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Season企画小説
バースデーカクテル・6 (完結)
 カウンターの床には、練習の時に使うのと同じ、ゴム製のマットが敷いてある。
 だから、多分落としたボトルは割れてないだろう。手元の高さからだったし、勢いもなかったし。
 大丈夫、すぐに次のボトルを持って、演技を立て直せば大丈夫。失敗も、演出のフリをすればいい。
 オレはそう思って、じっと修ちゃんを見守った。
 修ちゃんも同じこと考えたみたい。すぐに、手近なリキュールのボトルを手に取って――。
 だけど。
 ティンにリキュールを逆さにかざす途中、修ちゃんがそこで固まった。

 あ、って思った。
 頭の中、きっと真っ白になっちゃったんだって。
 あのMIDORIはきっと、このフレアの中心だったんだ。
 タンデムフレアなら……。オレが隣にいれば……。アドリブで派手な技を披露して、お客さんの視線を自分に向けることもできるのに。
 その間に落ち着いて貰うこともできるし、さり気なくボトルを拾う事もできるのに。
 普段冷静で優秀な人が、小さなミスでペースを崩されちゃうことって、コンテストではよくあるみたい。
 カウンター越しじゃ、フォローもできない。

 でも、ここはコンテスト会場とかじゃない、し。外野からフォローが入ったって、別にいい。
 いい、よね?

「はい!」

 オレは立ち上がり、修ちゃんに向かって手を上げた。
 修ちゃんは一瞬ぽかんとオレを見て、そんで首を振りながら苦笑した。
 カウンターの前、オレ達の間にいたお客さんたちが、オレの方を見ながら左右に別れて花道を作る。
 それに促されるように――銀のティンが飛んで来た。4つ。
 指先ではじくように受け止めて、そのまま4つのティンを交互に受け止めては高く放る。
「おおー?」
 お客さんたちがどよめいた。
 すぐ目の前には阿部君がいて、笑顔で見守ってくれてて嬉しい。オレの方も笑顔になる。

「廉!」
 修ちゃんがオレを呼んだ。ティンに入ったアイスキューブを、ちらっと見せられる。
 その間にも、畠君たちフロアスタッフが、オレの周りからお客さんたちを誘導して遠ざけた。
 でも、阿部君は座ったままだ。特等席で、笑顔で見てる。
 目配せの後、アイスキューブが飛んで来た。それを空中に放ったティンで、次々に受ける。
 1つもこぼさなかったのを見て、お客さんが拍手をくれた。
 嬉しい。
 重ねたティンを高く掲げたら、歓声が沸く。

 修ちゃんがまた合図をくれた。ラム酒のビンを掲げて、人差し指で「1」って。
 1個と交換、って意味でいいのかな?
 オレは氷の入ったままのティンを、手首にスナップを利かせて修ちゃんに投げた。遠心力がきちんと働けば、縦にスピンさせても氷は落ちない。
 液も、落ちない。交換で投げられたラム酒は、1滴もスピルしないでオレに届いた。
 ラム酒をどうするんだろう?
 ボトルとティン3つを変則的に操りながら、修ちゃんを見ると――人差し指の「1」と一緒に、ホワイトキュラソーを見せられる。

 ドキッとした。
 その次にはもしかして、レモンジュースが来たりする?
 氷をさり気なく移し、空いたティンにラム酒を30ml。その後ボトルを修ちゃんに投げ返したら、今度は小さめのショートティンがスピンなしで飛んで来た。
 中を見ると、ホントにレモン果汁みたいで。
 胸の奥がぎゅっと痛むのをこらえながら、ラム酒を入れたティンにホワイトキュラソー15mlを入れる。
 そしてそのボトルも、修ちゃんに。代わりにこっちに放られたのは、ガラス製のカクテルグラス。
 畠君がそっと、阿部君の前に新しいコースターを置いた。

 お客さんが、わっと歓声をあげた。
 見れば、皆が修ちゃんの方に注目してる。
 修ちゃんは頭の上にさっきのMIDORIを1本乗せながら、3本のボトルを器用に笑顔でジャグリングしてた。
 ああ、やっぱりミドリリキュールを使うんだな。
 見とれてると、「三橋」って阿部君に呼ばれた。
 ハッとして横を見ると、格好いい顔を少し緩めて阿部君が言った。
「バーテンダーさん、何作ってくれんの?」

 オレは――ラムとキュラソーの入ったティンにレモン果汁を入れながら、阿部君に笑みを見せた。
「エックスワイジー、です」
 最後に氷を入れ、ショートティンでシェイカーの形にふたをして、シェイクする。
 お酒の角がなくなるように、でも氷が解け過ぎないように。シェイカーの中で、氷が8の字に躍るように。手早く、強く。
 ふたにしてたショートティンを、そのままひっくり返してまた重ね、ストレイナーの代わりにする。
 コースターに乗ったカクテルグラスにそっと注げば、冷えたカクテルでグラスにさっと霜がついた。

 下手くそ、って言われたカクテルだけど。でも、気に入って欲しい。飲んで欲しい。だって――。
「心に響く言葉で、人を動かすメッセンジャー、っていう意味のお酒、です」
 オレはそう言って、阿部君の顔をじっと見た。
「阿部君みたいなお酒、だと思っ、て」
 言いながら、じわっと顔が熱くなる。
 阿部君の顔も、気のせいかちょっと赤い。

 使い終わったティンを、さり気なく回収してくれた畠君が、マイク越しに大声で言った。
『ありがとうございます、多少イレギュラーはありましたが、無事にスペシャルカクテル出来上がりです! プレイヤーに拍手をお願いします!』
 お客さんたちが、わっと騒いで大きな拍手を修ちゃんに送った。
 でも阿部君は、目の前のオレだけを見て、オレだけに拍手してくれる。嬉しい。
 と、マイクを握ったまま畠君がこっちに来た。もう1人、フロアスタッフが銀のトレーに大きな緑色のカクテルを乗せて、畠君の後について来る。
 え? 何? ……と思ったら。
 畠君が、マイク越しに言った。

『ハッピーバースデー!』

 そして、オレをむりやり椅子に座らせて、ゴチンと軽くゲンコツをくれた。
 トレーを持ったスタッフが、オレの横に膝をつき、大きなカクテルをテーブルに置く。
 パフェみたいな大きなグラスに入れられてるのは、ミドリスプライスだろうか? 生クリーム代わりのつもりなのか、バニラソフトが浮かんでる。
 グラスの周りには、カットフルーツがこれでもかってくらいデコレーションされていて。真ん中のソフトクリームには、花火が2本刺さってた。
 紙ナプキンで包んだカクテルスプーンをオレの前に置きながら、畠君が言った。

「ま、やっぱ下手くそだったけど。花火2本分くらいは認めてやってもいーぜ」

 そして、カクテルに刺さった細い花火に、ライターで素早く火を点けた。
 パチパチパチ、と音を立てて、花火が小さな火花を散らす。周りのお客さんが「おおー」とどよめいて、それから大きな拍手をくれた。
 こんな時、どんなパフォーマンスを返せばいい?
 顔が熱い。

「ハッピーバースデー」
 阿部君が言って、カクテルグラスをオレに掲げる。そしてそれをクッと飲んで、明るい顔で「うまい!」と言った。
 オレも――カクテルスプーンをグラスに差して、フロートカクテルを口にした。
 ただでさえ甘いミドリスプライスは、ソフトクリームと相まって、とんでもなく甘くなってたけど……今のオレにはふさわしい気がした。

  (完)

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