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Season企画小説
Hitman・前編 (2012浜田誕・殺し屋パロ)
 物心ついた頃から、誕生日を当日に祝って貰った覚えがない。
 12月19日、クリスマスの6日前ってビミョーな頃合の誕生日だから、ご馳走もケーキも、そしてプレゼントも、全部クリスマスと一緒だった。
 特にうちはビンボーだったから、仕方なかったと思う。
 隙間風の入り込むボロッちぃアパートで、1つ年下の幼なじみと共に、小さなケーキを分け合って食べた。
 しょっぱい思い出だ。

 けど、ビンボー学生になった今では、もう誕生日もクリスマスも関係ない。
 バイト先のケーキ屋は殺人的な忙しさで、クリスマスが終わるまで、10連勤の予定だった。
 それでもさすがに、気の毒に思ってくれたのかな? 夕方休憩に入る前、店長が言った。
「ケーキ売れ残ったら、全部持って帰っていーぞ」

 悪いけど、喜んだ。
 普段は『売り切れろ、売り切れろ』って念じながら働くけど、今日ばかりは『売れ残れ、売れ残れ』って念じさせて貰った。
 店長、ごめんなさい。ケーキ2個売れ残ったの、オレのせいです。
 心の中だけで謝って、裏口からゴミを捨てに行く。
「ケーキ、箱詰めしといてやるな」
 店長の言葉に「はいー!」と大声で返事して、オレはゴミ袋を引っさげ、裏路地に踏み出した。
 途端にぶるっと震える。スゲー寒い。
 上着がいるかな、と思ったけど集積所はすぐそこだし。白い息を吐きながら、身を縮めるようにして、小走りに狭い裏路地を急ぐ。

 と――表通りに出る手前、どっかの店の室外機の陰に、人がうずくまってるのが見えた。
 ホームレスか? それとも酔っぱらい?
 この寒い中、そんなとこにいたらヤバくね? そりゃ風はしのげるだろうけど……。
 狭い路地を塞ぐように伸ばしてる足を、ひょいっとまたぐように通過しながらチラ見したけど、身なりはキレイだし、どうも浮浪者って感じじゃない。
 紺のピーコートにベージュのスラックス、ってなんか学生っぽいし。
 じゃあ酔っぱらいかな? コンパの帰りか何か?
 酔ってると寒さに鈍くなるっていうし、放ってると凍死しかねない、かも? 室外機の陰にいて表通りからは見えにくいし、ヘタすりゃ朝まであのままって事も……。

 そんなコトをぼんやり考えながら駆けてると、向こうから走って来た人にドカッとぶつかった。
「気ぃつけろ、死なされてーか!」
 って、白いスーツ着た男がオレに怒鳴る。
 ぶつかったくらいで、死!? 一瞬ビビったけど、幸いにもオレなんかに構ってる暇はないみたいで、そいつはそのまま、また人込みの中に消えてった。
 やれやれと思いながらゴミを捨て、また裏路地の方に戻る。
 さっきの室外機の向こうには、やっぱりさっきの人がいて――オレは、やれやれついでに声をかけた。

「あのー、そこで寝てると凍死しますよー」
 パンパン、と肩を叩いて耳元で言ってやると、その人は「うう……」とうめきながら、顔を上げてオレを見た。
 ハッとして、ドキッとした。
 薄茶色の猫毛、同色の太い下がり眉。色の薄い大きなつり目に、唇の薄い大きな口――。
「ミ、ハシ?」
 それは、オレの記憶が確かなら、10年以上も前に別れたっきりの、一つ年下の幼馴染だった。

 けど、ミハシはオレが声をかけるなり、ひゅっと息を吸い込んで立ち上がった。
 ビン、と空気が張り詰める。
 寒さのせいじゃなく、鳥肌が立った。大きなつり目が、まっすぐにオレを睨んでる!
 殺気? 心臓がドクンと凍って、うまく呼吸ができない。
『死なされてーか』
 たった今聞いたばかりの不吉なセリフが、脳裏によみがえってゾッとした。
「ま、ま、ま、ま、待って。お前ミハシだろ? 覚えてねーかな? オレ、山岸荘で一緒だった……」

 オレは慌てて両手を上げて、ミハシに必死にアピールした。
 ミハシはますます顔を強張らせ、オレをじっと睨んでたけど――やがて何か思い出したのか、少し遠い目をして呟いた。
「ギシギシ荘……」
 ギシギシ荘、そうだ、オレ達はあのボロアパートのコトをそう呼んでた。
 古くて、ギシギシしてて、隙間風がピューピュー入って来てて。ビンボーだったけど、明るく楽しく暮らしてた。

「は、ハマ、ちゃん……?」

 ミハシがオレの名を呟く。
 殺気じみた緊張感はあっさりと消え、琥珀色の大きな目が、呆然とオレを見上げてる。
「そうだよ、浜田だよ。久し振りだ、ミハシ」
 オレは笑みを浮かべてそう言った。

 と、その時、背後から声がした。
「良郎? 何やってんだ、もう閉めるぞ?」
 店長の声だ。ドキッとした。そういや、ゴミ捨ての最中だった。
「あ、すんませーん」
 裏口の方を振り向いて大声で応え、もっかいミハシに目を戻す。
 ミハシは何故か、泣きそうな顔でオレを見てた。
「ハマちゃん……」
 そのミハシは、左脇腹を庇うように押さえてて。
 あれ? ってオレが気付くのと、ドサッとミハシが倒れるのと――ほぼ同時だった。


 戸締りしときます、と何とか誤魔化して店長を帰らせ、オレはミハシをこっそり店に引き入れた。
 怪しまれても仕方ないのに、結局信用してくれたのは、日頃の勤勉振りのなせる業だ。
 ミハシは怪我をしてた。
 血は出てないみたいだから、打ち身とかかな?
 薬も湿布も何も無いから、ミハシを置いて近くの薬局に走った。

 シャッターが閉まり始めた商店街は、買い物客よりも通行人が多い。
 スーツにコートのサラリーマン達が、大股で駅への道を急いでる。
 その人込みの中に……さっきの白スーツを見かけて、ギョッとした。そいつはオレなんか覚えてもないようで、キョロキョロしながら走り回ってる。
 またぶつかって怒鳴られたりしないよう、オレは慎重に距離を取った。

 薬局も閉店時間だったみたいで、シャッターが半分閉まってた。
 残りの半分からはまだ明るい店内が見えてたから、悪いとは思いつつ声をかける。
「すいませーん、いーですかー?」
「はーい」
 中から誰かが返事したので、もっかい「すいません」と謝りながら店に入る。
 そしたら中には先客がいて、オレだけじゃなかったかと思ってホッとした。

 会計中の先客は、真っ黒な男だった。
 黒いロングコート、黒いスラックス、黒い革靴。おまけに黒髪で、黒いサングラスをかけている。
 目元はわかんねーけど、結構整った顔だ。目線はオレと同じか、ちょっと上くらい。
 ホスト? 黒服? にしては、愛想がない。
「215円のお返しです」
 店員の渡した釣銭を、その客は黙って受け取り、ポケットに無造作に突っ込んだ。

「ありがとうございましたー、いらっしゃいませ」
 店員に声を掛けられて、それどころじゃなかったと思い出す。
「あの、友達が怪我しちゃって。何かで打ったらしいんで、シップとか……」
 そう店員に相談して、言われるままに冷シップと鎮痛剤、念のための包帯とを買った。
「2785円になります」
 店員がそう言って、くすっと笑う。
 3000円出したオレに、215円のおつりを渡してくれた店員は――さっきの黒づくめの客とオレが、同じ物を買ったって教えてくれた。

 そりゃ、店員のすすめるままに買ったんだから、そうなるでしょ。
 別に不思議な事じゃない。そう思ったけど、言わなかった。

(続く)

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