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Season企画小説
溺れたオレが掴んだものは (2013海の日・高1)
 浜辺で颯爽と服を脱ぎ捨てた阿部君の水着姿は、とてもセンセーショナルだった。
 ビーチにはどよめきが走り、水着姿の女の子たちが、遠くから「きゃーっ」と騒いだ。「おおー」って言う、おじさんたちの声もする。
 野球部のみんなも、口を開けて絶句してるし……ね? センセーショナルだよ、ね?
「ス……ス、ス、ス……」
 オレは「スゴイ」と言いかけたけど言えなくて、思いっきりドモッてしまった。
 じわっと赤くなる。目のやり場に困った。

 だって――キリリとヒモをねじった胴回り、引き締ったお尻にグイッと食い込む白いヒモ、そして神々しい前袋! 阿部君は――白のふんどし姿、だったんだ。しかも、前布はない。

「阿部……」
 花井君がみんなに背中を押され、泣きそうな顔で1歩前に出た。
「それで泳ぐのか……?」
「ああ? 当たり前だろ?」
 阿部君は「なにバカなこと言ってんだ」みたいな顔して、思いっきり眉をしかめてる。
「学校じゃあるまいし。スクール水着以外使用禁止とか、どっかに書いてんのか?」

「い、いや……」
 しどろもどろな花井君をしり目に、阿部君は堂々と股を開いてストレッチを始めてる。
 だ、大丈夫なの、かな?
 目のやり場に困るけど、ハラハラして心配で目が離せない。だって、えーと……で、出ちゃったりとかしない、のかな?
「大体なぁ、六尺ふんどしってのは、日本の由緒正しい水着なんだよ」
 阿部君は、ふんと鼻を鳴らしてそう言いながら、今度はアキレスけんを伸ばし始めた。

「ロス五輪やベルリン五輪の時なんて、オリンピック選手はサポーター代わりにふんどし使ってたくらいだ。水泳王国日本の、速さの秘密かとまで言われたんだぜ」

 阿部君はそこで言葉を切って、すくっと立ち上がり、こっちを見た。
 一瞬、目が合いそうになって、慌ててオレは目を逸らす。
 だ、だって……どこ見てた、とか、訊かれても答えられない、よね。

「透けたり外れたりしねーのか?」
 花井君が弱々しく尋ねると、阿部君はまたふん、と鼻息を荒くして、「バカか?」って言った。
「透ける訳ねーだろ、前布を二重にしときゃいーんだよ。キリッときつめに締めときゃ、少々引っ張られたって外れやしねーっつの。試してみろよ、ほら」

 ほら、と言って阿部君は、胴回りのキリッとねじってるヒモの部分をパンと叩いた。
「いや、いーよ」
 花井君は青い顔で、ぶんぶんと首を振って遠慮してる。
「遠慮すんなよ」
「遠慮じゃねーよ!」
 花井君が青くなったり赤くなったりしてるのをおかしそうに眺めて、阿部君は、はははって笑ってる。
 機嫌いい。

「でもさ〜、祭りでもないのにそれって、スタイルに自信ないとできないよね〜」
 水谷君がゆるく言った。
 みんな、ようやくショックから立ち直ったみたいだ。いつもの調子に戻ってる。
「巣山も似合いそうだな〜」
 誰かの言葉に、みんなが「ホントだ」「確かに」って大声で笑った。

「昔はさー、プールではむしろ、水着禁止だったらしーぞ」

 田島君が、同じくストレッチしながら言った。「ひーじーちゃんに聞いた」って。
「てめー、だからって脱ぐなよ?」
 花井君が、慌てたように念押ししてる。
「だーいじょーぶだって。な、三橋」
 田島君が軽い口調でそう言って、オレの肩に腕を回した。
「ストレッチすんだか? 泳ぎに行こーぜ!」
 ニカッと笑われて、勿論即答した。
「うん!」

「コラ、気ィつけろよ!」
 阿部君が大声で注意するのを背中に聞きながら、オレは田島君の後を追って、熱い砂浜を裸足で駆けた。


 海で泳ぐのは、記憶にある限りは初めてだ。
 埼玉も群馬も海がない、し。
 夏はそもそも、ずっと群馬のじーちゃんちに行ってたから、イトコのルリやリュウとプールに行くか、幼馴染の修ちゃんに誘われて川に行くか。
 中学の時は、泳ぎに行くトモダチもいなかったし……。
 だから今年、こんな風にみんなと一緒に海に来れて、オレ、すごく嬉しかった。

 海はプールとは色々違う。波があって、体が浮く。足の下には海藻が生えてて、時々魚がかすったりもする。……ゴミも浮いてる。
 時々水の冷たいとこがあったりもして、そんな時はドキッとする。
「あっちのブイまで競争な」
 って、田島君に言われて、一緒に泳いで楽しかった。

 楽しかったから――ちょっと、泳ぎすぎちゃったみたい。
 ふと気付くと浜辺がすっごく遠くなってて、目印のパラソルの場所も分からなくて焦った。
 え? 阿部君やみんなはどこかな?
 すぐ前を泳いでたハズの田島君もいない。しーんとしてる。
 当たり前だけど、足もつかなくて――水があまり透けてないから、ここがどのくらい深いのかも分からなくてゾッとした。
 立ち泳ぎをしながら、キョドキョドと周りに目を向ける。

 と、とにかく、岸に向かったほうがいい、よ、ね。
 オレは心の中で「落ち着け、落ち着け」って繰り返しながら、ばしゃばしゃと水を掻き、泳ぎ始めた。

 どれくらいそうしてた、かな。
 泳いでも泳いでも岸がちっとも近付かなくて、不安でいっぱいだったオレの耳に、阿部君の声が届いたんだ。
「三橋ぃぃぃぃっ」
 ドキッとした。
 探しに来てくれたのかな? じわっと胸が熱くなる。
 怒られるだろうなって思ったら怖いけど、でもそれより、阿部君の声が聞けて、顔が見れて、すっごく嬉しかった。

「阿部君!」
 オレは手を振って、阿部君の方に向かおうと、水を大きく蹴りつけた。
 バシャッ、バシャッ。海水を蹴る鈍い音が響く。
 と、その時だった。
「ひっ!」
 左の足の裏がつって、突然バランスが崩れた。がぼがぼがぼ、と口から泡が出る。
 海の底が近い。
 足が痛い。
 左足に手をやって、つってるところをマッサージするけど、なかなか治ってくれない。息が続かない。

「がはっ」
 一瞬海面から顔が出て、慌てたように息を吸う。海水が一緒に入って来て辛い。
 足が痛い。
 泳げない。阿部君。阿部君!

 無我夢中で伸ばした手を、ガシッと掴んでくれたのは、大きくて力強い阿部君の手だった。
「落ち着け!」
 阿部君は大声で怒鳴って、それからオレの手に何かを持たせた。
「しっかり掴んでろ!」
 言われるまま、夢中でそれをギュッと掴む。
 何だろう? 何か、ロープみたいなもの。ぴんと張ってて、ねじられてて、阿部君の肌に巻き付いてて――。

 ぐいっ。阿部君が力強く泳ぐと同時に、オレも引っ張られて前に進んだ。


 パンパン、と肩や頬を叩かれて、目が覚めた。
 と同時に、ゲフッと口から海水がこぼれる。
 慌てて身を起こすと、ビーチパラソルの影にいた。いつの間にか浜辺に戻ってる。
「はー、気付いたかー」
 阿部君が安心したように言って、それからコツンとゲンコツで頭を殴られた。
 怒鳴られたりはしなくて、余計に申し訳ない。
 阿部君は優しい。

「海水飲んでんだろ、ほら、うがいしとけ」
「あ、あり……がと」
 差し出されたミネラルウォーターを、小声になりながら受け取る。
 喉が痛い。
 言われるままにうがいしながら、オレはそっと周りに目をやった。
 田島君の持って来た、巨大ビーチパラソルの下には、オレらしかいない。みんなは、って訊きたかったけど、喉が痛くて喋れそうになかった。

「三橋、スポドリも飲んどけよ」

 阿部君が言って、スポーツドリンクの入ったペットボトルに口をつける。
 それ、どうするの、とも訊けない。
 顔が近いよ、とも言えない。喉が痛くて。

 オレはギュッと、右手を握った。 
 ふんどしのヒモを掴んだ感触が、手の中にいつまでも残ってる気がした。

  (終)

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