Season企画小説
Hitman・中編
薬局から帰る途中で、またあの白スーツがうろついてるのを見かけた。
「くそ、どこ隠れやがった!?」
そう言ってんのが聞こえたから、きっと誰かを探してるんだろう。
まあ、オレには関係ないけど。
夜道を駆け戻りながらそう思って、ふと、ミハシの顔を思い出す。
……ミハシを探してるってコトは……ないよな?
脇の怪我、殺気、隠れるようにうずくまる姿――思い出すと不安になるけど、でも記憶の中のミハシは、とにかく人見知りで素直で優しいヤツだった。とてもあんなチンピラっぽいのと、トラブルなんか起こしそうにない。
何しろ、赤ん坊の頃から面倒見て来た弟分だ。ミハシの性格はよく知ってる。
オレの後を「ハマちゃん、ハマちゃん」とついて来る様子は可愛かったし。駆け落ち婚だとかいうミハシの両親も、揃って温和な人だった。
オレが小3、ミハシが小2の秋にどっかへ引っ越しちまったけど――それまで、ビンボーでも仲良く暮らしてたんだ。
「ただいま〜」
店に戻って声をかけると、ミハシはまだ裏口の近くでうずくまったままだった。
オレがいない内に出てったりしないよな、とちょっとだけ思ってたから、いてくれてホッとした。
「薬買って来たぞ〜」
声をかけながら近寄ると、ミハシはゆっくりと顔を上げた。
「こんなんしかないけど。シップ、自分で貼れるか?」
薬局のレジ袋から冷シップを取り出して渡すと、「あり、がと」と小さな声で礼を言う。
「あのさ、ミハシ……」
白スーツの男に心当たりあるか、と訊こうとして口をつぐむ。
ミハシはコートを脱がず、もそもそと裾をめくり上げて、どうにかシップを貼ろうとしてた。
「なに?」
記憶の中より、数段大人びた顔がオレの方に向けられる。でも、ミハシはミハシだ。余計な事なんか訊くもんじゃない。
オレは「いや……」と曖昧に笑って、誤魔化すようにミハシに1歩近付いた。
「シップ貼りにくいでしょ、ヒーター強めるから、コートくらい脱ぎなよ〜」
けど、ミハシはぶんぶん首を振って、「いい!」と言った。
なんで? 強い口調で言われる意味が分からない。
「遠慮すんなって」
昔の調子で、ミハシのコートに手をかける。別に、深い意味は無かった。
ウール地のピーコート、生地と同じ紺色のボタンがホールからスルッと抜ける。ミハシは裾からシップを貼ってる途中で、だから一瞬、抵抗が遅れた。
「ダメッ!」
ミハシが叫んで身を引くのと、コートのあわせが開かれたのと、ほぼ同時だった。
中身が見えたのは一瞬。
バッとコートの前を掴み、ミハシがオレから距離を取る。
いきなり動いたからか、「うっ」と呻いて床に崩れるけど、その目は油断なくオレを見てた。
「見、た?」
静かな声で訊かれ、肯定も否定もできなくて、ビキッと固まる。
ミハシのコートの内側にあったのは、一見リュックのホルダーに見えなくもない、黒の肩ひも。中に着てたのが白のシャツだったから、余計に目立ってた。
――脇の下にある、拳銃が。
別に、ショルダーホルスター自体は珍しくない。モデルガン用に、普通に通販で手に入る。
モデルガンだって、ド○キでも普通に売ってる。だけど。
それ……。
ごくり、と生唾を呑み込んだ時、ミハシがよろよろと立ち上がった。
やっぱりちょっと、左脇を庇ってる。
「シップあり、がと」
ミハシはそう言って、オレに背中を向けた。店の裏口のノブに手を掛ける。
そこで唐突に思い出したのは、さっきの白スーツの男だ。誰かを探し回ってた。まだ探してるかも知れない。探されてんのはミハシかも。
「追われてんのか?」
ズバッと訊くと、後ろ向いた背中が小さく揺れた。
「係わらない、方が、いい、よ」
ぼそりと呟かれる拒絶の言葉。
「でもさ……」
「ダイジョブ、あ、……仲間、迎えに来てくれる」
ミハシがオレを見ないままに言った。
拒絶されてるのは明らかで。だから、これ以上はおせっかいかも知れない。けど――もし迷惑じゃないんなら。
「もうちょっと一緒にいてよ。今日さ、オレ、誕生日なんだぜ!」
オレはそう言って手を伸ばし、ミハシの右手首を捕まえた。
振り払われなくて、安心した。
せめて、あの白スーツがいなくなるまで、ミハシにはここにいて欲しかった。後で様子見に行くから、確認して来るから、それまで。
だってさ、10年振り以上だよ?
「ケーキあるよ〜。ちょうど2つ。この店さ、ケーキ屋なんだぜ、知ってた?」
ことさら明るい口調で言って、掴んだ手首をグイッと引く。そしたら、脇を庇いながらだけど、こっち向いてくれた。
「うん、ニオイで分かった、よ」
太い下がり眉をますます下げて、ミハシがちょっと寂しそうに言った。
「うまそうなニオイだろ?」
オレの言葉に、ミハシはこくこくとうなずいて。そして、ふひっと小さく笑った。
「平和な日常のニオイ、だよ」
そんなミハシの日常はどんな日常なんだろう?
オレはインスタントコーヒーを2杯分入れながら、ミハシにふにゃっと笑って見せた。
(続く)
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