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Season企画小説
フローズン・後編
『Three、Two、One、Go!』
 畠の合図で曲が変わる。ティンとキューブアイスをタイミングずらしてフリップし、廉と同時にキャッチする。
 すっかりやり慣れた、このタンデムフレアは、七夕より前にやってたのと同じパフォーマンスだ。
 左手でフリップしたライチリキュールをティンで受け、スピンさせた後持ち替えて、カウントしながら注ぐ。30ミリリットル。
 廉に合図して、互いにリキュールを交換。
 ブルーキュラソーを受け取って、フリップ、手の甲でキャッチ、後ろに回してアラウンドからフリップして下向きにキャッチ。
 10ミリリットルをティンに注ぎ、グレープフルーツジュースとトニックで満たす。
 出来上がったチャイナブルーは、他の青い酒と間違えねぇよう、カウンターの左隅に置いておく。

 ティンやボトルを交換したり、場所を入れ替えたりするタイミングを指示すんのは、オレの役目だ。
 廉もチーフから、オレに合わせてパフォーマンスを揃えるようにって言われてるらしい。
 廉は誤解してるけど……これは、廉の方が技術的に上だからだ。
 悔しいけどオレには、廉に合わせてタイミングをずらしたり、早めたりできる技術がねぇ。
 そりゃ勿論、練習あるのみだって分かってる。
 でも、アイツみてーに何時間でもぶっ放しで集中できる程、オレは熱心にはなれなかった。


 パフォーマンスの終わり、拍手を煽るように笑顔で両手を上げて手を振ってると、同じく両手を上げた廉の視線が、目前に座るたれ目リーマンにだけ注がれてんのがなんとなく分かった。
 ふう、と汗を拭きながら、使い終わったティンを片付け、ボトルをしまう。
 そのついでに、さり気なく廉の後ろを通ると――2人の会話が耳に入った。
「今日も良かった。七夕限定のもスゴかったけどな」
「うお、ありがとうござい、ます」
 って。甘いやり取りにムカッとする。
 大体コイツ、分かってんのか? 七夕ん時廉がやった、火吹きパフォーマンス……途中でうっかり息吸いこんだりしたら、炎が逆流して大やけどになるんだぞ?
 まあそれでも、完璧にノーミスでやっちまうのが、努力の天才の廉らしいけど。

 もやもやを抱えながら作業を続けてると、畠がオーダーを取って来た。
「ブルー・ラグーン、イスラデピノス、ストロベリーとヨーグルトのフローズン、ワインベース」
 「はい」と返事して、廉がティンをぽいっとフリップした。
 目が合ったんで、タイミングを見てブルーキュラソーを投げてやる。と、代わりにスカイウォッカが飛んで来た。
 肘でバウンドさせてタップしてから棚に並べ直してると、後ろからボストンシェイカーをシャカシャカ振ってる音がする。

 横向いて基本通りにシェイカーを振る廉を、スゲー優しい目で見つめて、たれ目リーマンが「フローズンか」と言った。
 ほら来た、と思った。
 ほら、ソイツからだって、注文来る可能性もあるんだよ。だからいつも言ってんだろ、フレア以外の練習もしろって。
 ホワイトラムを軽々とフリップさせてる廉の、嬉しそうな顔をちらっと見る。
 そいつにフローズンをリクエストされたら、お前、自分で作れよな?

 ああ、でも、「修ちゃん、お願い」ってソイツの前で頼みに来んなら、仕方ねーから代わりに作ってやってもいーけどな。

 廉がフルーツフローズンを作ってる間に、畠がオーダーを持って来た。
「マンゴヤンラッシー、イェーガートニック……」
「はいっ」
 廉の声に振り向くと、ヨーグルトリキュールがひょいっと軽く飛んで来る。
 味見した後、フローズンをグラスに可愛く盛り付ける廉。それを畠がトレーに乗せて、忙しくフロアに持って行く。
 と、廉の仕事をじっと見守ってた例のリーマンが、口を開いた。
「オレにもフローズン、作ってくれよ。この間練習中だっつってたヤツ、アレがいーな」

 内心、ドキッとした。
 練習中? 聞いてねーけど。さっきみてーなフルーツフローズンか?
「うん、お、オレも、阿部君に、真っ先に飲んで貰おうと、思ってた」
 レンがそう言って、テキーラをティンにジャッと入れた。テキーラ……?
 集中が逸れて、トニックのボトルをキャッチし損ねる。
 幸い落としはしなかったけど、偶然見てたんだろう、畠がカウンター越しに「おい」って声を掛けて来た。
「集中しろよ、珍しーな。オーダーいいか? テキーラサンライズ、シンガポールスリング、カンパリソーダ」

「はい」
 廉が手を上げた。自分が作るって合図だ。
「おー、頼むな」
 畠に「んっ」とうなずきながら、目の前のたれ目リーマンの前に、廉がコトンとグラスを置いた。
 輪切りレモンの飾られたシャンパングラスに盛られてんのは、水色をしたフローズンカクテル。
「フローズン・ブルー・マルガリータ、です」

 なんで? お前、昨日までそういうの作るの避けてたくせに。
 オレの誕生酒なのに。
 なんで? オレじゃなくて、ソイツに先に飲ませんの?

 ビックリしてんのに気付いたんだろうか。廉がオレの方に目を向けて、ワーキングフレアをこなしながら、照れたようにふひっと笑った。


 いつもは12時前に「終電だ」つって帰ってく客が、今夜は閉店まで居座ってた。
 勿論、廉を贔屓にしてるたれ目リーマンだ。
「じゃあ、三橋、外で待ってっから」
 そう言って、ドアから悠々出て行くヤツを、廉は「う、うん。後で」って赤い顔で見送ってる。
「待ち合わせしてんのか?」
 訊かなくていーのに、畠が訊いた。
「きょ、今日、うちに泊まって、明日遊びに行く、んだ」
 浮かれた廉の言葉なんか聞きたくなくて、オレは黙って洗い物を始めた。

「あ、ぶ、ブレンダー、オレ、洗うから」
 廉が言うけど聞こえねぇフリして、素早くティンを洗ってく。
「おー、ケーキあんぞ、叶」
 畠の言葉にも返事しねーで黙ってたら、「何拗ねてんだ?」って小突かれた。
「何、三橋か? まあ、そろそろお前も弟離れしろってことだよ」
 分かったような顔で言われて、ムカッとする。
「んだよ、それ。別に兄弟じゃねーし」
 そう言うと、畠はいなすように「はいはい」つって、オレから食器洗いスポンジを奪った。
 代わりに他のスタッフ仲間が、洗い物を続けてく。

「こら、三橋ぃ! 兄ちゃんご機嫌斜めだぞ、早く作れよ、のろま!」

 畠が笑いながら怒鳴って、オレをテーブル席に座らせた。

 ガーッ、とバーブレンダーで氷を砕く音がする。
 バースデーカクテルを……作ってくれてるって分かってる。そのために、オレに内緒で練習したんだなって察してる。
 けど、やっぱ納得いかねーのは、あのたれ目が優先だって事だ。
『阿部君に、真っ先に飲んで貰おうと……』
 って。言われちまったんが悔しいからだ。

 カウンターの向こうでは、廉がバースプーンくわえて味見してる。笑顔だ。
 オレを見て、「修ちゃん」って舌っ足らずに呼んで、ニコッと笑う。
 ずっと、オレの後ろをついて来てたくせに。
 オレに影響されて、この道に入ったくせに。廉――。

 しかめっ面がやめらんねぇオレの前に、手書きのコースターが置かれた。
――修ちゃん、いつもありがとう――
 そこには見慣れた下手くそな字で、そんなメッセージが書かれてて。
 その上に置かれたグラスに盛られてんのは、フローズン・ブルー・マルガリータじゃなかった。
 水色は水色だけど、ちょっと白が混じってる。
 ふわっと香る桃の匂い。
 テキーラじゃなくて、ワインベースか?
 え? オリジナルカクテル?

 ハッと顔を上げると、三橋が真っ赤な顔で、目の前にもじもじと立っていた。

「チャイルドフッズ・フレンドです。しゅ、修ちゃんのイメージで作ったんだ、よ。こ、れからも、オレの大事な、幼馴染でいてくだ、さい」

 畠に「ひゅーひゅー」とからかわれて、不覚にも即答できなかった。
 顔が熱い。
 三橋が真っ赤な顔のまま、オレに握手を求めてる。
 その骨ばった手をぎゅっと握りしめながら、オレは「ああ」とうなずいた。

 なんだよ、早く言えっつの。定番のフローズンなんか、あのたれ目に幾らでもくれてやる。

 オレの為のオレのカクテルをグラスごと持ち上げて、オレは乾杯するみてーに高く掲げた。

  (終)

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あきゅろす。
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