Season企画小説
呑ませてはダメだった・前編 (2013水谷誕・大学生)
水谷文貴、大学4年。本日誕生日、春から社会人。就職氷河期にも関わらず、そこそこの企業に内定を貰い、家族を喜ばせた孝行息子。前途洋々で有望で期待大な愛すべき若者、22歳。
けどごめん、お父様お母様。オレ、今日、生きて帰れないかも知れません……。
事の起こりは、オレの誕生日会という名目の、ゼミの新年会。
ていうか、名目はなんでもいいんだよね、皆。呑めればね。その証拠に、乾杯の音頭が「本年もよろしく」だったからね。オレの誕生日どこ行った?
まあともかく、その飲み会の席で。同じゼミに通う三橋が、乾杯の時からウーロン茶を持ってるのを見て、ちょっと不思議に思ったんだ。
「あれ? 呑まないの?」
オレがそう訊くと、三橋は困ったように笑って、「う、うん」って言った。
そういえば、三橋の酔った姿って見たことがない。
まあね、昔と違って今はお酒を強要されることも無いから、呑まない子は呑まないでいられるけどさ。
でも……あれ? 三橋って、下戸だったっけ?
三橋とは、高校時代からの長い付き合いだ。
だから、三橋に阿部っていう恋人がいることも、そいつが男だっていうことも知ってる。去年の春から同棲を始めたらしいことも、勿論知ってた。
まあ、その恋人の阿部っていうのも、高校時代からの仲間なんだけどね。
阿部とは大学違うけど、三橋とは一緒だからしょっちゅう顔は合わせてた。昼メシや晩メシを一緒に食べる事もあった。
でも……そうか、そう言えば、ゼミ以外の飲み会で一緒になった事ってなかったかも。
恋人がいるの知ってるから、合コンなんかにも誘わなかったしねぇ。
ゼミでは勿論、年末に忘年会もやったんだけど……あの時、三橋ってどうだったかな?
他人のコトって、意外に覚えてないもんだね。
ちらちらと見てたら、三橋のグラスが空になった。チャンス。
「みーはし」
オレはニカッと笑いながら、三橋の前にビール瓶を差し出した。コップを出すように、無言で促す。
でも、三橋はすっごくうろたえて、ビール瓶とオレとコップと左右とに、キョドキョドと視線を移した。
「お、お、お、お、オレ……」
ドモリまくってる。
ダテに長い付き合いじゃないからさ、あー困ってるなーって、すぐ分かった。いつもなら、「じゃあお茶にする?」って言ってあげるところだ。
でも、ごめん三橋。好奇心には勝てないんだ。
「帰りって車じゃないよね?」
なーんて、運転免許持ってないのも知ってるんだけどさ。
「お、お、オレ、電車」
三橋の律儀な返事に、だよね、と心の中だけでうなずいて、オレは更にプッシュした。
「じゃあいーじゃーん、1杯だけ。ね?」
三橋は人がいいからね、ビンをこぼれそうなくらい傾けると、ためらいつつも受けてくれる。
あれ、でも、口を付けないで、コップをテーブルに置いちゃった。マナー違反だよ〜、なんて注意はしないけどさ。
「ひと口、ひと口ぃ〜」
軽い調子で促すと、三橋はまたキョドキョドと視線を揺らして、それでもコップを手に取った。
「お、お、オレ、阿部君に禁止、されてる、から」
しどろもどろにそう言って、三橋はほんのちょっと、申し訳程度に口をつけた。ホントにちょっとだよ。
でもオレ、その瞬間見ちゃったんだ。ビールを口にした三橋が、ぺろっと唇を舐めたのを!
えっ、これってさ、酒好きの人がよくやるよね?
推定――三橋は酒好きかも知れない。けど、何でか阿部に禁止されてて、それを忠実に守ってる。
阿部が禁止するって……まあ、あの束縛キツそうな男なら「色っぽいから」とかいう理由もありそうだけど……えー、気になるなぁ〜。
すぐに酔っちゃうのかな? 寝ちゃうとか? それとも、すぐに吐いちゃう? 泣き上戸とか? それとも、意外に大トラだったりして……。
んー、気になる。
三橋に「なんで〜?」って訊いても、自覚がないらしくて「分かんない」って。記憶なくなる系かな? それとも単に、色っぽくなるだけかな?
気になる。気になるなぁ。
『気になることを放置していては後々後悔する』って誰かも言ってたし、うん、放置しちゃダメだよね。
うーん、どうしようかな。
阿部に「三橋って酔うとどうなるの?」って試しにメールしてみると、即行で返事が来た。
――ふざけんな。絶対に呑ますなよ?――
えー、ふざけんなってー? 素直に教えてくれないだろうとは思ってたけど、これは何かありそうだよねぇ?
やっぱり、呑ませて見るしか手はないかな?
オレはそう考えて、居酒屋のメニューブックを手に取った。
後になって思うに、この時のオレは、きっと相当酔ってたんだと思う。
ビールや日本酒だとモロバレだろうから、ジュースと思わせてカクテルでも呑ませちゃおう。そんな風にたくらんで、三橋に「口直しにジュース飲もうか?」って言いながら、こっそりカシスオレンジ頼んじゃったんだ。
「はい三橋、ジュースだよ〜」
なんて言いながら三橋に渡してたら、周りにいたゼミの女の子達も、「甘いよ〜」「美味しいよ〜」って、ノリノリで話を合わせてくれた。
ほらほら、皆も興味あるんだよね? 三橋が酔ったらどうなるか。
三橋はカシオレのグラスを前に「じ、ジュース?」と首をかしげてたけど、「違うよ」って教えてあげる人は誰もいなかった。
かくして――三橋はそれを飲んだ。3杯も。美味しかったらしくて、ほぼ一気だった。
「お、美味しいよっ、これっ」
ぱああっと顔を赤くして力説する三橋は、すっごい笑顔だった。
普段さぁ、三橋って、おどおどキョドキョドの目が合わない系だから。この無防備な笑顔の破壊力ったら、うん、スゴイよね。
阿部が禁止したくなるのもムリないなー。
にこにこにこにこ、惜しげもなく笑顔を振りまく三橋を見て、オレはのんびりとそう思った。
(続く)
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