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Season企画小説
さよならが降り積もる(Side M) 2
 4年生に上がる進級試験は、何とかギリギリで通過した。でもドイツ語一つ落としちゃって、追試代わりのレポートを書かされることになった。
 ……ドイツ語で。
 「オレ、ドイツ人じゃないのにムリだよ」って言ったら、田島君が「安心しろ、オレもだ」って言ってくれて、二人でレポートを仕上げることになった。

 田島君は高校からのチームメイトで、同じ大学で、また一緒に野球をやってる。プロを目指してるのは田島君も一緒だから、すっごく心強い。
 もちろん阿部君とも知り合いで、高校時代からオレ達の関係を知ってた。だから阿部君と同居するこの部屋に、気兼ねなく呼べる、数少ない友達の一人だ。

 阿部君も1月は進級試験で忙しかったみたいで、すっごくピリピリしてた。そろそろ就職のこととか考えなきゃいけないし、研究も大変みたいだし……。
 大学も学部も違うから、大変さはよく分かってあげられないけど、できるだけ邪魔はしないようにしないと。
 オレができる事は、少ないから。


 オレと田島君が相談するときは、身長が同じくらいのせいもあって、額をくっつけ合うような感じになる。出会ってから6年になるのに、オレ達の身長は、いつも抜きつ抜かれつで、ほぼ一緒だった。
「まずタイトル決めよーぜ」
「田島君、テーマが先だ」
 オレは野球のことしか分からないから、やっぱり何を書くにしても、野球のことしか書けない。だからテーマは、野球とリラックスとか、野球と瞑想とか、野球とコルチコトロピンとか……。
「まずは日本語で書いて、後から訳そうぜ。ってか、花井か西広に手伝わそーぜ」
 花井君も西広君も、高校時代のチームメイトだ。二人とも語学が得意で、西広君は通訳を目指して勉強中なんだって。うん、みんなスゴイなぁ。


 田島君が唐突に言った。
「阿部はさー、こういうの苦手なんか?」
「え、何で?」
 田島君の質問の意味が分からなくて、首をかしげる。
「阿部って、こういうの手伝ってくんねーの?」
 阿部君に手伝ってもらう? そんなのムリに決まってるのに、なんでそんなこと訊くんだろう?
 そういうと、田島君がちょっと怖い顔になった。

「三橋ー、阿部といつも何話してんだ?」
「え、わ……かんない」
 何か話してたかな? 話す用事なんかあったかな? いつもって言われても分かんないよね?
「じゃあさー、昨日は何話した?」
 オレは困った。昨日? 昨日? 思い出せない。何か話したっけ? そもそも顔を見たんだっけ?

 田島君はちょっと黙っちゃったけど、すぐに二イーっと笑って、背中をバンと叩いて言った。
「気にすんな、元気出せ! さっさと下書き済ませて、メシ行こうぜ! オレがラーメン奢ってやる!」
「うお、ラーメン!」
 ラーメンなら、オレ、行きたいところがあるんだ。この近所で、おいしくて安くて。阿部君も気に入ってたから、二人で何度か行ったんだよ。
「オレ、おいしいとこ知ってる」
「よーし、そこ行こうぜ。場所分かんのか?」
「うん!」

 まだテーマも決まってないのに、ラーメンの話で盛り上がっちゃって、オレは楽しくて笑っちゃって。

 だから気付かなかったんだ、……阿部君が帰ってきてたこと。


 ガンッ! 部屋のドアを、いきなり蹴られた。

「三橋ぃっ!」

 阿部君が外で怒鳴った。

 びくりと体を震わせちゃって、きっと田島君に気付かれた。オレが、びびってること。
 ダメだ、ダメだ、気付かれちゃだめだ。田島君が心配しちゃうだろ。阿部君にびびってるなんて、気付かれちゃダメだ。
 オレ、平気なんだよ、田島君。ほら笑えるよ、口角を上げて。できる、できるよ。大丈夫。いつもやってる……マウンドの上で、いつも笑うの慣れてるから。

 オレはゆっくり立ち上がり、ドアを開けた。

「あ、お帰り、阿部君」
「お帰りじゃねーよ。うるせー! こっちはなー、複雑で面倒くせー計算問題の宿題があんの! ちゃらっちゃら大声で話しやがって。お気楽でいいよなー?」

 怒ってる。相当苛立ってる。オレ、知ってるんだ、こんな時の阿部君は、何を謝ったってムダなんだ。

「う、ごめん、ね。静かにする、から」
 オレは一方的に謝って、素早くドアを閉めた。
 ガンッ。もう一度蹴られる音がした。
 でも大丈夫、平気、切り抜けた。阿部君はこれ以上しつこくしない。短気だけど、諦めも早い。オレはふうう、とため息をつき、黙ったままの田島君に謝った。
「うるさかったみたい、だね。静かにしようか」
「三橋……」
 田島君が小さな声で呟いた。あれ、何でそんな顔するんだろう? オレ、平気に見えないかな? 笑えてる、よね?
 あれ、何で視界がぼやけるんだろう?
 オレ、平気なのに。
 慣れてるのに。
 何で今日に限って、涙が出るのかな? 田島君がいるせいで、ちょっと甘えているのかな?


 結局、レポートを書く気分じゃなくなって、ラーメンを食べに外に出た。
 外の空気を吸うと、気分がいい。冬のラーメンはおいしいよね。ラーメンの後はロードワークに出ちゃおうかな。そうだなゲンミツに走ろうぜ。
 そんな事を話しながら、店の前に来た。

 店は閉まってた。古くなった張り紙には、9ヶ月も前に閉店したことが書かれていた。


 阿部君と会話をしなくなった。
 阿部君と顔を合わせなくなった。
 阿部君と食事をしなくなった。

 最後に一緒にラーメン食べたのは、ねぇ、いつだったか覚えてる?



              さよならが降り積もる

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