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Season企画小説
Hの襲来・2
 今日のような時期に空いてるホテルなんて、そうそう見付かるハズがないのは、三橋にだって分かっている。
 この寒空の中、土地勘のないだろう榛名に、「よそを当たってくれ」なんて言えない。
 だから、文句を言いつつも阿部が彼を泊めることにしたのは正しい。
 歓迎すべきだ。分かっている。
 分かっているのに喜べなくて……自分はなんてイヤなヤツなんだ、と、三橋は自己嫌悪に陥った。
 そんな三橋の気持ちを見抜いているかのように、榛名は阿部と話しながらも、三橋の方をニヤニヤと見つめていた。

 自分の家なのに、居心地が悪い。
 けれど、もてなすといってもどうすればいのか分からない。三橋にできるのはただ、2人の邪魔にならないよう、隅で大人しくする事だけだった。

 榛名がどこで寝るのかというのも、また問題だった。
「オリャー別にソファでいーぜ」
 榛名はあっけらかんんとそう言ったが、阿部が「バカか」と一蹴したのだ。
「あんたにんなコトさせらんねーだろ。ちゃんと考えてモノ言えよ」
 怒ったようにそう言って、阿部は榛名に自分のベッドを貸すことにした。
 確かに阿部の言う通り、体が資本のプロ選手、しかも投手を、不自由な場所で寝かせる訳にもいかない。肩を冷やしたら、どこかの筋を痛めたら……と、そう心配する阿部は、間違ってない。
 なのに、どうしてモヤモヤするのだろう。

 ここにはベッドが2つしかないので、榛名を阿部の部屋に寝かせ、阿部はソファで寝るという。
「え、そ、ソファ?」
 三橋は驚いて声を上げた。
 だって、理由が分からなかった。
 三橋が引っ越しの時に持ち込んだベッドはシングルだが、阿部が元々使っていたのはセミダブルだ。そしてそのセミダブルベッドで、三橋も共に寝ることが多い。
 三橋のシングルで2人一緒には寝られないが、それを榛名に使って貰えば……阿部のセミダブルベッドで、阿部と三橋は一緒に寝られる。ソファで寝なくてもいいのだ。
 なのに、なぜそうしない? なぜ榛名に、阿部のベッドを貸してしまおうとするんだろう?

 三橋の部屋が散らかってるから?
 榛名に三橋を近付けたくない?
 それとも……榛名がいる前で、三橋に触れたくないのだろうか?

「あの、お、オレのベッド、で……」
 勇気を出して提案すると、阿部にじろっと睨まれた。付き合ってから今まで、アベからそんなキツい視線を向けられたのは、初めての事だった。
 ギュッと胸が痛む。
 むしろ榛名の方が、嬉しげな笑顔を向けてくれた。
「んー? なに、お前のベッド、貸してくれんの?」
 けれど、三橋が「はい」と言う前に、阿部が2人の間に割って入った。
 しかも文字通り、榛名との会話を断ち切るように、三橋の前に立ち塞がって。

「お前は、余計な心配しなくていーんだよ」

 決して怒鳴られた訳ではない。
 怒ってはないな、と、それくらいは分かる。でも。阿部からそんな風に、きっぱりと拒絶されたのも初めての事だったから、三橋はそれ以後、一切口を挟むのをやめた。
 その夜、三橋が自分の部屋に引っ込んだ後――散らかった部屋をこっそり片付けながら、涙をぬぐっていたことに、阿部はきっと気付いていない。
 この気持ちに気付いて欲しいのか、欲しくないのか、三橋は自分でもよく分からなかった。


 色々ぐるぐる考えてなかなか寝付けなかったが、それでも少しは眠れたようで、ふと気付くと朝になっていた。
 何も役に立てない三橋だったが、それでも料理だけは阿部より得意だ。
 せめて朝食くらい、ご馳走しよう。そう思い立ってベッドから抜け出し、軽く着替えてダイニングに出る。
 すると、丁度目の前のドアがバッと開いて、中から阿部と榛名が出て来た。
 2人ともすっかり着替え、上にコートを着込んでいる。
「よー、はよ! ミハシだったっけ?」
 榛名が気安く手を挙げて、爽やかに笑った。
 朝から元気そうだ。時差など関係ないのだろうか? スッキリ眠れたのだろうか?

 三橋はとっさに挨拶できず、数秒間フリーズしてしまった。
 ようやくドモリながら挨拶を返せた頃には、2人とも玄関前に立っていた。
 朝ごはん作ります、とは言い出せなかった。
「メシ食いに行くけど。お前どうする?」
 阿部の言葉に、一瞬で胸の奥まで冷たくなった。

 朝はパンよりご飯がいい、と――いつも三橋の作る朝食を、喜んで食べてくれていたのに。
 そりゃあ土日は、たまに外食することもあったけど……。
「ちょっと行ったトコに、うまいベーグルの店があるんスよ」
 阿部が榛名に説明する、「うまいベーグルの店」にも勿論、心当たりはあったけど。
「い、今、おなかすいてない、から」
 三橋はそう言って、2人を行かせるので精一杯だった。うまく笑えた自信もない。

 パタンと閉じたドアを眺めて、去って行く足音を聞きながら、三橋はまた、ぐいっと涙をぬぐった。
 三橋の作るものなど、大リーガーには食べさせられないということか?
 客をもてなすなら、手料理よりも外食なのだろうか?
 それとも阿部は、もうとうに三橋の手料理に、飽き飽きしていたのだろうか?

 几帳面な阿部らしく、ソファの上には使ったハズの毛布もない。
 阿部の匂いのする阿部のベッドで……榛名はよく眠れたのだろうか? 何時に起きた? 阿部は?
 次に三橋が阿部のベッドで寝る時は――そこに、榛名の残り香を感じなければならないのだろうか?

 アパルトマンの入居が1月からだといっても、新年早々エージェントや不動産屋が働いているとは思えない。
 榛名はここに、いつまでいるのだろう?
 いつまで、甘くない阿部に我慢しなければならないのか?
 いつまで……「おはよう」のキスも「おやすみ」のキスも、我慢しなければならないのだろうか?

 三橋はぶるんと首を振って、自己嫌悪にため息をついた。
 せっかくの阿部の客、しかも有名人でプロでスゴイ人、なのに。心から歓迎できない自分が、イヤなヤツに思えて仕方なかった。

(続く)

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