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Season企画小説
バースデーカクテル・4
 畠君が出てって、しばらくしてからカウンターに戻った。
 もうさっきの人はいないみたいで、店内はいつも通りの雰囲気に戻ってた。
「もう平気か?」
 修ちゃんがそっと近付いて、心配そうに顔を覗き込んでくれる。
「う、ん」
 オレは曖昧にうなずき、さっき立ってた場所に戻った。
 オレが使ってたティンもラム酒のボトルも、もう片付けられている。
 カウンターには、誰もいない。

「あの、さっきの人、は?」
 チーフに訊くと、「さっきの酔客なら、畠がつまみ出したぞ」って言われた。
 オレを罵倒したあの男性客は、もういないみたい。
 それはホッとした、けど、でもそうじゃなくて――。
「あ、あの、オレ、が接客途中だった、人、は?」

 まだちょっと怖いけど、ぐるっと店内に視線を向ける。
 でも、黒髪でたれ目がちでスーツを格好よく着こなした、あの人はいない。
 まだエックスワイジー、飲んで貰ってない、のに。
 あの人に飲んで貰ってないのに……『マズイ、下手くそ』投げつけられた言葉が先によみがえる。

 もう帰っちゃったのかな? そうだよね、そりゃ帰るよね。間近であんな……イヤな思い、したんなら。
 もうここに来てくれないかも知れない、よね。

「こら、ぼーっと立ってんなよ」
 チーフが背中を叩いて言った。
「お前、服も濡れたんだろ? 目も赤いし。もういーから、今日は上がれ」
 もういいから。
 オレの為にって言ってくれてるの分かってるけど、グサッとくる。
 お前がいなきゃ困るって――言われるようになりたいのに、なかなかそんな風にはなれない、みたい。

「で、でも、フレアが……」
 そう言うと、「なんとかする」って言われた。
「タンデムしないなら、見劣りはするだろうが叶も1人でやれるさ」
 って。
 やっぱりチーフも、修ちゃんのコト認めてるんだな……。そう思ってしまうと、もうそれ以上粘る気にはなれなかった。


 のろのろと控室に戻り、のろのろと着替える。
 シャツは確かにちょっと濡れてたけど、そんなシミにはなってない。エックスワイジーが半透明の白いお酒で良かったの、かも。
 店内からは、女声のトランス音楽が遠く漏れ聞こえてくる。
 金曜の夜だから、お客さんも多いかな。フレアの予約が入ってなくて、まだラッキーだったの、かも。
 私服姿でそっとカウンターに近付くと、修ちゃんと目が合って手招きされた。
「おつ、かれー」
 さすがに挨拶なしで帰るって訳にもいかなくて、オレはおずおずと修ちゃんの方に近付いた。

「廉、帰んのか? バースデーカクテル、奢ってやっから飲んでけよ」
 そう言いつつ、手は休みなくワーキングフレアを続けてる。
 ティンをくるっと回す。リキュールを高く上げ、笑顔で後ろ手にキャッチする。修ちゃんのフレアは、いつも笑顔だ。お客さんの方を見てる。
 オレはぎゅっと目を閉じ、下を向いて首を振った。
「ごめん、お、オレ、帰る、から」
 修ちゃんは何か言おうと口を開けたけど……。
「オーダー入ります。テキーラサンライズ、マルガリータ、フローズンダイキリ」
 畠君がそう言って、オレをぐいっと押しのけた。

「叶の邪魔すんなよ?」
 ぼそっと言われて、ズキッと胸が痛む。
 でも、いつもより言い方が優しい気がするのは、もうじき始まる2度目のフレアをオレが遠慮したせいだろうか?
 修ちゃんが、できたカクテルをカウンターの上に置く。畠君がそれをトレーに乗せて、忙しそうに持っていく。
「帰る、ね」
 小声で言っても、返事はなかった。
 いつもは3人で入ってるカウンターを、修ちゃんとチーフの2人が忙しく回してて――なのに、「上がれ」って言われるオレって、何なんだろう?

 オレの精神状態とか、色々考えて言ってくれてるんだとは分かってる。
 帰っていいって言われたって、「やらせてください」って食い付くべきだったのかも。
 でも、また「下手くそ」って言われたら? 「マズイ」って言われたら?
 そう思うと、また目のヒリヒリがぶり返す気がして、怖かった。
 誕生日の夜。
 日付の変わるより前、オレはそっと店を出た。


 木製のドアを開けると、「営業中」の看板が明るく光ってた。
 その横に伸びる短い階段は地上へと繋がってて――こんな時間に外に出るなんて、久々だな、と自嘲する。
 階段の途中に人がいた。外の明かりに照らされて、シルエットになっててよく見えない。
 お客さんかな?
 咄嗟に「いらっしゃいませ」って言いそうになって、ハッと口を閉じる。
 制服着てる訳でもないのに、こんなところで「いらっしゃいませ」もない、よね。

 でも――軽く会釈して通り過ぎようとした時。声を掛けられた。
「良かった、待ってて。今日はもう上がりだろ?」
「ふえっ!?」
 手首を掴まれる。ドキッとした。
 顔を覗き込まれて、「目ぇ大丈夫か?」って言われて、ようやくあの――黒髪たれ目のお客さんだと分かった。
 ドキッとした心臓が、さらにギュッと引き絞られる。
 ビックリしすぎて、呼吸が止まりそう。

「三橋」
 名前を呼ばれて、はじけるように彼の顔を見上げると、端正なたれ目を柔らかく緩めて、彼がニッと微笑んだ。
「三橋であってる? オレは阿部」
「阿部、君……」
 その名前を呟くと、「んー」って優しい声が返る。
 帰ったんじゃなかったんだ。会えて良かったのはオレの方だ。
「さっきの失礼な客、1発殴っといたから」
 って。嘘か本当か分かんないけど、オレが思ってたより気にしてなさそうで、安心した。

「『もう上がらせてやったら』って、マイクでよく喋ってるヤツが言ってたの、聞こえたんだよ。だから、待ってた」
 え、それは畠君かな?
 ちらっと思ったけど、でも「待ってた」って言われたのが嬉しかった。
 イヤな思いさせて、嫌われたらどうしようかと思ってた、のに。

「あの、ま、またお店に来てくれます、か?」
 オレがそう言うと、「当たり前だろ」って言われた。
「つか、腹減ってねぇ? ここ、軽食もある?」
「割高、だけど……」
 軽食はある。簡単なパスタと、ピザ。チーズホットドッグ。それにソーセージ盛り合わせ。
「じゃあパスタでいーや。奢るから、行こうぜ」

 意味が分からなかった。
「ふえ、あ、の……?」
 阿部君にぐいぐいと手を引かれ――オレは、今出て来たばかりの自分の店に、もっかい戻る事になった。

(続く)

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