Season企画小説
呑ませてはダメだった・後編 (2013水谷誕・大学生)
女の子達は「三橋君、可愛い〜」とか言って、周りを取り囲んで餌付けをし始めた。
酔ったせいか、人見知りの仮面を外した三橋は、口に運ばれる料理の1つ1つに「うおっ」とか「美味しい」とか喜んで、更に笑顔を振りまいてる。
あー、阿部にこんなトコ見られたら、きっと怒られるだろうなー。
「なんで三橋に酒呑ませた!?」つって、オレもとばっちりで怒られるかも? でも三橋が楽しそうなら、それでいいんじゃないかなー?
楽しそうな三橋と女子を観察しながら、オレはビール片手にシャメを撮ったり、カシオレの追加を頼んだりした。
でも――そのカシスオレンジを3杯呑み干した辺りで、三橋が「暑い」って言い出したんだ。
「あ、暑い。エアコン、消せないの、かな?」
三橋は赤い顔で、眉をハの字に下げながら、もこもこの白いカーディガンを脱いだ。その下のコットンシャツのボタンも、1つ2つ外してる。
うん、確かに暖房はよく効いてたけど、でも「暑い」っていう程じゃない。これは酔ってるなって、すぐ分かった。酔うと暑くなるもんね。
三橋は赤くなった顔を手でぱたぱたと仰ぎながら、まだ「暑い」って呟いてる。
この時この時点で、三橋を外にでも連れ出して、冷たい空気を吸わせてやれば良かったのかも知れない。でもそんなコト、とても思いつかなくてさ。
「きゃー」
女の子達の甲高い声に、オレがハッと振り向いた時には――三橋はコットンシャツを脱いでいた。
ノースリーブのアンダーシャツもバサッと脱ぎ捨てて、あっという間に上半身裸になる。
「きゃー」
女の子達が、満面の笑顔で悲鳴を上げた。
ずーっと一緒に野球やってたから、オレなんかは見慣れてるけどね。三橋は着やせするタイプで、実は筋肉質の細マッチョだ。
ムダ毛もムダ肉もない、きれいな上半身がほんのりピンクに染まってて、皆の視線を集めてる。
「おおー、三橋君、いい体だねぇ」
講師の先生が、ニカニカ笑いながら三橋の腹筋をさわさわと撫でた。
それをきっかけに、周りにいた女子達が「きゃあきゃあ」言いながら一斉に三橋に手を伸ばす。
ちょっと、ヤバいって。こんなとこ阿部に見られたら……って、ダメダメ、シャメはダメ! そこ、お触り禁止!
でも三橋はにっこにこ笑うだけで、無抵抗無関心。それどころか立ち上がって、まだ「暑い」って言い出した。
カチャカチャとベルトの音が響いて、一気に酔いが醒める。いや下はヤバいって。
「ちょっと三橋! 脱いじゃダメ!」
オレは勿論叫びながら、三橋の手を掴もうとした。でもその手は、女の子達に邪魔される。
「いーじゃーん、水谷〜」
って。いやよくないって。
「先生も止めさせてやって下さいよ〜」
さっきの講師に向かって訴えたけど、逆に大声でコールされる。
「み、は、しっ。脱ーげ! み、は、しっ。脱ーげ!」
無責任な大声が、大合唱になって居酒屋中に広まった。
慌てるオレをよそに、パシャパシャとフラッシュが光り、シャッター音が鳴る。
「ふう、暑い、ねー」
三橋が舌っ足らずに言って、コーデュロイのパンツをズリッと降ろした。
ネイビーのボクサーパンツが丸出しになる。野郎どもが「ひゅー」とはやし立て、女の子達が「きゃー」と叫んだ。
「三橋ィ!」
聞き覚えのある元・キャッチャーの大声が、無粋に響いたのは、それとほぼ同時だった。
条件反射で、ビクンと全身が縮み上がる。
怖くて振り向けない。
何でここに? つーか、ああ、もしかしてオレがメールしちゃったから?
「あ、阿部くん、だぁ」
三橋がパンツ1枚の姿で、嬉しそうに笑った。
オレの横を風のようにすり抜け、部外者でありながら堂々と飲み会に侵入して、半裸の三橋にコートをさっと着せ掛ける阿部。
「てめー、こら、外呑み禁止だっつっただろーが!」
あの阿部に至近距離で怒鳴られても、三橋はにこにこ笑顔のままできょとんと首をかしげてる。さすが恋人。さすが夫婦。
けど、感心してる場合じゃなかった。
「オレ、ジュースしか飲んでない、よっ」
三橋がふひふひ笑いながらそう言って、ちょっと縁が赤く染まった目で、しっかりとオレの顔を見た。
「オレ、お酒呑めないって言ったら、水谷君がジュース、頼んでくれたんだ、よっ。ねえ、水谷、君。これ、ジュースだって言ったよ、ね?」
テーブルの上には、呑みかけの4杯目のカシオレのグラス。ああ、阿部には多分、それが酒だってバレている。
「ジュース、ねぇ?」
低い声が突き刺さる。
「いや、その……」
冷や汗が出てきた。さっきから言い訳を考えてるけど、何も浮かばない。
「えっと、オレ……」
笑顔がこわばったオレをよそに、不穏な空気を読み取ったんだろうか、皆がそろそろと席を立ち始めた。
「じゃあ水谷君、お会計、しとくからね」
優しい教授の、冷たい別れの言葉が響く。
「ども、ご迷惑おかけしましたー」
阿部の嘘くさい明るい声が、教授の方に向けられる。
「阿部、くん、コート暑いの、やっ」
三橋がむずがるように言って、阿部が着せ掛けたコートを脱いだ。
その全身は、きれいな桃色に染まってて――。
皆、さっき撮りまくったシャメ、即行で消してくれたりは……しないよ、ね……。
そんな都合のいい願望を心に思い浮かべながら、阿部の冷たい声を聞く。
「水谷、誕生日だったな、おめでとう」
それは、ちっともおめでたくなさそうな声だった。
(終)
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