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Season企画小説
ある大学生のクリスマス・後編
 香ばしいニオイの漂うダイニング。
 コンロの前に立った三橋は、裸サンタエプロンのままで、もじもじと言った。
「最近ね、あ、阿部君、オレに触ってくれない、んだ」
「あー……そう」
 聞きたくねぇ、ホモの恋愛相談なんか。
 気のねぇ返事をして、自分の持って来た発泡酒のタブをプシッと開ける。
「いつも忙しい、とか、疲れた、とか、今度、とか、だし。こ、今度って、いつなの、かな?」

 いや、知らねーし。阿部に訊けっつの。もういーから手ぇ動かせって。後ろ向くな。脚広げんな。
 ……疲れる。
 けどまあ、大体事情は分かった。つまりアレだ、倦怠期だ。こいつら付き合って長ぇしな。
「あ、阿部君、オレに飽きちゃったの、かなぁ?」
 三橋は同じく発泡酒をくぴくぴと飲みながら、阿部の為の料理を続けてる。
 今度は、鳥肉の付け合わせにでもするつもりなのか、冷食のフライドポテトを揚げ始めた。……裸エプロンのままで。

 おいおい、危ねーな、油が散ったらどうすんだ? そう思って見てたら案の定、パチッと油が跳ねて三橋が小さく悲鳴を上げた。
「わっ」
 全く、世話が焼ける。
「ほら、危ねーって。服着て来い」
 仕方なく立ち上がり、三橋を押しのけて菜箸を奪う。けど、三橋も頑固だから「や、や、やだ」と首を振った。
 意地でも裸エプロンでいるつもりか? 阿部はこんなんで喜ぶんかな? まあ、他人の性癖なんかどうでもいーけど。
 つーか、考えたくねーけど。

 でもせめて揚げ物ん時くらい、何か羽織れよな。裸エプロンじゃなくて、裸割烹着にするとか……裸白衣にするとか……。
 と、そう考えて、突然ひらめいた。この露出狂バカに服を着せる名案!

「おい、阿部のワイシャツ持って来い。1枚くらい持ってんだろ、スーツ用のヤツ」
 そうだよ、裸エプロンより彼シャツだろ。いや、断じてオレがそういう趣味って訳じゃねーけど。チラリズムだろ。
「う、え?」
 三橋は分かってなさそうにキョトンとしてたが、構わず追い立てて阿部の部屋に入らせる。
 その後ろ姿は、やっぱ何度見ても目を背けたくなる格好で……うん、やっぱマンゲツはねぇと思う。

 だいぶ慣れたものの、正視に耐えねぇ格好の三橋は、同じく正視に耐えねぇ阿部の部屋から、白いワイシャツを持って来た。
「ど、どうするの?」
 くてんと首をかしげる三橋。いや、だから、カワイクネーから。そういうの要らねーから。
「エプロン脱いで、こっち着ろ」
 ワイシャツをハンガーから外しながらそう言うと、三橋は「えっ」と両手で胸元を押さえた。

「『えっ』じゃねーよ!」
 大声で言い返して、またゲンコツを食らわせる。
 ケダモノ見るような目でオレを見るなっつの。阿部と一緒にすんな。もう。
 つーか、散々マンゲツ見せといて恥じらうな、って話だよな。
 鼻息荒く睨みつけると、三橋はこっちをちらちら見ながら、そっと背中に手を回し、後ろのリボンをシュッと解いた。
 さっき飲んだ発泡酒のせいか、白い肌がほんのりピンクに染まってて、はらりと外れたエプロンの下から……って、いや、だから、そんなシュミねーし! つーか、その前に、ここで脱がなくていいだろう!
 もじもじすんな!!

 けど、そんな風に照れられたらこっちもやりにくい。そんなシュミねーし、別に見たって見られたってどうってコトねーと思うけど、くるっと三橋に背を向ける。
「ほら、後ろ向いててやっから」
 そう言って、待つこと1分。
「でき、まし、た」
 呼ばれて振り向くと、そこには立派な「彼シャツ三橋」ができていた。

 ワンサイズ上のシャツだけあって、丸出しだった尻が完全に隠れてる。おー、見えそうで見えねぇチラリズム、コレだろ。
 ボタンを三つ外した襟元からは、白い鎖骨が見えてるし。そんで手元は……あれ?
「おいおい」
 せっかくの萌え袖なのに、腕まくりすんなよな。台無しだろ。
「袖は伸ばしとけよ」

 両方の袖を肘まで腕まくりしてるのを、手首を掴んで萌え袖にしようとしてやると、意外にも「イヤだ」と抵抗された。
「こ、これじゃ料理作れない、よ。まだ洗い物もある、し」
 って。まあ確かにそうだけどさ、肘までまくっちゃダメだっつの。
「じゃあ、オレが代わりに洗い物してやっから」
 せっかくそう言ってやってんのに、「ダメッ、ダメっ」ときかねぇ三橋。

「いーから、任せろ」
「ダメ、ダメッ」
「いーから、って」
「ダメ、だって」
 と、生意気にも言い返すから押し問答になる。萌え袖にしてやったのを、隙あらば直そうとしてるし。
 正直、イラッとした。

 後で思えば、この時三橋はだいぶ酔ってたんだろう。酔っぱらいが、単に絡んでただけだったんだろう。
 でも、オレはそれに気付けなくて……ああ、多分オレも酔ってたんだろうな……。
 つい、カッとして怒鳴っちまった。

「ああ、もう!」

 オレは三橋の両手首を掴み上げ、ぐいっと引いて大声で言った。
「やらせろ!」

 次の瞬間、カチャッ、とダイニングの扉が開いた。
「何やってんだ?」
 地獄を這うような低い声。
「やらせろ?」
 突然現れた阿部が、真顔で訊く。

「阿部君っ!」
 呆然としたオレの拘束を振り払い、阿部の方へと飛び付いてく三橋。その格好はっつーと、彼シャツに萌え袖で。その下は何もはいてなくて。襟元は大きく開いていて。
「おまっ、なんて格好してんだ!?」
 驚いた顔でそう言って、阿部は自分のコートをサッと脱いで三橋の肩に着せ掛けた。
「こ、これ、花井君がっ」
 三橋は真っ赤な顔で言いながら、オレの方をビシッと指す。

「はあ?」
 阿部がオレをキッと睨んだ。
「いや、待て……」
 そうじゃねーだろ、いや確かにそうだけど。オレだけど。
「ヤダって言った、のに、無理矢理っ」
 三橋が横から、さらに余計なコトを言う。
「いや、そりゃ萌え袖の話で……」

 言い訳しようとしたオレに、「萌え袖!?」と食い気味に阿部が返した。
「お前、ヘンタイか」
 って。いや、ヘンタイはオレじゃねーって。そもそもは三橋が破廉恥な格好してたんだろ。
「だから、元は裸エプロンで……」
「裸エプロン!?」
 また食い気味に怒鳴る阿部。話通じねぇ。
「いや、違ぇーって」

 冷や汗をかきながら両手を上げて、必死で考える。どう説明すりゃいーんだ?
「あのな、そもそもオレは三橋から相談されてたんだよ」
 頭の中で経緯をまとめ、オレは阿部に説明した。説明しようとした。
「お前ら最近ご無沙汰だっつって、三橋が悩んでたからさ。オレはそれを慰めてやろうと……」

「慰め? お前のカラダでかっ!?」

 さらに怒鳴って来る阿部、もうワケワカンネー。
 パニック寸前に陥りながら、ハッと思い出したのはあのムーディーな阿部の部屋。
「だ、だから、これ……」
 手招きしてドアを開け、三橋プロデュースの部屋を阿部に見せる。ふわっと香る芳香を浴びて、「うっ」と絶句する阿部。
 ムーディーな卓上ランプ、ラメラメな布、そしてベッドには――。

「花井……表に出ろ……」

 とんでもねぇ低音声で阿部が言った。
 いや、だから、そうじゃねーだろ。違うって。誤解だって。オレには断じてそんなシュミねーから。狙ってねーし、奪う気ねーし。
 待てって。ちょっと。話通じねぇ。
 三橋泣くな!
「ごめんなさい、阿部君っ」
 って、むしろオレに謝れ、コラ!

 胸倉掴まれて部屋から引きずり出されながら、オレは絶望に天を仰いだ。助けて、サンタさん。
 けど……裸エプロンのサンタさえ、もうオレの前にはいなかった。

  (終)

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