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Season企画小説
あの( )愛をもう一度 (2013沖誕・高1〜大1)
 ひと気のない部室で、阿部と三橋がキスしてるのを見てしまったのは――高1の夏大の真っ最中、港南戦を前日に控えた、7月20日のことだった。
 オレの誕生日だったから、よく覚えてる。
 オレはそっと立ち去ろうとしたんだけど、やっぱ動揺しちゃってたんだろうな、足がもつれちゃって。
「うわっ」
 情けない悲鳴を上げて、部室の前で尻もちをついた。

 勿論、すぐに阿部が様子を見に来た。
「何やってんだ?」
 と、探るような口調。
 こんな時、何も見てないフリでとぼけることなんて、そんな芸当、オレにできるハズもなく。
「……見た?」
 鋭い目で尋ねられ、黙ってうなずくしかできなかった。

 オレに見られたって知って、阿部はともかく、三橋はちょっと動揺してた。
 でも三橋ってさ、一度腹をくくっちゃうと、強いんだよね。練習の後、皆でコンビニに行く頃には、もうキョドリも収まってて。
「沖君」
 静かな声で、オレを呼んだ。
 その顔見て、ああ本気なんだなぁって思ったんだ。阿部も三橋も、本気なんだって。本気で、相手のコト好きなんだって。

 それ以降、オレが2人の逢瀬を目撃することは、卒業するまで1回もなかった。
 でも、ずっと付き合ってたのは知ってたよ。
 廊下ですれ違う一瞬とか、練習の時に目が合った一瞬とか。試合の時に、ふと見せる表情とか――。ああ、恋愛してるなぁって、しみじみ思うことが何度もあった。
 障害は多かったと思うし、苦労もしてたと思うけど。でも2人とも、ずっと幸せそうだった。
 恋してたし、愛してた。

 だから――2人が違う大学に進学するって聞いた時、心臓が凍るかと思った。

「えっ、なんで!?」
 驚いて尋ねたオレに、2人は何も言わなかった。
「で、でも、大学が一緒じゃなくたって、別れるって事にはならないんだよね?」
 その問いにも、答えはなくて。
 ただ、ほろ苦く微笑んだ三橋の笑顔が、ひどくキレイで――。なんでか、放っておけないって思ったんだ。


 オレは三橋と同じ大学に入学した。一緒に野球部に入って、それなりに大学生活を楽しんでる。
 相変わらず、三橋の投球中毒は健在だ。
 それを注意したり、たしなめたりしてくれる人はちゃんといる。でもやっぱり、あの当時の阿部くらい、三橋のコトを1番に考えて、怒ったり寄り添ったりしてくれる人はいない。
 三橋もそれは分かってるみたいで、自己管理もしっかりと、自分一人でできるようになっていた。
「阿部君、は、もういない、から」
 前にそう、ぽつりと言ってたのを覚えてる。
 阿部との別離が、三橋の成長を促す結果になったんだから、皮肉だよね。

「阿部と連絡は取ってるの?」
 そう訊いても、三橋は力なく首を振るだけだ。首を振って、キレイにはかなく笑うだけだ。
 あの時――絶対に離れそうにないと思えたあの2人が、今はもう一緒にいないなんて。こんな未来があるなんて、考えてもみなかった。
 でも、残念ながら現実だった。


 阿部の進学した大学と、練習試合があるって聞いたのは、7月に入ってからのことだ。
「1、2年は1、2年同士で試合をさせようって話だ。こっちのグラウンドを使う」
 監督の言葉に、オレはハッと三橋を見た。
 三橋は驚いたように口をひし形に開けて……それから、への字にきゅっと引き結んだ。
 滅多に見せない、思いつめたような横顔にドキッとした。
 試合の日が20日だっていうから、またドキッとした。

「沖君の誕生日だ、から、勝とう!」
 事情の知らないチームメイトのみんなは、三橋の言葉にあおられて「おーっ」って拳を振り上げた。

 1、2年生だけって言っても、投手は三橋1人じゃないから、試合に出られるとは限らなかった。
 でも、三橋は練習試合が決まって以降、すごい集中力を発揮して、練習も自己管理も徹底して頑張って――見事、先発に抜擢されたんだ。
 わあスゴイ、よかったね……って、言って良かったのかな? オレもなんとか、ファーストで試合に出られることになった。
 守備練習だけじゃない、投球練習だけじゃない。2人で、打撃練習も頑張った。
 三橋は変わってない。一度腹をくくると強いんだ。
「阿部君を、打ち崩す」
 真顔でそう言った三橋に、じわっと胸が痛んだ。

 本当に、なんでそんな風に敵同士になっちゃったのか、オレにはまだよく分からないんだ。
 3年前のあの日、仲良く並んで同じ未来を見てたハズの2人が、今はもう「他校の選手」でしかないなんて。
 もう2度と、試合前に手を触れ合わせることがないなんて。
 三橋は割り切って前に進んでる風なのに……部外者のオレ1人が、まだ納得できないでいた。


 そして迎えた練習試合。
 一言でいえば、打撃戦になった。
 ただ、元々三橋は、打たせて取るタイプの技巧派投手だ。
 ヒットを何本か打たれたものの、得点には結びつかせず、2年生捕手と上手に意思の疎通を図って、アウトの山を築いていった。
 7回に阿部にバントヒットで塁に出られ、その後連打を浴びてひやっとしたけど、三橋は崩れなかった。

『サードランナー』
 オレは、三橋が心の中で唱えながら、サードに目をやったのを後ろから見てた。
 サードランナーは阿部、で。
 三橋はふう、と息を吐き、背筋を伸ばして捕手を見た。
 高校時代に何度も見た、真っ直ぐな背中がマウンドにあって、それは捕手が違ってても丸まったりすることはなくて、だからオレも落ち着いて守れた。
 ホームに帰れなかった阿部は、サードで三橋に射抜かれて、どう思っただろう?
 悔しい? 残念? それとも……誇らしかったかな?

「ナイピッチ」
 ベンチに戻りながら声を掛けたら、三橋は嬉しそうに「うひっ」と笑った。

 9回には三橋もヒットを打った。
 続く1番、2番で繋げて、ワンアウト2、3塁。バッターはオレ、で。
 ベンチの指示は「打て」。オレは――。
『サードランナー』
 サードにいる三橋を見て、肩の力を抜いた。
 斜め後ろ、ホームでミットを構える阿部を、ちらっと見る。
 三橋にクロスプレーなんて、させられない。――それはきっと、阿部も同じだと信じたくて。だから、阿部を信じて、バットを思いっきり振り抜いた。

 カン、という高い音。バットへの抵抗は、ほとんどなかった。


 試合後のベンチでは、揉みくちゃにされた。
 こんな日にホームランなんて。何年か分の誕生日プレゼントを1度に貰ったような気分だった。
「沖君、おめでとう」
 三橋も笑ってた。チームメイトの中で、一緒になって笑ってた。

 でも、ミーティング終わってからの控室で、三橋、泣いたんだよ。
 あの大きな琥珀色の瞳から、大粒の涙をぽろぽろこぼして。太い眉を下げて。
「オレ、の、勝ち、だ、ね」
 そう、しゃくりあげながら言ったんだ。
「オレの方が、阿部君のこと、分かってる。阿部君の考え、手に取るように分かった」
 って。
「だから、オレの好きの方が、強い」
 って。

 三橋は――。
 今まで平気なフリしてたけど。ああ、やっぱり、まだ阿部のこと好きなんだね。
 嫌いで別れたんじゃないんだね。
 3年前の同じ日、同じオレの誕生日――まだオレ、覚えてるよ。あの時、子供なりに真剣だったよね、2人とも。
 真剣に恋して、愛して、そんで今があるんだね。
 それは、あの時の幸せそうな2人が、望んだ未来じゃなかったのかも知れないけど。三橋は、後悔しないんだね。
 だったら、オレは三橋を応援するから。

「オレは味方だよ」
 そう言うと、三橋は手の甲で涙をぐいっとぬぐって、「うん」って小さく微笑んだ。

 もうダメなのかな?
 もう2人の道は、別れちゃったのかな?
 あの夏の日に見た、幸せそうな2人の姿は、もう見ることができないのかな?

 勝ち試合の後なのに胸が痛くて、オレ達は誰もいない控室で、ぼろぼろ泣きながらノロノロと着替えた。
 と、カツカツと足音がして、ノックもなしに控室のドアが開いた。
「あー、こんなとこにいた!」
 入って来たのは先輩で。
「三橋、お前にお客さん。待たせてんだから、早く行け」
 そう言って、三橋の背中を押して「早く早く」って追い立てた。

 え? お客さん? 誰? ――期待してもいい?

「初ホームラン、初完封が嬉しいのは分かるけど、全く。こんくらいで泣くなんて、お前ら気ぃ早すぎだぞ〜?」
 先輩が呆れたように言うのを聞きながら、オレも三橋の後を追った。
 建物の戸口に立って三橋を出迎えたのは、見覚えのあるシルエットで。
 でも、涙で前が滲んで、ごめん。その先は見えなかった。


 こんな時、誰に祈ったらいいんだろう?
 もう当分、バースデープレゼントを貰えなくてもいいから。どうか、もう一度見せて下さいって。誰に頼んだらいいんだろう?

 あの、夏の日に見た、真っ直ぐな愛をもう一度。

  (終)

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あきゅろす。
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