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Season企画小説
ストーカーの嘘・前編 (高2の春・2013エイプリルフール)
 4月の始まりの月曜日。
 入学を目前に控えた新1年生も、今日から朝練に参加する。
「あら、今日は早起きじゃない」
 お母さんがそう言って、フライパンから焼きたての目玉焼きとウィンナーをお皿に入れた。
 トーストを齧りながら、「うん」とうなずく。
「そうそう、今日ねー、お母さんたち、泊まりになるかも知れないから。戸締りちゃんとして寝るのよ?」
 それにも「うん」とうなずいて、牛乳をごくごく飲む。
 別に珍しい事じゃなかった。この時期は2人とも忙しい。お父さんも、三星の入学式が終わるまでは群馬だ。
「カレー作っとくから」
 そう言ったお母さんに、もっかい「うん」と返事して、急いで歯を磨き、スポーツバッグを肩にかける。

 でも――。
「行ってきます」
 玄関を開けた瞬間、ドキッとした。
 目の前に阿部君が立っていた。


 阿部君は、野球部でオレとバッテリーを組む正捕手だ。
 去年よりは格段に速くなったけど、それでもまだまだ球威の足りないオレの球を、鋭い頭脳と巧みなセンスでリードして勝たせてくれる、スゴイ捕手。
 試合では、誰よりも頼りになる相棒。

 けど――多分、ストーカー……寸前、って言って、いいんじゃないかと思うんだ。誰にも相談できてない、けど。

 勿論、最初から阿部君のこと、ストーカーだって思ってた訳じゃない。
 ていうか、その行き過ぎた管理に、最初は気付かなかったんだ。
 もともと「エースの管理は正捕手の仕事だ」って言って、身長や体重は記録して貰ってた、し。
 だから、それがバスト・ウェスト・ヒップのサイズ、足のサイズにまで広がっても、あまりおかしいと思わなかった。
 そのうち「オレが測る」って下着一枚にされて、直接メジャーで測られるようになっても、そんな疑問に感じなかった。
「阿部、キモッ!」
 泉君はそう言ってたけど、阿部君に「エースの務めだぞ」って言われたら、そんなものかなって思ってしまう。

 そりゃ、ちょっと胸囲とか測る時に、乳首触られたり……唇で掠められたり……したことはあった、けど、毎日じゃなかったし。
「ああ、ワリ、当たっちまった」
 そう平然とした顔で言われたら、気にする方が恥ずかしいのかなって思っちゃうよ、ね?

 それから食事の管理も、夏以降はずっとして貰ってた。
 夏合宿の時、朝ご飯作りでメニュー考えた時には「栄養学なんて意味分かんねぇ」とか言ってたのに――いつの間にか、勉強始めてたらしく、て。
「昨日の晩は何食った? 今朝は?」
 そう言って、オレの1日のメニューを記録して考察して……っていうの、うん、最初はスゴイなぁって感心してた。
 阿部君がいつも持ち歩いてる「三橋管理ノート」には、オレのことが色々びっしり書かれてた。


 おかしいなって思い始めたのは、トイレの回数を記録してるの知っちゃってからだ。

 そ、そりゃ、トイレは共同だし、阿部君がたまに居合わせることもあるだろうけど……えー、毎回会うのはおかしくない?
「阿部、いつもいるなぁ」
 田島君もそう言ってたし、オレの勘違いじゃないんだよ、ね?
 けど、学校の時だけじゃないんだ。家でのトイレも、なんでか知られてるみたいなんだ。
 それに気付いたのは、夏休みの終わり頃。
 部活が休みで、田島君と大きなスイカを半分こして食べた夜――お腹壊して。何度もトイレ行って、ホント大変だった。
 そしたら、阿部君からメール来たんだ。

――腹具合はもう平気か? 下痢したんだろ? バカに付き合って、スイカなんかバカ食いするからだ。それに、冷たいモン腹に入れてクーラーに当たると、腹の内側から冷えっからよくねーぞ。――

 最初は、別に不自然に思わなかった。
 スイカの事も、田島君に聞いたのかなーとか思ってた。それか、うちのお母さんが阿部君のお母さんに話したとか、かなって。
 けど、よく考えてみれば、お腹壊して何度もトイレ行ったのは、夜中の話だ。朝には治ってたから、お母さんにもお父さんにも話してない。
 だから、その翌朝、阿部君からそんなメールが来る事自体、おかしいんだ。
 ……なんで阿部君、オレが夜中に何度もトイレ行ったって知ってたの?
 訊きたかったけど、訊けなかった。
 なんか、訊いちゃいけないような気がした。

 阿部君の管理は、食事や体調のことだけには留まらなかった。交友関係も、色々把握されてたみたい。
 例えば……何時間目の休み時間に、どこで誰としゃべってた、とか。

 「誰と」って言っても、名前を調べるだけじゃないんだよ? 相手の部活や出身中学、生年月日に親の職業まで、調べてノートに書き込んでるんだ。
 廊下ですれ違った時に、ちょっとぶつかって「ごめん」って言い合っただけの人のことまで、阿部君は全部把握してた。
 1回、阿部君の「三橋管理ノート」をちらっと見ちゃったとき、オレ、ぞっとしちゃったんだ。
 だって、修ちゃんと家で電話した、その内容まで書かれてたんだ。
 修ちゃんのプロフィールは、特に念入りに調べられてた。
 ね、ちょっと変だよ、ね?

 庭に、足跡がついてた時もあるし。
 冬の間、1度も出なかったハズのバルコニーの窓が、一か所だけきれいに拭かれてたこともある。
 お風呂で頭を洗ってる時、視線を感じたことも。
 夜、寝てる時に――聞き覚えのある着メロが、突然窓の外で鳴り響いたこともある。「ちっ」っていう、聞き覚えのある舌打ちと一緒に。

 学校の靴箱の中は、結構頻繁に覗かれてるみたいだ、し。
 教科書置きっぱなしの机の中も、たまに順番が入れ替わってることもある。
 スポーツバッグの中も。部室のロッカーも。
「あっ、ワリー。自分のと間違えたわ」
 前にそう言ってたけど、やっぱり変だ。
 時々使用済みのアンダーがなくなってたりするの、あれ、阿部君の仕業じゃないの、かな?

「スパイク履くの手伝ってやるよ」
 なんて、それくらい自分で履ける、のに。ついでに足マッサージしてくれるのは有難い、けど、目が怖い。
 この間投球練習の前に、レガース着けるの手伝ってあげたら、阿部君、息が荒かった。


 バッテリー組んでる相棒が怖い、なんて。こんなこと、誰にも相談できない。
 試合中は、誰よりも信頼してる、のに。
 だけど、怖くて――。

「よお、はよ、三橋」
 玄関に立ってる阿部君に、オレは「おはよう」と返せなかった。

 阿部君はビビるオレを見て、ねっとりと笑った。
 そして、こう言ったんだ。
「今日は、お前に嬉しいお知らせだ」

 オレに……? 嬉しいお知らせ?
 その笑顔を見ていると、とてもそうとは思えなくて、オレはひくりと笑みを作った。
「な、に……?」
 緊張のあまり、声が掠れた。
 けど阿部君は、そんなオレの反応に、まるっきり気を悪くした感じもなくて。ただ、ますます笑みを深めて言った。

「今日からもう、お前に付きまとったりすんの、やめるよ」

 阿部君が何を考えてるのか、オレには全く分かんなかったけど――。
 それは確かに、オレに嬉しいお知らせだった。

(続く)

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