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Season企画小説
Hitman・後編
 小2で引っ越してからの事を訊いても、ミハシは言葉を濁すだけで、何も教えてくれなかった。
 けど、逆にそれより前、ギシギシ荘時代の思い出話には、むしろ饒舌なくらい喋ってくれた。
 将棋の話、野球の話、クリスマスに貰ったプレゼントの話……。
 売れ残りのケーキをつつきインスタントコーヒーを飲みながら、オレ達はしばらく過去に浸った。

 1時間くらいそうしてたかな? 笑ってコーヒーを飲んでたミハシが、突然はじけるように顔を上げた。
 すうっと笑みを消した顔で、ゆっくりと裏口の方を見てる。
「な、なに?」
 驚いて訊くと、ミハシは黙ったまま立ち上がり、裏口のドアに耳を着けた。
 外が……何だ?
 楽しかった気分が、急速に冷めていく。
「あ、お、オレ、ちょっと外見て来るよ、ミハシ!」

 オレはそう言い残して、表からまた店外に出た。
 周りのほとんどの店がシャッターを閉めていて、どことなく静かになってる。通行人もだいぶ減ってた。
 表通りから回り込み、裏路地を覗いたけど誰もいない。
 ――なんだ、何もねーじゃん。
 ホッとして立ち止まり、ぐるっと周りに目を向ける。でも、あの白スーツは視界に入らなかった。
 寒さにぶるっと震えながら、でも――とちょっと思う。
 あの派手なスーツが印象的過ぎて、それ以外、顔も何も覚えてない。上にコートでも着てたら、きっとすれ違っても分からねぇ。
 それって……安全って言えんのかな?

 店に戻ると、ミハシはコートを脱いでいた。
 シャツをまくって、包帯でシップの上からぐるぐる巻いて固定してる。
「ただいま〜、外、特に何もなかったよ〜」
 オレはそう言いながら、ヒーターに近付いて暖を取ろうとした。
 ミハシはオレにちらっと目を向け、でも何も言わないまま、包帯を巻いてる。
 コートを着てないから、ホルスターが丸見えだ。銃も。あんまりじろじろ見ちゃいけない気がして、だからついつい、脇腹だけを見てしまう。

「ミハシって、刑事さんだったりとか……しない、よね」
 一縷の望みをかけて言ってみたけど、やっぱ我ながら現実味は薄い。だって、ミハシはオレより1つ下だ。私服刑事な訳がない。
 じゃあ何だろう?
「ハマちゃんは、知らない方が、いい」
 ミハシは一瞬手を止めて、ぽつりと言った。そしてポケットからバタフライナイフをサッと出し、慣れた手つきで包帯を切った。
 くるっと回して刃をしまう手つきも、ポケットにしまう仕草も……すげー自然だった。

 何も……教えてくれねーんだな。
 幼馴染なのに。昔の話ならしてくれるのに。
 そもそも、追われてるのかっていう問いにも答えはねーし。あの白スーツの男と関わりがあるかどうかだって、オレの推測でしかねぇ。
 その怪我の理由も、きっと教えて貰えねーんだろう。

 オレの感傷をよそに、ミハシはまくってたシャツを直し、脇腹に手を当てつつピーコートを着ようとしてた。
「もう行くのか?」
 手首を掴むと、ミハシはオレを見てふひっと笑った。
「あ、……む、迎え、来てると思う、から」
「迎え……」
 誰が来てるのか、とか、訊いても教えてくれねーんだろうな。そんなことも、ちょっと寂しい。

 その寂しさを誤魔化すように、オレは精一杯明るい声を出した。
「なあ、コート! さっき思ったんだけどさ、オレのと交換したら、ちょっとはカモフラージュになんねぇ?」
 ミハシの紺のピーコートと、オレのカーキ色のモッズコート。交換すれば、随分印象が変わるだろう。
「で、でも……」
 思った通り遠慮するミハシに、悪いとは思いつつ言って見る。

「なあ、オレ今日誕日だぜ? プレゼントにこのコート、くれよ」

 そんな風に言っちまえば、無下に拒否できねーだろう。オレの知ってるミハシなら。
 それでも、まるまる1分くらいは悩んでたけど――ミハシは太い下がり眉をますます下げて、オレに自分のピーコートを渡した。
「お誕生日、おめ、でと」
 困ったような笑み。いや……寂しそう、な?
 また会える? とはもう訊けねーで、オレはミハシの張り詰めた肩に、愛用のモッズコートをふわりとかけた。

 裏口じゃなく、表口から、ミハシは堂々と店の外に出て行った。
 出る直前、三橋が言った。
「オレ、ね。ハマちゃんとやった野球が、一番楽しかったんだ、よ。ねぇ、ハマちゃんはまだ野球、やって、る?」
 ドキッとした。
 中学でヒジをぶっ壊して以来、野球には縁がなくて。でも、そんなことミハシには言えない。
「うん、まあ」
 そう誤魔化すしかない。

 誤魔化すしかない。語るべきじゃない。何も――知らないでいて欲しい。ミハシの気持ちが、ちょっとだけ分かった。

 ミハシが店から出て行った後、ケーキ皿やカップを片付けようとして、未開封の鎮痛剤に気が付いた。
「あっ……」
 ケーキを腹に入れてから、と思ってたせいで忘れてた。
 まだ遠くに行ってねーだろう。
 オレは鎮痛剤を引っ掴み、たたっと店の外に出た。
 カーキ色のモッズコートに、薄い茶色のふわふわ頭。ミハシだろう後ろ姿を見付け、声を掛けようと手を上げて――結局、何も言わないまま下に降ろす。

 オレが黙って見守る中、ミハシはシャッターの閉まった薬局に向かった。
 そこには、さっきの黒尽くめの男がまだ立っていて。ミハシを見て、ふっと笑った。
 男の手が、ミハシの肩にそっと伸ばされる。抱き寄せられるまま、ミハシがためらいなく男に寄り添う。

 小2で突然引っ越して行くまで、「ハマちゃん、ハマちゃん」とオレの後をついて来たミハシ。
 赤ん坊の頃からずっと一緒で、ビンボーでも、ずっとそのまま一緒にいられると思ってた。
 けど――。
 今のお前の側には、もう別のヤツがいるんだな。

 オレは苦笑して、その2人に背を向けた。やっぱ、コートなしじゃ寒い。
 さあ、さっさと片付けて戸締りして、紺色のピーコートを着て帰ろう。
 幼馴染からの、きっと最後のプレゼントになるんだろうと思うから。

  (終)

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