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Season企画小説
覚悟と願い事、1つ (高3〜大学生・片思い)
 あれは確か去年の6月末、最後の夏大まで後1ヶ月を切った頃の、土曜日の昼のことだった。

 午前中に他校であった練習試合を終えて、西浦のグラウンドに帰ってくると、ベンチ周辺に1年生たちが集まって、わしゃわしゃと何か作ってた。
 折り紙で作った輪つなぎとか、三角つなぎ、提灯、星、それに短冊……。でかい笹か竹みてーなのも用意してあって、呆れんのを通り越して感心した。
「何やってんだ?」
 声を掛けると、後輩たちはいっせいに立ちあがって、「ちわっ」と口々に挨拶して来た。

「おっ、結構できたなー!」
 弾んだ声を上げたのは田島だ。
 何もかも知ってそうな口ぶりからして、主犯格だったに違いねぇ。
「この笹、オレんちから取って来てやったんだぜ」
 と得意そうに言ってたが、オレら3年は驚きも感心もしなかった。さすがに慣れたっつーか。
「ああ、そう。だろうねー」
 栄口や水谷ですら、そんな感じで流してた。

「願い事を明確に決めるのも、いいことよ」
 モモカンがそう言ったから、帰るまでに全員1枚ずつ、短冊に何か書くことになった。
 すぐに書いたヤツもいるし、無難に「甲子園優勝」と書いたヤツもいる。なかなか1つに決めらんねーで、夜9時に練習が終わるまで、さんざん迷ってたヤツもいる。
 オレもそうだった。
 まだそん時には自分の願いを、ハッキリ自覚すんのが怖かった。

 1年から3年まで、マネージャーを含めた全員が書いた短冊は、田島が持って来たデカい笹を埋め尽くした。
 全員分の短冊なんて見てねーけど、三橋の書いた短冊だけは、さり気なく探した。
『最後まで投げる』
 水色の短冊には気弱そうな小さな文字で、そんな強気な言葉が書かれてた。

 最後まで、っていうのは、勿論甲子園の決勝で、ってことなんだろう。
 1年にも2年にも控え投手はいるし、もう三橋1人にだけ負担を強いるような体制じゃなくなってたけど……やっぱ、エースは三橋だった。
 むしろ後輩をライバル視することで、さらにエースの自覚が出て来たような気もする。
 三橋は普段キョドリがちだし、ハッキリもの言えねーし、あんま堂々とはしてねーけど、いざって時のプレッシャーには意外に強い。
 どんなピンチでも、チャンスでも、「サードランナー」がいなくても、集中力を切らさずにいられた。
 どんな時にもマウンドに立ち、オレを信じて投げ続けてた。

 そんな三橋を、オレは――多分、もっと前から好きだった。

 その日から七夕が終わるまで、裏グラのベンチの屋根のポールに、その笹はビニール紐でくくられた。
 梅雨明けの前だったせいもあって、何度か雨に濡れたけど、三橋の書いた短冊が色褪せることはなかった。
 その願いも――決意、も。

 七夕の夜には、田島んちの空いてる畑でたき火をして、その笹を燃やした。
 炎を前に、色んなことを考えた。
 最後の夏だ。三橋の願いを、やっぱどうしても叶えてやりてぇ。そんでその上で、オレの願いも叶えてぇ。
 田島や泉と一緒にケラケラはしゃぐ、三橋の声を聞きながら、オレはたき火の煙を星空高く見送った。

『ずっと一緒に』
 これが、あん時オレの書いた、短冊の願い事だ。
 誰と一緒なのか、どこへ一緒なのか、一緒に何をするのか……全く何も書かれてねぇ、我ながらズルい願い事だったと思う。
 でもあの当時のオレにとって、これを書くだけでも相当勇気がいったんだ。

 お焚き上げの甲斐があったのか、三橋の願いはだいたい叶った。オレのも。
 甲子園優勝はできなかったけど、それは元々「願い」じゃなくて「目標」だったし。
『最後まで投げる』
 この願い通り、三橋は時々後輩の力を借りつつも、最後までマウンドに立ち続けた。
 打たれても、抑えても、最後まで自分の投球を守り続けた。

 好きだと思った。
 やっぱ、好きだって。一緒にいてぇって。
『ずっと一緒に』
 短冊を書いた時には怖くて明確にできなかった願いが、夏の終わりにようやく、オレの元に降りて来た。

 そして、今――。

「お帰、りー」
 バイトから帰ったオレを、少し気安くなった笑顔が出迎える。
 同じ大学に進学したオレ達は、一緒に同じチームに入り、バッテリーを組んで、一緒に野球をやっている。
 野球部を引退した後も、できれば『ずっと一緒に』いてぇ。でも、それはこれから叶える願いだ。


 リビングに入って、うわっと思った。
「よぉ阿部、お疲れ〜!」
「邪魔してるぜー」
 エアコンの真下を占領して、田島と泉が座ってた。
 その周りには1mくらいの大きさの笹と、折り紙がいっぱい散らばってる。
 何をしてたとか、訊かなくても分かった。誰が主犯かも。
 はあ、とため息をつく。

 マジ邪魔だな、とは言わねぇけど……掃除して帰ってくれんだろうな?
 いや、『一緒』のホントの意味を伝えてねぇオレが悪ぃんだから、他の男を連れ込むなとも注意できねーし。
 田島と泉なら安心安全だから、入り浸られてもいーんだけどさ。
「はー、ったく、高校生かよ?」

 ドサッとソファに座ったオレに、田島が油性ペンと短冊を回した。
「阿部も書けよ」
「書けよ、って……」
 じわっと、高3の夏のコトがよみがえる。
 あん時、後輩たちが七夕の用意なんかしてなかったら。モモカンが、短冊に願いなんか書こうって言い出さなかったら――。
 そう思ったら、やっぱ願い事も、漠然としてちゃいけねーんかな、と、腹の底が熱くなった。

 オレの横で、三橋は真剣な顔をして、『ずっと投げる』って短冊に書いた。
 じゃあ、オレは?
 『ずっと受ける』? それとも、『ずっと捕る』?
 いや、捕手じゃなくなっても、ずっと一緒にいてーんだから……。

『攻める』

 それには色んな意味があったけど、オレは何も口に出さねーで、黙って笹の葉に縛りつけた。

 出会って4回目の夏。
 オレはようやく、覚悟を決めた。

  (終)

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