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Season企画小説
バースデーカクテル・3
 お酒を提供する場だから、酔っぱらいのトラブルっていうのは、どうしてもある。
 従業員に絡んで来る事もあるし、お客さん同士で口論になる事もある。
 殴り合いのケンカっていうのは、まだ見たことなかったけど……多分、そんな珍しい話じゃないんだろう。
 オレももう3年目だし、慣れなきゃって思うんだけど、怒声が聞こえると、どうしてもビクッとなってしまう。
 カクテルがどうこう言ってるのが聞こえたから、余計に緊張した。
 でも、他のお客さんに、動揺を見せる訳にはいかないよ、ね。
 お客さんがこっちを見てくれるなら、オレもお客さんの方を見ないと。フロアのトラブルはフロアに任せて、カウンターに集中、だ。

「え、エックスワイジー、です。お口に合えばいいんです、けど」
 オレはそう言って、黒髪たれ目のお客さんの前にカクテルグラスをそっと置いた。
「へぇ。名前は聞いたことあんな。最後の酒、とか言うんだっけ?」
「はい。有名ですよ、ね……」
 このカクテルはその名の通り、アルファベットの最後の3文字。つまり、もうこれ以上はないっていう意味なんだって。
 解釈も色々で、「これより上はない」とか「これ以上強い酒はない」とか。……「これ以上の出会いはない」、っていう意味もある。
 彼には内緒だ、けど。

 お客さんの大きな手が、カクテルグラスをそっとつまむ。いつもスーツをビシッと着こなしてて、格好いいなぁって思う。
 美味しいって言ってくれるかな? 気に入ってくれるかな?
 ちょっと緊張しながら見守ってると――ふらっとこっちに寄って来た男性客が、いきなり彼の手元からカクテルグラスを奪い取った。
「ちょっ……」
 お客さんが、驚いたように腰を上げる。
 2人の後ろに、慌てたような畠君の姿が見えた。

「……ぁんだ、このカクテルはあ? これはお前が作ったんか!?」
 男性客が怒鳴った。グレーのスーツを着た、恰幅のいい30代くらいの男性。
 はい、と答える間もなかった。
 黒髪たれ目のお客さんの為に、気持ちを込めて作ったカクテルを、その人は勝手に一口飲んだ。
 そして、舌打ちと共に顔を歪めて――。

「こんなマズイ酒が飲めるか!」

 言うや否や、グラスの中身をオレの顔にぶっかけた。
 目を閉じるのが一瞬遅くて、お酒がもろに目に浸みる。アルコールが、レモンジュースが……とかそんな事しか考えられない。痛い!
 とても立っていられなくて、カウンターの中にうずくまる。

「廉!」
 修ちゃんの心配そうな声がした。お絞りが目の辺りに当てられる。
「他のお客様の迷惑になりますから」
 抑えたような声で言うのは、畠君、かな?
 じゃあ……。
「おい、大丈夫か?」
 そう訊くのは、あの人だろうか?

 目が痛くて開けられない。何も見えない。
「廉、とにかく立って。目ぇ洗うぞ」
 修ちゃんが気遣わしそうに言いながら、肩を抱いて立たせてくれた。
 そんなオレに――多分オレに、「下手くそ」って言葉が投げつけられる。
「酒はバーテンの腕次第だろ」
 って。
「マズイんだよ! 下手くそ!」

「てんめぇ……ふざけんなっ!」

 誰かの怒鳴り声が聞こえた。
 でも、誰のかよく分からなかった。
 ふざけんなって、言われてんのはオレかも知れない。
 目が熱い。
 奥の控室に引っ込みながら、オレはフラフラとあちこちにぶつかった。

 控室に入ると、フロアの喧騒が遠くなった。
 店に流れるテクノも、誰かの怒鳴り声も、何も聞こえない。
「廉、酔っぱらいのたわ言は気にすんな」
 修ちゃんが、オレの頭をコツンと小突いた。
「さっきの客。あんだけ酔ってたら、もう味も分かんねーよ。そろそろ水をすすめなきゃダメな頃合いだ。フロアのミスだろ」
 修ちゃんの穏やかな声に、慰められて泣きそうになる。
「つーか大体、他の客の酒横取りしといて、マズイも美味いもねーっつの」

 修ちゃんは優しい。
「ほら、目ぇ洗って」
 水道のところまでオレを誘導し、キュッと蛇口まで捻ってくれる。
 オレは返事もできなくて、ただ冷たい水で顔を洗った。

 何度も何度も洗ってるうちに、目のヒリヒリは取れて来た。
 しばらくして、コンコンと扉をノックされ、誰かが控室の戸を開けた。
「叶、チーフが呼んでる。1人じゃ回んねーし、ヘルプ来いって」
 畠君の声だ。
「分かった。じゃあ……廉」
 修ちゃんの声に、目を閉じたままで「うん」と返事したら、立ち去ってく気配の後、ドアがパタンと閉まった。

 しんとした部屋の中で、ようやく涙が浮かんでくる。すん、と鼻を鳴らすと――。

「泣くなよ、ウゼェ。ホントのコト言われただけだろ」

 畠君の声が響いた。
 人がいるとは思わなかった。はあ、とため息が聞こえて、心臓のあたりがギュッとなった。
「今日はお前、もう帰れば? どうせ役立たねーんだし。いなくてもいーよ」
 冷たい言い方に、グサッとくる。
 怖くて畠君の顔が見れない。
 オレの未熟なせいで、畠君、フロア係としてイヤな思いしたんだから、怒ってても仕方ないかも知れない。

「で、でも、2回目のぱ、パフォーマン、ス……」
 この店は、予約がなくても1日2回、フレアパフォーマンスを見せる。
 1回目終わったばかりだから、後もう1回。
 タンデムフレアは、オレと修ちゃんじゃなきゃできない。他の人じゃ代われない。
 けど……震え声で反論すると、聞こえよがしに舌打ちされた。
「フレアは、叶1人だけで充分だろ」

 オレは小さく息を呑んだ。

「お前1人じゃ、とてもショーは務まんねーけど。分かってんだろ? 叶なら、お前がいなくたって1人で立派にできるんだよ。むしろ、お前が足引っ張ってんの。今日だけでいーから、あいつに自由にやらせてやれよ。下手くそ」

 畠君の言葉が、グサグサと胸に突き刺さる。
 そんな、って思ったけど、でも、言えなかった。全部、ホントのコトだった。

(続く)

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