Season企画小説
ある大学生のクリスマス・前編 (大学生・花井視点)
阿部に貸しっぱなしだった専門書を返して貰おうとメールしたら、ちょうどバイト中だったらしく、数時間経ってから返事が来た。
――悪い、家に置きっぱなしだ。三橋がいると思うから取りに行ってくれ――
仕方なくコートを着込み、1人暮らしのアパートを出る。
目的地までは、歩いて10分。三橋への手土産代わりに、コンビニで発泡酒を2本買ってくことにした。
三橋というのは、同棲中の阿部の恋人だ。
ちなみにオレ達3人は、高校時代の野球部のチームメイト。
オレがキャプテンで、阿部がキャッチャーで、三橋がエースで……まあつまり、三橋も阿部も男同士な訳だけど……そこそこ長続きしてるようだった。
それにしても、せっかくのクリスマス3連休だ。
てっきり2人でどっか行ったり、いちゃいちゃ過ごしてると思ったのに、阿部がバイトだってのはビックリした。
確かに稼ぎ時だろうし、年末の連休ならクリスマス関係なく忙しい。バイトだって休み辛ぇだろう。
でも阿部なら……得意の口八丁で、上手に休みをもぎ取りそうなもんだけど。
それとも三橋もバイトなんかな? あいつなら、頼まれたら断れねーで連休中にうっかり3連勤、なんてこともありそうだ。
マウンドではとても頼もしい、でもそれ以外では世話の焼ける、阿部の恋人のコト考えて、ふっと笑みを漏らす。
断じてオレにそういう趣味はねーんだけど、三橋のコトは、メンドクセーなりに嫌いじゃなかった。
阿部&三橋、と表札の書かれたマンションの部屋の前に立ち、インターホンを鳴らす。
『はーい』
と応じる三橋の声。
「おー、花井だけど」
とオレが言い終わるより早く、目の前のドアがガチャッと開いた。
おいおい物騒だな、ちゃんと相手確認してからドア開けろ……なんて、注意しようにもできなかった。
「うっ!」
絶句。
対する三橋はというと、オレの顔を見て同じく絶句し――5秒くらい経ってから、「きゃあ」と言ってうずくまった。
「きゃあ」じゃねーよ、「きゃあ」じゃ。突っ込みたかったけど、言葉にならねぇ。度肝を抜かれた。
三橋は……サンタ服みてーな、赤地に白い縁取りとポンポンの2つついたエプロンを着て……その下は、裸だった。
「あ、あ、あ、あ、あ、阿部君、じゃ」
「ねーよ! 見りゃ分かるだろ!」
ゴツン、と三橋の頭にゲンコツを落とし、取り敢えず他人に見られねー内にと思って、部屋の中に押し返す。
三橋は真っ赤な顔してもじもじしてっけど……カワイクネーから!
はあ、とため息をついて、コンビニ袋を三橋にぐいっと押し付ける。
「これ、土産」
すると三橋は赤い顔のまま立ち上がり、ドモリながら礼を言った。
「あ、あ、あ、ありが、と。どうぞー」
どうぞ、と言われて遠慮なく上がり込む。とにかく目的の専門書さえ取り戻せば、こんなバカには用はねぇ。
「阿部から本のコト聞いてるかー?」
訊きながらダイニングに入ると、ふわっと香ばしい匂いがした。
メシ作ってたらしい……裸サンタエプロンで。
「う、ううん。聞いてない」
三橋はもう開き直ったんだろうか、サンタエプロンの格好のままで、わたわたとダイニングに戻り、わたわたとオーブンを覗いてる。
肉の焼ける匂いに、そろそろ夕飯時だなー、と思った。
つーか……こっちに背中向けるな!
無防備っつーか、なんつーか……。見たくもねぇ男の尻、しかもマンゲツを見せられて、ガックリと目を逸らす。
ホントにエプロン以外何も着てねーな。
脚閉じろ。大股で歩くな。見えてる、見えてる、もう……。
こんな姿をオレに見られたって知られたら、阿部に怒られんじゃねーか? いや、オレもとばっちりで憎まれそうだな。
見てー訳じゃねーのに。つか、見たくねーのに。
いや、合宿で一緒に風呂入ったりしたし、見た事あるけどさ。そういう問題じゃねーだろう。
阿部の帰りを見計らって服脱げよな。風邪ひくぞ? 腹こわすぞ? まあ、それでピンピンしてそうなのが三橋でもあるけど。
「服、着ろ!」
げんなりとして言うと、三橋はオレの方を振り向いて、「ふえ?」と、くてんと首をかしげた。
いや、だから、カワイクネーから! そんな顔は阿部にだけ向けてくれ、頼むから。
いよいよ早く帰りたくなって来た。オレの本はどこだ?
三橋が阿部から専門書のコトを聞いてないのは、まあ困ったけど、想定内だ。
「阿部の部屋、入ってもいーか?」
ここは阿部と三橋に1つずつ個室がある2LDK。勝手知ったる感じだから、阿部の部屋もどこか知ってる。
返事を待たずに阿部の私室の方に行くと、なぜか三橋が焦った様子でオレの前に立ち塞がった。
「だ、だ、だ、だ、ダメ!」
ドアの前で両手を広げ、意地でも通さねーって勢いで、三橋はぶんぶんと首を振る。
意味が分からねぇ。
散らかってるとか? でも、三橋の部屋ならともかく、阿部んとこはいつも整然としてんだろ?
オレが右に行こうとすると右、左に行こうとすると左……右、左、右、左。数秒間そうやって邪魔された、が。
いきなり、ぶしゅう〜と音を立てて鍋が吹いた。
「あっ」
エプロン・三橋が、慌ててキッチンに駆け戻る。
まあ悪いヤツじゃねーんだけど、基本抜けてんだよな。悪いけどその隙に、阿部の部屋に入らせて貰おう。
オレはカチャッとドアを開けた。
「あーっ、だ、ダメ!」
三橋がキッチンから大声を出す。でも勿論、オレが中を覗く方が早くて――。
「ううっ」
絶句した。そして、無理に覗いたことを後悔した。
ふわっと何かの香? みたいなニオイが漂う室内。阿部の部屋は、ピンクと紫と金のラメラメの布で飾り立てられていて、ムーディーな卓上ランプが静かに中を照らしてた。
そして、ベッドの上には……意味深なボトルと、長方形の箱、が。
えーと。
バタン。オレは力いっぱいドアを閉めた。
「見た、ね……?」
キッチンの方から恨めしそうな声が響く。振り返るのが、怖かった。
(続く)
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