Season企画小説
あるキャプテンの交換ノート (2013花井誕・高2)
――キャプテン、質問があるんですが。
そんな言葉が書かれた1冊のノートを前に、オレは頭を抱えてため息をついた。
「しつもんー?」
それを書いたのは、1年生の誰かだ。
そのうち筆跡で分かるようになるのかも知んねーけど、今のところはほぼ匿名。
匿名OKの、オレと1年生たちとの交換ノートだった。
元々はこれ、三橋とやってたんだ。だってアイツ、宇宙人だし。
阿部じゃねーけど、何言ってんのかワカンネー時もあるし。メール返せっつっても返さねーし。
まあ阿部と違って、オレは譲って待ってやるってことができたから、そんな衝突もなかったけど。
でも赤面症でドモリ癖があって挙動不審な三橋とも、ノートのお蔭でまあまあ話せた。
三橋とやってみてよかったから、じゃあ新入部員ともやってみるか、と思うのは自然な流れだ。
誰もがオレや阿部や田島みてーな性格じゃねぇ、ってのは、去年1年通してよーく分かった。
オレらにも監督にも、面と向かっては言いにくいこともあるだろうしな。不満とか疑問とか、ため込まねー内に教えて欲しい。
メールやツイッターなんかでもいーけど、やっぱ匿名性とか秘匿性とかそういうの考えると、こういうアナログの方が案外便利だ。
それに三橋だって、ノートだったから書いてくれたんだと思う。
100均の普通の大学ノートだけど、「交換ノート」って響きには、ちょっと特殊な効果があると思う。
つっても今んとこ、「監督って恋人いるんですか?」とか、「篠岡先輩って誰かと付き合ってますか?」とか、「恋愛禁止じゃないですよね?」とか……まあ、そういう下世話でクダラネー質問が多いけど。
でも、今日のは違った。
交換ノートには、さらにこう続いてる。
――この学校のバッテリーの距離って、おかしくないですか?
バッテリーの距離? マウンドからホームまでは規定通り、18.44メートルにきちんと測ってますけど、なにか?
……って、まあ、そんな質問じゃねーよな。
「はぁぁ」
ため息が出る。
つか、そりゃオレだって、そう思うもんな。質問したくなるよな。
ノートを置いた机の向こうでは、当の「バッテリー」、阿部と三橋がおにぎりを「あーん」と食べさせ合ってる。
口元についた飯粒をひょいっとつまんで取ってやり、ぱくっと自分で食べたりもする。
バッテリーの距離じゃねーよな。あれはバッテリーの距離じゃねぇ。
恋人の距離だ。
だって仕方ねーだろ、あいつら恋人だもん!
くっついたのは去年だ。
――話してると顔が熱くなって、ドキドキして、恥ずかしくて顔が見れなくて、胸の奥が苦しくなるんだけど、オレ病気かな?
そんな言葉が交換ノートに書かれてたのを思い出す。
あれは冬で、それは恋だった。
親切なオレは、勿論教えてやった。「それは恋の病じゃねーの」って。
だってまさか、相手が阿部だなんて思わなかったんだ。
その数日後。
「花井君、ありがとう!」
オレんとこまで直接礼を言いに来た三橋は、真っ赤な顔で報告した。阿部と付き合うことになった、って。
なんでそうなったのか、意味が分からなかった。
「はあ?」
訊き返したオレに、三橋は言った。
「花井君に言って貰えたから勇気、でた」
いや、その勇気は出さなくて良かった。
三橋は阿部に告白し、阿部から「いいぜ、付き合おう」とか言われたらしい。
以来、あいつらは大体あんな感じだ。
人目もはばからねーで、ここ数カ月毎日朝から晩までイチャイチャイチャイチャ……。
阿部のことで相談受けてた頃が懐かしいよ。
「阿部君に怒られた、どうしよう」とか「阿部君、機嫌悪い?」とか。
それが今じゃ、大半はのろけ相談だ。
――キスはどうやったらうまくなりますか?
とか。知らねーよ!
「あー……」
オレはもっかいため息をついた。交換ノートから顔を上げる。
おにぎりを食べ終えたバカップルは、阿部のひざの間に三橋がちょこんと座って、グルーミングの真っ最中だ。
具体的に何をしてるか? いや、オレは何も見えねーし聞こえねー。
バッテリーの距離がおかしい? 近過ぎ?
ああ、そうだよな。そう思うよな。でも甘ぇ。部室でたまに、もっとくっついてるっつの。
今んとこ、1年は部室で着替えらんねーから知らねーんだろ。オレら2年は、慣れてんだ。だから。
――慣れろ。
オレは鼻息荒くそう返事して、1年との交換ノートをぱたんと閉じた。
「あの、花井、君」
控えめな声に目を上げると、いつの間にか三橋が目の前に立っていた。
オレとの交換日記を、胸に両手で抱えてる。
多少、阿部の視線が痛ぇが……「おー」と受け取り、ぱらっと開く。
そしたらそこには、珍しく絵が描かれてた。下手くそなホールケーキの絵。よく見たら、ロウソクが17本立っている。
――花井君、誕生日おめでとう!
見慣れた気弱そうな小さい文字。その横に、これも見慣れた筆圧高そうな文字が並ぶ。
――お疲れさん。まあケーキでも食ってくれ。
「ははっ」
不覚にも感動した。
困ったバカップルだけど、どんなに新入生にドン引かれようと、もうこのままでいいやと思えてくる。
いや、よくねーけど。
よくねーけど……これでも認めてはいるんだぜ。口に出したりはしねーがな。
(終)
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