Season企画小説
狂おしくキミを恋う(Side A) 8
目が覚めると、目の前にダンボールの山があった。ぎょっとして身を起こすと、とんでもなく散らかった部屋にいた。
ここ、どこだ?
見覚えのあるような、ないような部屋。ロフトつきの床面積はそう狭くねーのに、無造作に積み上げられたダンボールが、かなりのスペースをを占領してる。
しっかし、このダンボール。さっさと開封して片付けりゃいいのに、要るものを要る時だけ引っ張り出して、使ったらそのままその辺に放り出してんな。
誰だ、こんな事する奴?
片付けの才能がねーんだな。
まるで………。
まるで三橋みてーだ。
そう思うと、胸がズキンと痛んだ。
「三橋……」
呼ぶともなく呟くと、部屋のドアがカチャッと開いた。
「あ、阿部君、起きた?」
三橋が黒アンダーにジャージの下はいて、濡れ髪を拭き拭き入って来る。
ドキン、と心臓が跳ねた。
信じられねー。三橋が目の前に立ってる。
いや、どうだろ、やっぱマボロシ? 目の前がぼやけて何も見えねーし。オレ、何で泣いてんのか自分でも分かんねーし。
混乱してきた。
一旦目を伏せる。震える息をできるだけ整え、言わなきゃいけねー事を考える。
覚悟を決めて、目を開けると、三橋が心配そうに覗き込んでいた。
やっぱ好きだ。こいつ。
こんなに狂おしい程、好きだ。
「三橋……」
吸い込んだ息が、ひう、と音を立てた。吐き出す息が震えてる。
「別れ話を、ちゃんとしよう」
そう言うと、何でか三橋が、少し傷ついた顔をした。
「お前の口から、ちゃんと別れの言葉、聞かねーと。オレ、きっぱり別れてやれねーんだ。迷惑だって、足枷になるって分かってっけど。ごめん。今までごめんな。拘束してごめん。オレから手ぇ放してやれねーで、ごめん。別れようって、お前の口から、お前の言葉で、はっきり聞かせてくれ。頼む。そしたらオレ、諦めきれっし、忘れられねーけど忘れるよう努力すっし、もう二度と会えねーでも……きっと前に進めっから」
三橋は、「阿部君……」と小さく呟いて、泣きそうに眉を下げた。
「迷惑とか、足枷って、何のこと? オレが阿部君にとって、足枷でしかないのは……」
「違う!」
オレは首を振った。
「オレはお前の側にいたいよ。今でも。お前がいねーとおかしくなる。毎晩お前の夢、見て……」
ああ、くそ。こんな泣きゴト言うつもりなかったのに。絶対すがらねーで、スマートに別れてやろうって思ってたのに。
何で涙が出てくんだよ?
「戻って来て欲しーよ」
何で本音が出てくんだよ?
「戻って、来いよ」
三橋は、オレに沈黙を返した。
そうか、そうだよな。
「ふ、は………」
オレはうつむいて、無理矢理笑い声を立てた。笑って「冗談だよ」って言ってやる為に。
さあ、言うぞ。冗談だって、ウソだって。別れてせいせいするって、言ってやる。
そう覚悟を決めて、顔を上げる。すると。
三橋が、目の前で泣いていた。
「三橋?」
ごめん、オレ、お前を泣かせてばかりだな。抱き締めたい。でも、もうその資格もねーんだろうな。
せめて、頭をぽんと撫でてやる。
「ひっぐ………っ」
三橋が大きく肩を揺らした。
「も、どってもいい、よっ。け、けど、一つだけ条件ある……」
盛大にしゃくりあげながら、三橋が言った。
「毎晩、一緒に、寝たいっ、んだ。前、みたいにっ。だからベッド、大きくっ、して、もうタバコ、吸わないっでっ。そ、れからっ……」
一つだけ、とか言いながら、三橋がたくさん条件をつける。
おはようとおやすみのキスしろ、とか。毎日、大学出るときにメールしろ、とか。レポート大変なとき手伝って、とか。たまには一緒に外食しよう、とか。たまには試合を見に来て、とか。たまにはキャッチボールしたい、とか。
そして最後に、こう言った。
「オレ、に、もう、心っ配、させ、ないっでっ!」
もうずっと鏡なんて見れてなかったから、分かんなかったけど。こん時のオレの顔は、ホントにマジ、ヤバイくらい、ヒドかったらしい。
「オレのせいだって、思ったよ」
後に、三橋はこう語った。
まあ、それもいい思い出になるさ。
巣山と花井に言われたこと、忘れた訳じゃねぇ。けど、あいつらなりの友情を裏切らねー為にも、心して三橋を守ろうと思う。
足枷じゃなくて、守護者でありたい。
誰よりも近くで支えたい。
願わくばこの想いが、あいつらを始め、オレ達を取り巻く全ての人に、いつか認めて貰えますように。
(終)
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