Season企画小説
吸血鬼なオレの誕生日・中編
まずはいい気分にさせてやろうと思って、甘いワインを手に入れた。
人間界産のフルーツワイン。
「どんな女もイチコロですぜ」
酒屋の店主が、1つ目を妖しく細めてニヤッと笑った。
モノにしてーのは女じゃねーんだけど、と心の中だけで思いつつ、代金を払って店を出る。
まあ、血を吸った後のあのぽーっとした顔見りゃ、「お前が欲しい」とか言ってやるだけで十分かもって気もすっけど。でも、不確定な勝負なんかしたくねーしな。
準備は、し過ぎるくらいでちょうどいい。
ワインの包みを抱えて城までの夜道を歩いてると、ふいに後ろから「タカヤじゃん」と声を掛けられた。
嫌な予感に顔をしかめつつ振り返る。
そこに立ってんのは、真っ赤な裏地の黒マントをキザったらしくなびかせた、背の高い吸血鬼の男だった。
残念なことに知り合いだ。吸血鬼仲間のハルナ。魔物だからってのを差し引いても、超オレ様な性格なヤツ。
厚顔無恥で鉄面皮。オレ様の物はオレの物、お前の物もオレの物。冷蔵庫にプリンがあったら、名前書いてても食べるヤツ!
「何買ったんだよ?」
とか訊いて来んなっつの。物欲しそうにこっち見るんじゃねぇ!
「ただのワインっスよ」
オレは素っ気なくそう言って、ワインの包みをハルナから隠した。
そのハルナはっつーと、「へー」と興味深そうに相槌を打ちながら、イヤな感じに笑ってる。
「そういやお前、誕生日じゃねーの? ひとりじゃ寂しーだろー? オレ様が祝いに行ってやるよ」
って、言うと思った。ノーサンキューだ。
どうせ手ぶらで来て、さんざん食い散らかして、ついでに暴れて、更に土産だとか言って何か持って帰るつもりに違いねぇ。
そうはさせるかっつの。
それにあいにく、ひとりじゃねーしな。
けど、そんなコトは口が裂けても言えねぇ。オレんちでニンゲン雇ってるとか、大事にエサにしてるとか、今夜モノにしちまうつもりだとか……バレたら絶対横取りしようとするに決まってるし。
冗談じゃねぇ、ミハシはオレのだ。あの甘い血も、甘い声も、白い肌も、全部オレのだ。
「いや、せっかくっスけど、パーティーとかしねーっスから」
オレはハルナにきっぱりとそう言って、これ以上何も言われねーうちに、そそくさと城に戻った。
そして、ヤツが勝手に入って来られねーよう、城中の窓という窓を全部締めた。何しろ吸血鬼ってのは、コウモリに変身してよそんちに侵入すんのが定番だかんな。
ミハシがてててーっと走って来たのは、ようやく一息ついた頃だ。
「アベ君、お帰りー」
そう言ってオレを見上げ、ふひっと笑う。スゲー可愛い。スゲー美味そう。
しかも何だこれ、スゲーいい匂い!
「ミハシっ!」
思わず抱き付いて、でも血を吸うのはクライマックスの時までとっときてーから、代わりに白い首筋をベロリと舐める。
そのままくんくん匂いを嗅ぎながら「美味そう」と呟いたら、ミハシが嬉しそうに笑った。
「う、うん、ケーキ、だよっ」
どうやらオレの為にケーキを焼いてくれたらしい。人間界の誕生日には欠かせないんだそうだ。可愛いヤツ。
オレは甘い血は好きだけど、ケーキみてーな甘いモンはそんな好きじゃねぇ。でも、ミハシが作ってくれたんなら食う。つーか、ミハシごと食う。
他にもミハシは色んな料理を作ってくれてたらしい。
「鳥の丸焼き、と、ミートパイ、と、た、卵スープ……」
と、指折り数えて作った料理教えてくれんの、スゲー可愛い。
魔界に迷い込んで以来、魔界食堂でずっと働いてたってだけあって、ミハシの料理の腕は確かだ。まあ、多少庶民的ではあるけどな。
「おし、じゃあワインも買って来たし。料理が冷めねー内に食おうぜ」
もっとも、オレのメインディッシュはお前だけど。……と、心の中だけで呟いて、オレはミハシの肩を抱いた。
けど――そうして仲良く向かったダイニングで、オレは驚きのあまり絶句した。
「よー、タカヤ。先やってんぞ」
テーブルの上座にドカッと座り、遠慮なく飲み食いしてるのは、ついさっき別れたばかりの招かれざる吸血鬼・ハルナだ。
「ウソだろ……」
目を剥いて思わずぽつりと呟く。
だって有り得ねー。窓という窓は全部閉めて、雨戸まで閉めてやったんだから。これで勝手に入れる訳ねーのに、なんでココにいる!?
ぽかんと口を開けて驚いてたら、オレの隣でミハシが言った。
「あ、そうだ。アベ君、お客さんです、よー」
そんなセリフに振り向けば、にこにこと無邪気にミハシが笑ってる。
「……は?」
お客さん?
バカか。「お客さん」っつーのは来て貰って嬉しい相手だ。ハルナは違う。断じて違う。
こいつはただの闖入者だ。
訊けば、どうやら、オレが城中の窓という窓を閉めて回ってる隙に、ヤツは堂々と玄関から呼び鈴鳴らして来たらしい。
有り得ねー。
つーか、ミハシもミハシだ。なんで家主のオレに黙って、こんな胡散臭ぇ魔物を招き入れるんだ? ここは誰でもウェルカムな魔界食堂じゃねーっつの!
あー、しかし、「誰も入れるな」とは確かに言いつけてなかったし、油断したオレが悪ぃーのかも?
眉をしかめてちっと舌打ちしたオレに、ハルナが言った。ニヤニヤ笑って、ワイングラスを掲げながら。
「ハッピーバースディ!」
そのワインは勿論――オレがミハシを酔わせようと、わざわざ取り寄せたワインだった。
「ああっ、てめっ!」
慌てて奪い取ったけど、もう中身はほとんど空になっている。呑み過ぎだ! っつーか、呑むペースが早過ぎだ!
「あっめぇなー、このワイン」
とか文句言うなら一口でやめとけっつの!
傍若無人ぶりを遠慮なく発動しながら、次にハルナは大きな肉料理フォークを持って、バースデーケーキに突き立てた。
それに「あ、ダメっ」と待ったをかけたのはミハシだ。
「まだ『ハッピーバースディ』、して、ない、です」
そう言って、ロウソクをごそっと用意してる。
それシャンデリア用のロウソクだろ、とは言う暇がなかった。
「おいおいタカヤ、この可愛いのなんだー?」
ハルナがニヤニヤ笑いながら、ミハシの柔らかな頭を撫でる。
「も、元・ミイラです」
ミハシがバカ正直に答えた。
いや、答えなくても分かるだろう。オレにだって分かったんだから、ハルナにだってバレてんだろう。――こいつがニンゲンのガキだって。
けど、こればっかりは、ワインや料理みてーに味見させる訳にはいかねー。
「オレのっスから!」
オレはキッパリとそう言って、ミハシをギュッと抱き寄せた。
(続く)
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