Season企画小説
吸血鬼なオレの誕生日・後編
オレの様子を見て、ハルナはますますニヤニヤ笑いながら「ふ〜ん」とか「ほ〜」とかムカつく声で言った。
「別に盗るっつってねーだろー」
とか言ってるけど信用できねーっつの。
「ちょっと貸してくれるだけでいーからよー」
って。言うと思った。お断りだ。
「こいつはオレの大事なヤツなんだ! 貸したりもしねーし、味見もさせねー。大事なんだ!」
オレは怒鳴るようにそう言って、ミハシを抱く腕に力を込めた。
ふわっと甘い匂いが鼻をくすぐり、反射でごくんとノドが鳴る。
あー、今すぐ食いてぇ。この白いうなじに咬み付いて牙を立てて、溢れる甘い血をすすりてぇ。そんでうっとりしてるこいつを押し倒し、服を剥いで……あー、くそ!
「もうお前帰れ!」
ハルナがいると何もできねぇ。
邪魔者に向かってやけくそで叫ぶと、ハルナはギャハハハと騒がしく笑った。……酔ってんな?
ほぼ空にされたワインボトルを恨めしく見る。
ミハシを酔わせて真っ赤にさせて、ぽんにょり無防備にさせるハズだったフルーツワインは、目の前のハルナをやかましいくらいに陽気にさせたみてーだ。
ウゼェ。
ミハシがオレの為に作ってくれた鳥の丸焼きも、遠慮なく引き千切ってガツガツ食ってるし。
そんで、食い終わった骨をぽいっと床に放ってるし!
ムカつく。誰が掃除すると思ってんだ!? まあ、オレじゃなくてミハシだけど……でもムカつく。
「なー、もっと酒ねーの?」
そんな勝手なコトを言うハルナの、ワイングラスはとうに空だ。
「じゃーお前、ちょっと行って買って来いよ」
って。なんでオレに言う? 普通は使用人であるミハシに言うだろ? いや、行かさねーけど。
大体、今日、オレの誕生日!
それに、ミハシのことニヤニヤ笑いながらジロジロ見やがって。オレに酒買いに行かせて、何するつもりだっつの。アブネーわ!
ハルナなんかにゃゼッテーに触らせねぇ。つか、もう見せたくもねぇ。オレのだ。
「ミハシ……」
癒しを求めて腕の中のミハシにぐりぐりと頬ずりしたら、ミハシが小さな声で「ああああアベ、君」とオレを呼んだ。
「ん? どうした?」
腕を緩めて顔を覗き込むと、スゲー真っ赤だ。ワインも飲んでねーのに可愛いヤツ。
「ああああアベ君、も、座って。け、ケーキ……」
ミハシは盛大にどもりながら、オレをハルナの向かいの席に座らせた。
視界にムカつくヤツがちらついて不愉快極まりねーけど、ミハシが言うんなら仕方ねぇ。
「ケーキ、ロウソク……」
ミハシはまだ赤い顔のままで、大きなロウソクをケーキにぶすぶす突き刺してる。シャンデリア用のだから、太い。そして長い。
直径2センチ、長さ20センチ。ケーキの厚みより長いロウソクが、何本あんのか隙間なく突き刺された様子はスゲーシュールだ。
ハルナなんかふんぞり返ってゲラゲラ笑ってる。
「火ぃ点けようぜ、火ぃ」
テンション高くそう言って、ハルナがロウソクに火を点けた。
同時に、天井のシャンデリアや壁沿いの燭台の灯りが、一斉に消される。けど、それでも煌々と明るい気がすんのは……そんだけロウソクが強力だからだ。
暗い部屋で、ケーキだけが輝いてる。
「ほら、歌うんだろ? オレ様一緒に歌ってやるよ」
ハルナがそう言って、ミハシに向かって手招きした。ミハシは「はいっ」と嬉しそうにうなずいて、てててっとヤツの側に駆け寄ってく。
あっと思った時には、もうハルナの腕が、ミハシの肩に回ってた。
「せーの」
ハルナの掛け声に、「はっぴばーすでー……」と歌い始めたのはミハシだけで。
「てめぇ!」
オレがガタンと立ち上がったのと、ロウソクがハルナに消されるのと、ほぼ同時だった。
勿論オレだって吸血鬼だから夜目が利く。
でもミハシはニンゲンだ。真っ暗な部屋の中、歌の途中で突然ロウソクを消されたミハシは、ぽかんと口を開けて固まってる。
その首筋に、ハルナがゆっくりと顔を寄せる。
きっとあの甘い匂いを嗅いでんだろうと思ったら、胸の奥がヒリついた。
素早く立ち上がって2人に飛び付きてぇけど間に合わねぇ。
「ミハシ!」
オレは大声で叫んだ。
「や、だぁーっ!」
ハッと顔を上げたミハシが、悲鳴を上げてしゃがみ込む。
そのしゃがんだ場所で、ハルナが放った鳥の骨を見付けたらしい。「やぁー」と叫びながら、ミハシがハルナに骨を投げた。
勿論、そんなんで怯むハルナじゃなかったけど、一瞬の隙はできたから。オレはそれにつけ込み、後ろからワインボトルを、ハルナの頭に振り降ろした。
ガシャン、と音を立ててボトルが割れて。ハルナは「いってー……」と文句を言いながら、バッタリと床に倒れ込んだ。
魔物はニンゲンみてーにやわくねーから、こんなんじゃ怪我だってさせらんねーって分かってたけど……意外にも、ハルナは倒れたままで起きなかった。
なけなしの良心がちくっと痛んで、「おい?」と顔を覗き込む。そしたら……。
「ちっ」
やっぱ、ワイン呑み過ぎだっつの。自業自得だ。
オレの計画を無茶苦茶にしてくれた闖入者は、床に倒れ込んだ格好のまま、いびきをかいて眠ってた。
酔っぱらい吸血鬼をそのまま外に放り捨て、玄関も厳重に戸締りしてから、やっと2人の時間になった。
可哀想に、ミハシはよっぽど怖かったのか、ガタガタ震えてる。
「あ、アベ君!」
ミハシがオレの胸に飛び込んできた。
「どうした?」
精一杯優しく訊いてやると、ミハシはぎゅうぎゅうとオレに抱き付いて。
「お、オレ、アベ君じゃなきゃ、いや、だっ」
そう言って、涙目でオレの顔を見上げた。
ドキッとした。
理性の糸が、頭の奥でぷちんと切れる音がした。
「ミハシッ」
抱き締めて、口接ける。柔らかい唇を割って舌をねじ込み、その甘い口中をたっぷりと味わう。
腕の中でミハシが小さく震えた。
「ん……」
微かな喘ぎ声を聞いて、頭の先からつま先まで、ぞくぞくと甘い痺れが走る。
食いてぇ。全部を奪いてぇ。心も体もオレのモノにして、オレ以外何も見ねーようにしてぇ。
湧き上がる独占欲に支配されるまま、オレはミハシに囁いた。
「お前を全部貰うけどいーか?」
そして、首筋に牙を突き立てた。
甘い血が口の中をぬるく満たす。舌をとろかせ、脳を痺れさせ、もっともっとと本能が欲しがる。
「イヤ」と言われても、今夜奪っちまうつもりだったけど――ミハシは無防備に上気した顔をさらして、ふにゃっと小さくうなずいた。
(終)
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