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Season企画小説
Hの襲来・5
 ツリーのライトアップには、ギリギリで間に合った。
 世界一と言われる美しさを5分くらいは眺めただろうか。ツリー周辺にも人は多くて、ライトアップが終わってからも、まだ少しは賑やかだった。
 確か普段は11時過ぎまでやっていたと思うが、大晦日は終わるのが早かったらしい。
「ああー」
 と、観光客からだろうか、残念そうな声があがっている。榛名も少し残念そうだ。

 三橋と同じことを思ったのだろうか、阿部が言った。
「7日までやってるらしーし、またゆっくり来りゃいーんじゃねーっスか?」
 それを聞いて、榛名は「そーだな」と笑ってる。けれど三橋はドキンと胸が苦しくなって、とても笑うどころではなかった。
 またゆっくり来れば、と――それは、榛名1人で? それとも、阿部と2人で? いつ?

 このツリーはクリスマス前に、阿部と2人で見に来ていた。
 ここも有名な観光地の1つだから、それなりに人出は多かったけれど、三橋が「見たい」と言ったら、阿部は快く一緒に来てくれた。
 大事な思い出の1つ1つが、榛名に塗り替えられていくような気がする。昨日から振り回されっぱなしだ。
 一方の榛名は、どことなく満足そうだった。NYの年末を、それなりに楽しめているのだろうか?
 NYだから? 初めてだから? それとも……阿部と一緒だからだろうか?

 タイムズスクエアの方から流れてくる音楽を、三橋はぐるぐると考えながら聞いた。道路やビルを挟んだこの辺りにも、コンサートショーの音は響いて来る。
 近くにいながら、ビューエリアの盛り上がりとは一体になれない、微妙な距離。
 少しだけ寂しい。
 けれど、むしろ1歩引いて冷静に、喧騒を見つめられる気がする。

「寒ぃーなー、どっか店入ろうぜ」
 相変わらずの調子の榛名と、それに文句を言いつつ付き合う阿部。2人に付いて歩きながら、三橋は頭上の空を見上げた。
 ネオンや花火で照らされた空は灰色で、星は1つも見えなかった。


 レストランもカフェもいっぱいだったが、ハンバーガーショップに空きがあった。
 しかしそこもトイレには長蛇の列ができていて、人の多さを改めて感じた。
 さすが現役だけあって、年越しソバ1杯だけでは足りなかったらしい。榛名は巨大なバーガーと山盛りのポテトを頼み、コーラの2Lサイズを嬉しそうにたいらげた。
「コーラとか、あんまよくねーんじゃねーっスか?」
 阿部がそう言うと、榛名は「はあ?」と顔をしかめた。
「秋丸みてーなこと言うんじゃねーよ、相変わらず口うるせーな。なあ?」
 なあ、といきなり話を振られて、三橋は反応しきれずにキョドってしまう。けれど、別に三橋の回答など求めてはいなかったようで、榛名は構わず阿部と話を続けていた。

 秋丸という人物がどんな存在なのか、三橋には分からなかった。けれど、どれだけ阿部が過去、榛名に対して口うるさかったのかは、よく分かった。
「肩を冷やすな、生水は飲むな、生ものは控えろ……うっぜーっつの。なあ?」
 榛名から同意を求められても、三橋は曖昧にうなずくしかできない。笑顔がこわばる。
「あんたはエースなんスから、当たり前でしょ」
 阿部はムッとしたようにそう言ったが、それだけではないように聞こえて胸が痛んだ。

 今まで阿部の過去について、何も思わなかった訳ではない。
 ノーマルだった自分とは違い、ゲイを公言するからには、それなりの過去もあるのだろうとは思っていた。
 榛名とは、中学時代からの付き合いらしいが……その頃から自分の性癖について、阿部は自覚していたのだろうか? この素晴らしく大きなオーラを持つスゴイ人に、惹かれないなんてことがあるだろうか?
 過去に割り込むことはできない。
 自分の知らない阿部の顔を、もうこれ以上見たくない。
 それでも、家に1人逃げ帰ってしまうことはできなくて。冷めたマッシュポテトをもそもそと頬張りながら、三橋は2人の話を聞き続けた。

 そうしてる内に、2時間が過ぎた。
 11時のカウントダウンが始まって、終わる。再び続くコンサート。
 それらの音を近くに聞きながら、三橋たちはハンバーガーショップを後にした。

 店を出て、両手を上げて伸びをしながら榛名が言った。
「あー、やっぱこっちのバーガーはデケーけど大味だなー」
「そースか? 食えりゃ一緒でしょ」
 阿部は素っ気なく即答したが、榛名は「物足りねぇ」とぼやいている。口が満足していないそうだ。
「甘ぇモン食いてぇ」
「だったら、アップルパイでもクッキーでも買って来たらどうっスか?」
 阿部がまた素っ気なく言いながら、出て来たばかりのドアをアゴで差した。
 確かにさっきのハンバーガーショップには、一応スィーツも置いてある。さすがに席はもうないだろうが、別に立ち食いは珍しくない。

 しかし榛名は、腕組みをして顔をしかめた。
「違ぇーんだよなぁ。なんつーか、こっち独特の毒々しい砂糖味じゃなくて、もうちょっとこう、素朴な……ベビーカステラとか、天津甘栗みてーな……」
 榛名のワガママに、阿部は勿論、「ぜーたく言うな!」と即答した。
「意味ワカンネー。日本の神社じゃねーっつの! 甘栗もカステラも、リンゴ飴もタコ焼きも、NYにはね・え・の!」
 確かにNYには神社がない。屋台はあるが、日本のようにたくさんは並ばない。ホットドッグやチップ&フィッシュがほとんどだ。
 けれど――。

「く、栗ならある、よ」

 三橋は思わず口を出した。
 脳裏に思い浮かぶのは、紙袋に入った大きな栗。冬限定で路地に並ぶ、焼き栗を売る屋台があるのだ。
 元々数は多くない。クリスマスが終われば、だいたい見かけなくなってくる。大晦日、しかもこんな時間に、営業している屋台があるとは限らない。
 けれど、さっき見たような気がする。
 セントラルパークからここまで、歩いて来る間に。栗のいい匂いをさせながら、ぼうっと客待ちをしている、屋台の店主を見たような気がする。

「お、オレ、買って来る」
 三橋はそう言って、走り出そうとした。阿部の役に立ちたかった。
 けれど、三橋の手をぐいっと引いて、「ダメだ」と言ったのは当の阿部だった。
「今、多分混雑し過ぎて、ケータイ繋がんねーぞ。迷子になったらどうすんだ?」
 眉が寄っている。怖い顔だ。怒っているかも知れない。
「で、で、も……」
 どもりながら言い募ると、さらにギロッと睨まれた。と、そこで榛名が口を挟んだ。
「じゃー、オレ行って来るわ。食いてーのオレだし」

「はあ? 何バカ言ってんスか? あんた1人で戻って来れねーでしょ? あんたのバカはいつ治るんスか?」
 阿部の反論が、気のせいか少しキツイ。苛立っているせいかも知れない。
 イライラしている阿部の声は、聞いてるとドキドキし過ぎる。心臓に悪い。
 三橋はギュッとコートの胸元を掴み、うつむいた。自分の軽率な発言を反省した。

 けれど。榛名は阿部の苛立ちをきれいに無視して、明るい声でこう言った。
「じゃー、お前買って来い、タカヤ」
 ニヤッと笑っている。
 阿部は勿論「はあ?」と言ったが……結局、深いため息を1つついて、路地を小走りに駆けて行った。
「ここを動くなよ!」
 三橋と榛名に指を突き付け、そう強く約束させて。

 榛名と2人きりの待機は、とても気まずかったけど――自分が言い出したことだから、「行かないで」とは言えなかった。

(続く)

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