Season企画小説
バースデーカクテル・2
うちの店では予約がなくても、1日2回はフレアショーをやる。
やっぱり、完全予約制とかになっちゃうと、敷居が高くなっちゃうし。この店のこの時間に行くと、いつもやってる……ぐらいの気軽さで、雰囲気を楽しみたい人もいるみたい。
『ただ今より、フレアパフォーマンスを行います。どうぞ皆様、カウンターの見えやすい場所にご移動ください』
フロア係がマイクを握って、オレ達や音響やってくれるスタッフに、ショー開始の合図をくれる。
こういうのは、畠君が得意だ。
声も大きいし、オレと違って物怖じしないし。堂々としてる。
それは、修ちゃんも同じだけど。
オレは結構あがり症なんだけど、でもフレアやる時はすっごい集中してるから、お客さんの視線とか気にならない。
『Three、Two、One、Go!』
マイクの合図で、曲が変わる。選曲は大体、修ちゃんだ。でも、うちはテクノとかトランス系の曲を聴かせるお店だから、同じ系統の曲になるかな。
演出を考えるのも修ちゃんとチーフで、オレはあまり口出ししない。
オレはそういう才能ないし、フレアやらせて貰えるだけで十分だった。
修ちゃんとぴったり同じタイミングになるように、ティンを放り投げてキャッチする。
次に手にするボトルも、適当に掴んでる訳じゃない。パフォーマンスしながら、レシピ通りのカクテルを作るんだ。
だからショーが始まる前に、必要なリキュールやジン、ジュース、ソーダなんかのボトルを、使う順番通りに置いておく。
同じリキュールを修ちゃんもオレも使う時があるから、その時は互いにボトルを投げ合って交換する。
時々、ハイタッチして場所を代わったり。
リキュールの入ったティンを、交換したりもある。
左手でぽんと放ったハーブリキュールをティンで受け、スピンさせた後持ち替えて、1、2、とカウントしながら注ぐ。45ミリリットル。
練習用のとは違い、店で使うポアラーは金属製だ。
修ちゃんの合図で、リキュールを互いにフリップして交換。くるくる空中で回転させながら、さりげなくボトルを入れ替える。
次に入れるのはブルーキュラソー、20ミリリットル。
できあがったエメラルドミストは、クラッシュドアイスの入ったグラスに入れるから、1番右に並べて置く。
修ちゃんがラム酒とティンをオレに投げる。オレは代わりにダミーのボトル3本を投げ、修ちゃんがジャグリングして拍手を貰ってるうちに、ホワイトキュラソーとレモンジュースをティンに入れた。
ショートティンを蓋にして、素早く中身をシェイクする。
それが終われば、今度はオレで。
ダミーのボトルを受け取る代わりに、修ちゃんが作るカクテルに合わせて、正しいボトルとティンを渡す。
修ちゃんは笑顔で、ダイナミックに華やかにプレイする。オレの方は、ひたすらボトルを操るのに必死で、笑顔なんかも忘れがち、だ。
手元にあるボトルと、指先の動きに集中する。投げる角度、高さ、受け取る位置も、基本通りに。基本通りに。
流れる曲は4分ちょっと。そろそろ音楽の終わりが近付いて来た。
修ちゃんと目配せをしあって、ティンとボトルとを放り投げ、受け取り、全く同じパフォーマンスになるように、修ちゃんにあわせて頑張った。
タンデム・フレアのだいご味は、2人で息の合ったプレイをすること。お客さんたちの感嘆の声と、大きな拍手が素直に嬉しい。
フレアが好きだ。
バーテンダーの仕事、楽しい。
夜の仕事だし、水商売だし、立ちっぱなしで結構重労働で、その割に収入も高くはないけど。この仕事を選んで、良かったなぁと思ってる。
1回目のフレアパフォーマンスが終わった後、あのミドリスプライスのお客さんがいるのに気付いた。
「よぉ。今日も、うまかったぜ」
端正な目元を少し細めて、その人は優しく笑いながらカウンターに座った。
「あ、ありがとうござい、ます。いらっしゃいま、せ」
挨拶しながら、素早く彼の手元を見る。まだ注文はされてない、みたい?
「何か、お作りしま、しょう、か?」
オレがそう言うと、その人は「そうだなぁ」ってちょっと考えて、言った。
「スッキリめで、透明で、甘くねぇヤツ。で、目の前でシェイカー振ってよ」
ドキッとした。
こういうオーダーって、すごく難しいし緊張するけど、その分やりがいある。
パッと浮かんだのは、エックスワイジー。さっきも作った、ラムベースのお酒、だ。
レモンジュースを使うからスッキリだし、あまり甘くない。
それに、このお酒には「これ以上はない、至高のお酒」っていう意味もあるんだけど――もう一つ。「心に響く言葉で人を動かすメッセンジャー」っていう意味もある、んだ。
もう1ヶ月経つけど、いまだに思い出すと嬉しい。
『1個1個の技がキレてて、見惚れちまった』
『もう、あんたしか目に入らなかった』
『相当練習したんだろ?』
あの晩に聞いた言葉だけで、10年分くらいのエネルギー、貰えた気がする。
ホントに感謝してる、から。
「強めのお酒でもいい、です、か?」
オレは新しいティンをくるっと回してカウンターに置き、返事を待った。
「おー、任せる」
短い回答に、胸がじわっと熱くなる。
さっきのと同じラム酒を、くるっと放り投げて下向きにキャッチ。首を掴んで角度を合わすと、金属製のポアラーから、ラム酒が蛇口みたいに真っ直ぐに出た。
ライトラム30ml、ホワイトキュラソー15ml、レモンジュース15ml――エックスワイジーは、レシピだけ見ると単純なお酒だ。
順番にティンに入れてから、ごっそりと中に氷を足していく。
本当はここからが難しくて――水っぽくならないよう、でもグラスに霜が付くくらいに冷たくなるまで、ちょっと強めにシェイクしなくちゃ、味が変わっちゃうんだ。
「目の前でシェイカーを振って」、ってお客さんに言われた通り、オレは彼の目の前で、横向きになってシェイカーを構えた。
ティンの上にショートティンを重ねてはめ込む、ボストンシェイカー。
お客さんに対して横向きになるのは、うっかりシェイクのふたが開いても、お酒を飛び散らしてしまわない為。
軽く1度振り、そのまま続いて強めに上下に振っていく。中の氷が8の字を描くように、均一に。
ストレイナーは使わない。中の氷を一片も落とさないよう注意しながら、ティンとティンの隙間から、カクテルをグラスに注いでく。
グラスにふわっと霜がついて、思ったようにできたみたいで、思わず頬が緩んだ――その時。
「なんだ、このカクテルは! ふざけんな!」
そんな怒声が、ソファ席の方から聞こえた。
心臓が、ギュッと縮まるような気がした。
(続く)
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