Season企画小説
巨峰サワー (大学生・2013栄口誕)
「さ、栄口君は、キョホーなの、か?」
声を掛けられてテーブルの向こうに目をやると、三橋が真っ赤な顔で笑ってた。
頭がゆーらゆーらと揺れてる。
……うん、酔ってるね。
「そうだよ、巨峰だよー」
オレはジョッキに入った紫色のチューハイを持ち上げ、巨峰サワーだと教えてあげた。
三橋の手元には、多分カルピスサワーだろう、白いジョッキが置いてある。
チューハイって、そんなにアルコール高くないよね? 問題は、何杯目かだけど――。と、そう思ってたら、三橋がふらふらニコニコ笑いながら、オレに言った。
「阿部君も、キョホーなんだ、よー」
「へ?」
阿部が? そんな可愛いの呑む?
半信半疑で目をやると、思った通り、阿部の手元にあるのはビールだ。
ビールなのに巨峰って、どういう意味?
オレは内心首をかしげて、三橋にできるだけ優しく訊いた。
「何が巨峰なの?」
そして――後悔した。
今日はオレの誕生日で、居酒屋の座敷を借り切って、土曜の昼間から飲み会だった。
メンバーは勿論、いつもの西浦高校硬式野球部1期生。
幹事をやってくれた水谷によると、5時間コースで呑み放題食べ放題にすると、こうやって座敷が借りられるらしい。
ただ、いくら体育会系の大学生ばかりが揃ってるって言っても、さすがに5時間ぶっ通しで飲み食いできる訳じゃないから……お得かどうかはビミョーかな?
現にほら、まだ開始から2時間だっていうのに、三橋なんか限界近そうだしね。
そんなオレの為のパーティーだったけど、実は2時間遅刻で、今来たばかりなんだ。
土曜日なのに、しかも誕生日だっていうのに、教授の手伝いをさせられて。その上、お昼までって約束だったのに、ずるずる延びちゃったんだ。
手伝いに呼ばれた学生はオレだけじゃなかったんだけど、早く帰りたいのはオレだけだったみたい。
そんな中、「すみません、帰ります」って、その一言が言い出せなくて、お腹痛くなっちゃった。
まあ、そのお蔭で解放されたんだけど。
――お疲れ。先にやっとくよ〜 ――
水谷からのメールに、「あーあ」と思わず呟いて、オレは大学を後にした。
2時間遅刻した主役を……当然だけどみんな、シラフで待っててはくれてなくてさ。
「こちらでございます。ごゆっくりどうぞ」
スタッフに案内された座敷の木戸をガラッと開けると、大歓声で迎えられた。
「いらっしゃい、栄口!」
「遅かったなー、お疲れ―!」
「誕生日、おめでとー!」
「いよっ、本日の主役到来!」
みんな、言ってることは一見まともだけど、不自然なくらいにスッゴイ笑顔だった。
「まあまあ、座って」
水谷に言われるまま適当に座ると、「何呑む?」とメニューが渡された。
え、「何食べる?」じゃないんだ? ホント酔ってるね。
「巨峰サワー、おススメだよ〜」
水谷が笑顔で指差したのは、中ジョッキサイズのチューハイの1つ。まあ、おいしそうだからいいけどさ。
「じゃ、それで」
オレがそう言った時、ちょうど出入口んとこにスタッフのお姉さんが来てたんだ。空になった食器やグラスを、てきぱき回収してくれてて。
そのお姉さんに向かって、水谷が大声を出した。酔ってるからね。
「おねーさーん、巨峰サワー1つぅ!」
「はーい、巨峰ワンー!」
お姉さんも、大声で復唱した。多分、習慣なんだろうね。
そのやりとりを……テーブルの向かいの席で、三橋が聞いてたらしかった。
「キョホー」
三橋と田島のカタカナ喋りは昔からだったし、キョホーは「巨峰」だと思うよね? ね、オレ、間違ってないよね?
「阿部君もキョホーなんだ、よー」
そう言った三橋は。
「何が巨峰なの?」
オレのバカな質問に、身振り手振りで応えてくれた。
真っ赤な顔で。ふらふらと頭を揺らしながら。
「んとねー、太さはこれくらい、で。長さは、これくらい」
キョホーはキョホーでも、巨砲のことらしかった。
しかもそれ、人間サイズじゃない。いくら阿部でもそれはナイ。
「キョホーサワー、おいしいよ、ねー」
三橋はふらふらと揺れながら、何か長いモノを掴んで、ぺろっと舐めるフリをした。
何がおいしいのかは考えたくなかった。
「うん、三橋、巨峰はもういいから。カルピス飲みな」
オレは引きつった笑みを浮かべて、三橋に黙るよう促した。でも、ダメだった。
「阿部君のカルピス?」
こてっと首をかしげられても、「うん、そう」とは言いにくいから!
ちょっと! 誰か助けて!?
でも周りは酔っぱらいばっかりで。唯一まともそうに見えた水谷も、大声で喋って笑ってる。
5時間飲み放題コースに、2時間も遅刻していくもんじゃないね。ホント、オレ1人シラフで。
「ほ、ホントだよ、こんな太くて、長くて……!」
身振り手振りで阿部のキョホーぶりを語る三橋の、両手で示してるサイズは、明らかにさっきより大きい。
ああ、酔ってんだよね。
もう分かったから。酔ってるのも巨砲なのも分かったから。
「ホントだよ! み、見せようか?」
って。
いや、阿部呼ばなくていいから! 阿部! 来なくていいから!
「酔った者勝ちなの……?」
オレは力なく呟いて、巨砲じゃない巨峰サワーをぐいっとあおった。早くみんなと同じくらいに酔って、楽になってしまいたかった。
(終)
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