今朝――っつーか昼間だけど――部屋の照明のカサ壊したの、もう忘れたんか? っつーか、コイツには失敗のショックとかねーんだろうか?
「う、え、っと……」
 オレの目線に気付いたのか、三橋が言い訳するように首を振った。

「だ、大丈夫、だよ。ここはライト、高い、から」

 って。そういう問題じゃねーっつの。
 でも、仕事にケチつけんのもどうかと思うしな。はー、とため息をつきつつ、見守るしかねーんかも。

「……日本酒のカクテル、もうあんの?」
 その問いを、黙認の合図だと思ったんだろうか? 三橋がふぅーっと息を吐き、「うん、あるよっ」と照れくさそうに笑った。
「それの宣伝、も兼ねてるんだ、よっ」
 って。
 言われてみれば、まあ、そりゃそうか。
 七夕ん時の火吹きパフォーマンスもスゴかったけど、宙を飛ぶ一升ビンってのも、観客受けするだろう。
「じゃあ、1杯なんか作ってよ」
 オレの言葉に「うんっ」と可愛くうなずいて、三橋が一升ビンをぐるんと回した。

 「吟醸」とラベルに書かれた焦げ茶のビンが、ちゃぷんと水音を立てて宙を舞う。
 ガシャン! と、派手に割れる代わりに、「おおーっ」と賞賛の歓声が響いて――。
 さっきまで渋い顔してたくせに格好つかねーとは思うけど、自分のコトのように気分良かった。

  (終)

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