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Season企画小説
秋色カクテル・中編
 なんで「秋だから日本酒」なのかを説明させると、「昔は酒造年度が……」とか「酒は酉で10番目だから……」とか、どうもよく分かんなかった。
 仕方ねーんでスマホ使って調べたら、どうも「日本酒の日」ってのがあって、それが10月1日なんだそうだ。
 全国的に試飲会とか飲み比べ会とか、催し物も多くなるらしい。
 まあ、よく考えてみりゃ、新米が採れる時期だもんな。ってことは、その新米使って、酒を造り始める時期でもあるんだろう。

「だ、から、ね、うちでも期間限定、で」
 三橋はそう言って、一升ビンを手に取りぐるんと回した。
 中身の少しだけ入ったビンが、ちゃぷっと小さく音を立てる。
「まさか、それ持ってフレアすんのか?」
 持った感じ、1kgぐらいありそうだったけど。
 1升ってのは1.8リットルだから、仮に比重1と計算しても、1.8kg。それにビンの重さ足したら、3kg弱だ。
 さらに振り回すとなると、遠心力もかかるからもっと重くなって……。

 けど、オレの心配をよそに、三橋はこてんと首をかしげた。
「で、でも、一升ビンが飛ぶと、スゴイ……」
 いや、確かにスゲーし、ショーを見てる客も沸くだろうけどさ。
 はーっ、とため息をついた後は、もう苦笑するしかねぇ。ホント、コイツ、熱心だよな。呆れるほどのフレアバカだ。

「あ、限定で、か、カクテル、も」
「ああ、そう」
 オレは気のねぇ相槌を打って、三橋の手から一升ビンを取り上げた。
 酒の話になると長ぇ。バーのカウンターで、仕事ぶりを眺めながら聞く分にはいーけど、恋人の部屋で2人きりでするような話じゃねーだろ。
「続きは明日な」
 そう言って抱き寄せ、抱き締める。
 明日っつっても、とっくに日付は変わっちまった後だけど。
「早く寝ねーと、朝になっちまうぜ」
 囁いて、耳元に軽くキスすると、三橋の首から上が真っ赤になった。

 安っぽいペンダントライトからぶら下がった紐を、くいっと引いて照明を落とす。
 白いコードで吊るされたカサ付きのライトが、不安定にゆらゆら揺れた。
 フレアの練習ん時に邪魔になんねーのかな?
 天井にびたっと貼り付くシーリングライトの方がスッキリするし、掃除も楽だぞって随分前に言ったけど、買いに行く暇がねーらしい。
 でも多分それは言い訳で、面倒臭いってのが本音だろう。全く、フレアの事以外にはイマイチ無頓着なヤツだ。

 ……今度近くの電気店に、一緒に行ってもいいかもな。
 薄暗がりの中、背中を押して恋人をベッドの方に追い立てながら、そんなことをちょっと思った。


 起きたのは昼前だった。
 窓の外が明るくなるまで抱き合ってたから仕方ねーけど、あんま健康的じゃねーよな。
 裸寝にはさすがに寒くなって来て、確かに秋だなと実感する。
 床に蹴とばしてた夏布団を拾い上げ、隣で眠る三橋に掛けてやってからベッドを降りると、三橋はもこもこと薄い布団にくるまった。

 服を着て冷蔵庫を開け、中から卵とハムとチーズ、レタスとマヨネーズをさっと取り出す。
 フライパンに四角くマヨネーズを絞って枠を作り、そこに卵を割り入れて焼く。ハムとレタスとチーズを重ね、食パンを上からぐっと押しつけてマーガリンを塗り、裏返す。
 このシンプルなハムエッグトーストは、三橋に教えて貰ったものだ。
 ぐっと押し付けると卵の黄身が割れちまうから、いつも三橋に文句を言われるけど、オレは半熟より、ちゃんと火を通してる方が美味いと思う。
 こんな簡単なメニューが、三橋の働くバーでは500円もするんだから、ホント割高だよな。

 コーヒーを淹れながら2枚目を焼く頃には、食い意地の張った三橋がのろのろと起きて来る。
「おはよ、服着ろよ」
 ちらっと振り向いて声を掛けると、三橋は照れたようにうひっと笑った。
「阿部君いないと寒い、な」
「あー、もう10月だからな」
 適当に答えながら食パンを上から押し付けると、じゅうっという音がして、卵の焼ける匂いが広がる。
 三橋が「あっ、またっ」と文句を言ったけど、それには聞こえねぇフリをした。

 食事の後、食器洗いを三橋に任せてスマホで日本酒のカクテルを検索した。そしたら意外に種類が多かったんでビックリした。
「あんま聞いたことねーけどな」
 感心したように三橋に言うと、三橋は濡れた手を拭きながら、オレの後ろから画面を覗き込んで来た。
「う、うん、オリジナルが多くなってる、よね」
 レシピも色々載ってるけど、使う酒の銘柄とか客の好みに合わせて調整するから、その通りに作ればいいってもんでもねーらしい。
 オレがコイツのカクテルを気に入ってんのは、やっぱオレの好みや体調を、いつも気にかけてくれてるからだろう。

「試しに何か作ってよ」
 そう言うと、三橋は嬉しそうに「うんっ」とうなずき、冷蔵庫からレモンジュースとライムジュースを出して来た。
 シンク上の棚の中から、銀カップを2個取り出す。
 氷を入れたカップに日本酒を入れ、軽く混ぜてから捨ててんのを見て、「おっ、共洗いだな」とかどうでもいいことを考えた。
 珍しく計量カップを使ってんのは、目分量用の器具がついてねーからかも知んねぇ。
 シャカシャカと慣れた手つきでデカいシェイカーを振ってる様子は、Tシャツにハーフパンツでも格好いい。

「サムライ、です」
 カクテルグラスをテーブルの上にコトンと置いて、照れ臭そうに三橋が笑った。
 スゲー機嫌よさそうだ。
 作って貰ったカクテルは、日本酒の独特のニオイもなくて、スッキリと甘くなくて美味かった。
「やっぱ、お前の酒はいーな」
 味わいながら誉めると、三橋はますます嬉しそうで。
「あ、阿部君の好きそうな配合、研究、したっ」
 そう言って、照れ隠しにか、持ってた一升ビンをぐるんと片手で振り回した。

「危ねーっ!」
 オレが叫ぶのと、頭上でガシャンと音がすんのと、ほぼ同時だった。

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あきゅろす。
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