[携帯モード] [URL送信]

Season企画小説
エース&エース・前編 (2013榛名誕・原作沿い高2)
 榛名元希は機嫌が良かった。
 今日は誕生日で、野球部の後輩一同からプレゼントも貰ったし、マネージャーからは手作りのクッキーも貰った。
 昨日までの定期試験もまあまあの手応えだったし、10日ぶりの投球練習も、調子が良くて。
 これから最後の夏大に向けて、気合入れようとテンションも上がった。

 だから――偶然帰りに立ち寄った本屋の窓際で、昔の後輩が女と仲よさそうに話してても、大してムカつきはしなかった。
「なんだ、アイツ。余裕じゃねーか」
 向こうに聞こえない程度の小声でぼそりと呟いて、お目当ての野球雑誌をレジに持っていく。
 会計を済ませてもう一度窓際に目をやると、中学時代にバッテリーを組んでいた後輩の阿部は、まだ女と喋ってた。
 別に、気にならなかった。
 昔の後輩と言っても、今はライバル校の選手だし。
 バッテリーを組んでいたと言っても、その期間は1年にも満たない。
 阿部にはもう、カホゴに世話を焼くエースがいるし。また榛名自身にとっても、捕手といえば幼馴染の秋丸だった。

 榛名は、勝利を目指すにおいて、恋愛が障害になるとは考えていない。
 前の部長とマネージャーは付き合っていたし、自分だってそのマネージャーのことが気になっていた。
 野球に差し障りになりさえしなければ、女と付き合おうがデートしようが、いいじゃないかと思う。
 所詮他人事だし、口を挟むつもりはない。

 けれど――野球に差し障りが出るんじゃないかと予想してしまうと、どうにも気になった。

「あれ? あの子ほら、西浦の子じゃない?」
 書店を出てすぐ。一緒にいた秋丸につつかれて、その指差す方に目を向けた榛名は、舌打ちしたいような気分で「あーあ」と思った。
 自分たちの道路を挟んで向かい側。駐輪場のフェンスにもたれて立っていたのは、阿部の現相棒、西浦高校エースの三橋廉。
 色の薄い大きなつり目から、滝のように涙を流し、それを懸命に手の甲でぬぐっている。
「泣いてるねぇ」
 見れば分かることをわざわざ口に出して、秋丸が言った。
「どうしたんだろうね?」
 榛名に訊かれても、答えようがない。
 ただ、さっき見た阿部の姿と、無関係ではないような気がした。泣きながら、三橋は書店の窓越しに――女と話している阿部を見てる。

 阿部とケンカでもしたのだろうか?
 一瞬そう思って、けれど「違うな」と首を振る。
 阿部は感情が顔に出やすい。バッテリーを組む相手とケンカしてる最中に、あんなふうにリラックスして談笑はできないだろう。
 とすると――恋愛トラブルか。
 阿部の連れていた女に、三橋も思いを寄せていたのか……?

 好きになった女が、すでに誰かの恋人だった、という経験は榛名にもある。
 泣きはしなかったが、それなりにショックだった。
 まだ「いいな」と感じる程度だったから傷は浅かったが、もし本気に好きになった後だったなら、どうしただろう?
「どうすんの?」
 秋丸が、せっつくように言った。
「いや、慰めてあげんのかなー? と思って」

「はあ? なんでオレが」
 榛名はそう言って、けれど次の瞬間、秋丸のカバンの肩ひもを掴んで駆け出した。
「来い!」
 言い捨てて、向かいの駐輪場まで走る。
 引きずられるように後を追う秋丸が「はあ? ちょっと!」と喚いているのも気にならない。
 目指す駐輪場の入り口では――泣いている三橋の前に、ガラの悪そうな2人組が立ち、その右腕を掴んでいた。

 彼は右投げの投手だったハズ。投手にとって何より大事な利き腕を、そんな乱暴に扱う輩は見過ごせない。
 榛名の自慢の筋肉を、素直に「スゴイ」と誉めてくれた投手なのだ。
 まだ体つきは細くて華奢で、球も遅くて。そのくせ面白い投球をする、面白そうなヤツ。
 他校の単なる知人とはいえ、有望なライバルがこんな下らないことでケガをするなど、有り得ない。

「おい! そいつに何の用だ!」
 榛名は大声で怒鳴り、その2人組の前に仁王立ちになった。
「なんだ、てめー? 文句あんのかよ?」
 案の定、挑発に乗って来たので、今度はぐいっと秋丸の背中を押す。
「文句はある。コイツが」
「はあっ!?」
 秋丸が驚いたように悲鳴を上げたが、その耳に「殴られても殴り返すなよ」と囁いて――榛名は、三橋の左手を掴んで引っ張った。
「走れ!」

「え? ふぇっ?」
 三橋は突然の事に仰天していたが、自分の手を掴んで前を行くのが誰なのか、すぐに分かったらしい。
「は、榛名、さん……?」
 気の抜けたような声で呼ばれるが、返事をしている場合じゃない。三橋の左手を掴んだまま、2人はしばらく路地を走った。
 角を曲がって一旦立ち止まり振り向くと、さっきの2人組はどちらも追いかけては来なかったようだ。
 やれやれと息をつき、ようやく掴んでいた手を放す。

「ケガねーか?」
 榛名が尋ねると、三橋は即答で「な、ないっです!」と言って、それから盛大にドモった。
「あ、あ、あり、あの、た、た……」
「落ち付け」
 目線より低い位置にあるふわふわの頭を、ぼふんと上から軽く叩く。
 すると三橋は「ふわっ」と首を竦め、パッと榛名の顔を見上げた。白い顔がじわっと赤くなり、すぐに視線を逸らされる。

「たっ、助けてくれて、ありがとう、ございまし、た!」
 少々ドモリながらも、今度はハッキリと礼を言って、三橋が深く頭を下げる。
 そんな風に素直にされると、悪い気はしない。
「別にいーけど」
 気のせいか、ぶんぶんと喜びに振れる犬の尻尾が見えるようだ。

「お前、この後暇?」

 自分でも不思議なことに、気付くと榛名は、三橋にそう声を掛けていた。
「オレ、今日誕生日なんだよ。暇なら祝いに来い」

 そう言って、また左手を掴むと――三橋はますます顔を赤くして、「はい!」と従順にうなずいた。

(続く)

[*前へ][次へ#]

13/21ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!