Season企画小説
Hの襲来・1 (Gの襲来の続編・NYカウントダウン)
この話は、Gの襲来、Gの襲来・プラス、Gの襲来・マイナス の続編になります。
NYでGに悩んでいた三橋が、阿部と出会って恋人になり、一緒に住み始めて数ヶ月。
恋人として初めてのクリスマスを過ごした2人は、そのままどちらも帰国することなく、初めての年の瀬を迎えようとしていた。
予定らしい予定と言えば、理事を勤める日本人学校で新年に餅つきをしようというくらいだが、それだって三が日明けてからの話である。
日本のように初詣に行くわけでもなく、特にホームパーティーの予定もない。
「カウントダウン、行く?」
三橋から、一度そう誘ってはみたが、阿部は「TVで十分だろ」と、あっさり首を振った。
「あんなの行くのは観光客だけだろ。1分かそこらのイベントのために、わざわざ人混みに出かけてく意味がワカンネー」
そう言われてしまえば反論もできなくて、結局家で年越しソバでも食べながら、ゆっくりと過ごす事になりそうだった。
NYで「カウントダウン」といえば、勿論タイムズスクエアで行われる、大晦日最大のイベントの事を差す。
世界中から観光客が訪れ、100万人ともいわれる人出で、身動きもとれなくなる程だ。
昼間から交通規制が敷かれ、エリアは柵で仕切られて手荷物検査まで行われ、ひどい時には地下鉄すら素通りしてしまうという噂だ。
聞くところによると、周辺のホテル代も通常の3倍近くに跳ね上がるのだそうで、それでも3連泊位しなければ、予約すら取れないらしい。
携帯電話が繋がらなくなるのも毎年の事らしいが、実は三橋も話に聞くだけで、一度も行ったことはない。
今まで恋人はもちろん、それ程親しい友人もいなかったから、「行こうか」という話にすらならなかった。
1人で行ってもいいとは思うが、そうまでして行ってみたい訳ではない。何しろ、恐ろしく寒いうえに、恐ろしく混むのだ。トイレもない。
けれど、今年は恋人ができたから……密かに、行けたらいいなぁ、とは思っていた。思ってはいたが……。
はあ、と1つため息をつく。
わざわざ人混みに出かけることを、「意味ワカンネー」と言ってしまうのも、阿部らしいといえば阿部らしい。
彼の意見を無視してワガママを通し、一緒に行って貰ったとしても、きっと楽しくは過ごせないだろう。なら、阿部がその気になるまで諦めた方がいい。
それに彼の言う通り、ニューヨーク市民はわざわざ出かけず、TV中継を見ながらホームパーティーをして過ごすのが一般的なのだ。
まあ、恋人と2人水入らずで過ごせるなら、それはそれで幸せなのかも知れない。
三橋はそう割り切って、穏やかに年末を過ごしていた。
しかし……。
そんな大晦日を翌日に控えた12月30日の夜に、その襲来は起きた。
「ちーっす。タカヤいる?」
呼び鈴の音に「はーい」と返事しながら戸を開けた三橋は、そこに有名人が立ってるのを見てフリーズした。
タカヤ、というのが阿部の名前だと、脳内で結びつくのに十数秒――。
「おーい、聞いてる? あれ、日本人じゃねーの? 日本語ダメ?」
来訪者は、三橋の目の前で手をひらひらと振った後、「えーと、英語でどう言やいーんかな?」と呟いている。
キョドることも忘れて固まってると、不審に思ったのだろう、後ろから阿部が声をかけて来た。
「三橋、どうした?」
その聞き慣れた声に、三橋はホッとして振り向いた。すると今度は阿部が、驚きにカッと目を見開いている。
「な……何でここに!?」
どうやら阿部にとっても、予定外の客だったらしい。
しかし当の来訪者はというと、阿部の反応などまるで気にしていないようで、「よぉ、来てやったぞ」とニカッと笑った。
「アパルトマン入居できんの、1月からなんだってよ。ケチくせーよなぁ、1日2日くらいオマケしろっての」
そう言いながら、その人物はズカズカと中に入って来る。
「だから年明けまで、お前んとこ泊めてくれ」
「はあ!?」
阿部は驚いたような、呆れたような顔をしているが、本気で怒っているようではない。
ワガママを言われ慣れてるのだろうか?
「ふざけんな」
「甘えんな」
「迷惑だ」
そんな罵詈雑言を浴びせながら、結局――その人を迎えることになってしまったようだった。
「へ〜、シャレた外観の割に、中身は普通だなぁ」
ソファにドサッと座り込み、その人はキョロキョロと部屋の中を見回した。
手荷物は、大きなトランクが1つだけのようだ。
もしかして、日本から渡米したその足で来たのだろうか?
人見知りな性格の三橋は、声もかけられず、側にも寄れず、阿部に質問もできなくて、部屋の入り口でおろおろと立ち尽くした。
この人は?
阿部君、知り合い?
どういう関係?
訊きたいことはたくさん浮かぶが、何より目下、気になって仕方ないのは、彼がホンモノなのかどうかだ。
榛名元希。
本物なら、今月初めにNYの某球団と契約を交わしたばかりの、日本人投手である。
阿部も三橋と同じく高校球児だったことは、出会った初日に聞かされていた。野球の話で盛り上がり、意気投合したと言っても過言ではない。
しかし、こんな有名人と知り合いだったとは聞いてない。
年の瀬に突然訪れて、当たり前のように泊まり込もうとするくらい、の、仲なのだろうか?
阿部とは……どんな間柄なのだろうか?
じわり、と胸が痛んだ。
それを見計らったかのように、榛名と思われる人物が言った。
「……で、あれ誰?」
アゴで指され、ニヤッと笑われてドキッとする。
榛名と阿部と床と、キョドキョドと視線を揺らしてうろたえた三橋に、阿部が「あー……」と言いながら近付く。
「三橋廉っス。一緒に暮らしてる、オレのパートナー」
阿部はぐいっと三橋の肩を抱き、紹介しながら顔を榛名の方に向けた。
「三橋、こいつはオレのシニア時代の先輩で、榛名元希。来季からメジャーリーガーになる投手だ」
「よろしくな」
榛名はソファに座ったまま、ニヤニヤと笑った。
ああ、やっぱり本物の榛名投手だ。そうは思ったけれど、三橋の心は重く沈んだままだった。
本当なら、握手したい。
三橋だって高校までは投手をやっていたのだから、榛名の実力はよく分かっている。憧れている。応援したいと思っている。
これがもし、球場で紹介されたのなら――いや、或いは、街や公園で紹介されたのなら、こんなに心揺れたりはしなかっただろう。
むしろ、「わぁ、榛名さんだ、スゴイなぁ」と、頬を熱くして見つめただろう。
けれど、ここは三橋が阿部と住む家で――。彼はそこに突然現れ、土足で入り込み、図々しくも勝手に宿泊を宣言している襲来者だ。
それに何より、阿部がこっちを見ないことが気になった。
普段なら、阿部はいつもいつも三橋のコトを見ていてくれるのに、今はこんなに近くにいながら、榛名の方を見てばかりだ。
彼が、どんな顔で「シニア時代の先輩」の顔を見つめているのか……三橋は怖くて確かめられなかった。
いつも三橋を見つめるような、甘く情熱的な目で、相手を見ているんじゃないか、と。そう思ったら怖かった。
(続く)
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