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Season企画小説
Hの襲来・3
「カウントダウン行くぞ!」
 榛名がそう言い出したのは、日が暮れ始めようとする頃だった。
 キッチンでそばつゆを作っていた三橋は、ドキッとしてリビングの方を振り向いた。
『はあ? 観光客じゃねーんだから』
 三橋が同じことを提案して、阿部に断られたのは、ほんの数日前だ。
 NY生活の長い自分はともかく、渡米したばかりの榛名が「行きたい」と言うのは納得できる。
 阿部はどうするのだろう? 快く案内してあげるのだろうか?
 天ぷらを揚げる音にかき消され、2人の会話ははっきりと聞こえない。

 2人で行って来るつもりだろうか? 三橋も誘ってくれるだろうか?
 行きたい行きたいと思っていたイベントだったが、こんな気分のまま行ったとしても、きっと楽しめないだろう。
 例え誘ってくれたとしても、うっかりのこのこついて行って、逆に寂しい思いをするのはイヤだ。
 いつもは三橋のコトをちゃんと見ていてくれる阿部だったけれど……今はどちらかというと、榛名から目を離さないでいる。
 三橋が迷子になった時、榛名を置いて探しに来てくれるのか、などと考えてしまう自分がイヤだ。
 考えたくない。
 イヤなものは見たくない。Gと一緒だ。なら、見なければいい。

 留守番、しよう。

 三橋はそう考えながら、榛名と阿部に少し早い年越しそばをふるまった。
 つゆと天ぷらは三橋が作ったものだが、そばは群馬の祖父に送って貰った高級の乾麺だ。それなりに食べられると思う。
 2人にはリビングのソファで食べて貰い、三橋は1人、ダイニングで食べた。
 「来るな」とは言われていないが、なんとなく一緒には並べなくて、自主的に遠慮した形だ。
 別に、続き部屋だし、声も聞こえるし、TVだって見えるから……平気だ。平気だと思うのに、疎外感があるようで胸が苦しい。
 三橋がいないことが、丸っきり気にならないのだろうか? 阿部はこちらに背を向けたままだ。

 逆に声を掛けてくれたのは、榛名の方だった。
「おっ、うっめーじゃん、このソバ!」
 そう言ってダイニングの方を振り向き、「こっち来いよ」と手招いてくれる。
「一緒に食おうぜ。なあお前、料理得意なんか?」
 榛名は満面の笑みを浮かべて、ココに座れとばかりに、自分の隣をポンポンと叩いた。
 三橋は、褒められたり呼ばれたりで、ダブルで嬉しくて真っ赤になりながら、「は、い」と返事してふらふらと近寄った。
 けれど。

「ふざけんな。ほら、お前はこっち」

 阿部に怖い顔で手を引かれ、榛名とは反対側に座らされた。
 榛名には近付くな、と、真っ黒な目が語ってる。
 ズキッと胸が痛んだ。
 そんなに榛名が大事なのか? 三橋が榛名と触れ合う事が、そんなにイヤなのだろうか?
「なんだよー、ケチケチすんなっつの。なあ?」
 榛名が笑ってくれたけれど、三橋はうまく笑い返すことができなかった。

 榛名はイイ人だ。笑ってくれるし、話しかけてくれるし、三橋に気を遣ってくれる。有名人でスゴイ人なのに、全然偉そうにしなくて優しい。
 ただ、時々ニヤニヤと見つめられる事はあるけれど……それだってきっと、三橋の気にし過ぎなのだ。
 阿部を取られたみたいで悔しいとか、そんな気持ちを向けるのは、やはり間違っているのかも知れなかった。


 ソバを食べた後、本当にカウントダウンに行くつもりらしい、榛名が立ち上がってコートを着始めた。
「はあ? マジ行くんスか? 昼間っから並ばねーと、ニューイヤーズボールも何も見えねーっスよ!?」
 阿部が呆れたように言ったが、榛名は「いーんだよ」と首を振る。
「見らんねーなら見らんねーでいーよ。こういうのは雰囲気が大事なんだろ。あのカウントダウンの空気を吸いてーんだよ、オレは!」

 その榛名の気持ちは、三橋にもよく分かった。そうですよね、と、心の中だけで同意する。
 『たかが1分かそこらのイベントに……』と阿部は言うが、人によっては12時間近くも場所取りのために並ぶとも聞くし。それだけの価値が、あの空気にはあると思う。
「日本じゃ今頃、初日の出も終わってる時間っスよ」
 阿部が夢のないことを言ったが、榛名は「は〜あ」とため息をつくだけで、相手にしなかった。
「行くっつったら行くんだよ」
 榛名の暴君ぶりにこっそり笑みを漏らしながら、三橋は使った食器を片付けようとキッチンに戻る。
 カウントダウンに向かうだろう2人の話を聞きながら、無関係を装って、食器をゆっくり洗い始めた。
 今の三橋にできる、精一杯の自己防衛だった。

 榛名と阿部が、2人連れ立ってカウントダウンに行くと言っても――これで、「行ってらっしゃい」と言えると思う。
 自分は留守番をするのだ。
 本音では、一緒に行きたい。でも、怖くて言い出せない。
 昨日阿部にされたように、明確な拒絶をもう、貰いたくなかった。

 けれど――またしても、榛名が声を掛けて来た。

「おーい、ミハシ、いつまで洗ってんだ」
 思いがけず名前を呼ばれて、ビクッとして後ろを振り返る。
 笑顔の榛名と渋面の阿部が、コートを羽織って玄関前で待っていた。
「んなの後でいーだろ? 行こうぜ、カウントダウン!」
 ニカッとまぶしく笑う榛名を、三橋は呆然と見つめた。じわっと頬が熱くなる。

 その喜びが、もしかして顔に出ていただろうか? 
 ふと目線を感じて阿部の方を見やると……彼は。真っ黒な目でまっすぐに三橋を見ながら、眉根にしわを寄せていた。
 でも、「来るな」とは言われなかったから。三橋は何も気付かないフリで、洗い物を終わらせ、支度をした。

 思いっきり普段着のセーターに、ウール地のスラックスだけど、もう気にしないことにする。
 NYの夜は寒い。
 どうせコートを脱ぐこともないだろう。
 白のダウンジャケットを着込みながら、三橋は、花火くらいは見えるかな……と、欲張らない程度にそう思った。

(続く)

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