Season企画小説
ポッキー (ポッキーの日記念・大学生・片想い)
2次会の会場は幹事の花井君の行きつけだっていう、広くて薄暗いバーだった。
大学3年の夏、高校卒業して初めての同窓会。
1次会がホテルのビュッフェだったから、大体みんなスーツ姿だ。
大して知り合いもいないのに、自主的に離脱もできなくて。1次会からなんとなく、流されるまま来てしまった。
「貸し切りだから、適当に座って」
花井君がそう言って、みんなそれぞれ適当な場所に、適当に散らばって座って行く。
オレは邪魔にならないよう、端っこに近い丸テーブルにそっと座った。
4人掛けで、お酒のボトルと氷と水差し、そして氷水にさしたポッキーがテーブルの上に置いてある。
これはウィスキーかな、ブランデーかな? 飲み会と言えば居酒屋でビール、っていうのが定番だから、洋酒なんて全く分からない。
バーに来たのも初めてで、勝手が分からなくてあわあわする。
そうしてる内に、みんな大体席についたみたいだ。
オレのテーブルには他に誰も座って来なくて、ホッとした反面、ちょっと気まずい。
顔見知りはちらほらいるけど、特別仲良かったって感じでもないし。
花井君はっていうと、総幹事なんて大変そうだし、オレからあっちに行くのもちょっと……。
や、野球部の人は他にいなかった、かな? 店内は広くて薄暗くて、人も多いから、よく探せない。
田島君が来れないなら、オレもいっそ来なきゃよかった。なんて、今更悔やんでも遅い、けど。
せめて目立たないよう、大人しくしてよう。そう思ってぼうっとしてたら、花井君が大声で言った。
「みんな、グラスの用意はできたかー? まだの人は早く用意しろよー」
え、え、グラスって?
周りを見れば、みんなもうそれぞれお酒の入ったグラスを持ってて、それを高く掲げてる。
え、え、乾杯?
慌ててテーブルを見ると、確かに空のグラスがあって。ああ、セルフサービスで作るようになってるんだ……って、ようやく気付いた。メニューもある。
ぼうっとしてないで、さっさと注文するか、自分で作らなきゃいけなかったみたい。
もたもたとグラスを起こし、もたもたと洋酒の封を切ってると、「できたかー?」って言いながら花井君がこっちに来た。
「ほら、貸してみろ。薄め? 濃いめ?」
花井君はせかせかと言って、グラスに氷を入れてくれた。そして、封を切った洋酒を1センチくらいまで入れて、その上から水を足す。
透明なガラスのマドラーでカランとかき回し、グラスをオレに渡して、花井君が立ち上がった。
「あ、あり……」
オレが言いかけた「ありがとう」は、花井君の乾杯の音頭にかき消える。
「お待たせしました! じゃあ全員揃ったところで、乾杯!」
「乾杯!」
フロア中に、全員分の乾杯が響く。
花井君が、オレのグラスにカチンと自分のグラスを合わせた。
「カウンターまで行って、好きなの注文してもいーからな?」
それだけ言って、花井君は忙しそうにみんなの方に戻って行く。
オレはひとりテーブルに残されて、仕方なくちびちびとお酒を飲みながら、メニューを眺めたりフロアの様子を眺めたりした。
手持ち無沙汰に、氷水にさされたポッキーをつつく。
これ、おつまみなのか、な? ポッキー・オン・ザ・ロックっていうんだっけ? 食べていいのかな?
誰か食べてないかなって、ぐるっと周りを見回してみたけど、みんな談笑したりカラオケしたりで、飲み食いしてる人はそういない。
ふう、と視線をテーブルに戻して……居心地悪いな、って改めて思う。
ポッキーは諦めて、お酒のお代わり飲もう、かな。
氷の溶けたグラスに氷を足して、花井君の手順を思い出しながら、洋酒をゆっくりグラスに注ぐ。
と、オレの前に、空のグラスがストンと置かれた。
「オレにも作ってよ、三橋」
聞き覚えのある声。
えっ、と思うより早く、ドスンと向かいのイスに誰かが座る。
ドキンと心臓が跳ねた。
――阿部君だった。
真っ黒なスーツに、明るい色のネクタイがよく似合ってる。
なんで阿部君が、オレに? 久し振りに会ったから?
断ることもできなくてギクシャクとグラスに氷を入れたら、カランと高い音がした。
『薄め? 濃いめ?』
花井君に訊かれた通りに口を開こうとしたんだけど、どうしても言葉が出て来ない。
オレ、緊張してる。
洋酒のビンを持つ手が震えて、それに気付いた阿部君が、困ったようにふふっと笑った。
グサッときた。
高校時代、野球部でバッテリーを組んでた阿部君とは、卒業式以来会ってなかった。
正確には卒業式の後、告白してフラれて以来。
あの時、きっぱりオレを拒絶したくせに――何事も無かった風で、声をかけて来るなんて。
気まずがってたのはオレだけ?
時間が経てば、友達に戻れるとか思ってる?
気にしてないってアピールのつもりかな?
――でもオレの気持ちは、水で薄まったりしないんだよ、阿部君。
ぎこちなくお酒を注いだ後、水差しの水をぎこちなく足す。
でも、かき混ぜようとしたら、マドラーがないのに気が付いた。
あれ、花井君さっき、どこ置いた?
なるべくキョドリを見せないようにテーブル上を見回してたら、阿部君がにゅっと手を伸ばして来てギョッとした。
「いーよ、これで」
阿部君はそう言ってポッキーを1本つまみ、マドラー代わりにして水割りをかき混ぜた。
カラカラと氷が鳴る。
「ほら、お前のも」
そんなさり気ない言葉と共に、オレのグラスに阿部君が触れる。
何しに来たの? 阿部君、一体何がしたいの?
オレは? ここに何しに来たの?
薄暗くて広いフロア。オレひとりだけ座るテーブル。
顔見知りはいるけど、輪の中には入れなくて。
気まずくて。
失恋した相手は、一方的に声をかけて来て。一方的に向かいに座って、また一方的に。
「なあ、まだオレのコト、好きか?」
そんな残酷な質問をする。
もう好きじゃない、ってウソでも言えればよかったのに。
オレは絶句して、カーッと赤面して。肯定したも同然じゃないか。
ははっ、と阿部君が笑う。
ますます胸が痛い。もうやだ、帰りたい。2次会なんか来るんじゃなかった。
「ほら」
マドラー代わりのポッキーが、口元に差し出される。
食べろってコト? このまま?
もう喜んでいいのか、罰ゲームなのか、自分でもよく分からない。
やけくそのように口に含むと、ポッキーはキンキンに冷えていて、ほんのりお酒の味がした。
噛み砕く度に、パキン、カキンと高い音が耳に響く。
胸が痛くて、涙が出た。
思わず目を閉じると、阿部君の気配がスッと動く。
えっ、どこ行くの? 行かないで!
そう思った瞬間――唇に、ふにっと柔らかいモノが押し当てられた。
ハッと目を開けると、阿部君の顔が間近にある!?
え、何、キス、してる、の?
「えっ……」
驚いて開けた口の中に、するっと差し込まれるぬるい舌。でも、それは一瞬で。
「甘ぇ」
笑ってべろりと阿部君が出した舌に、ポッキーの破片が乗っていた。
何のつもりなの、とか。
どういう意味、とか。
ここ、みんないるんだよ、とか。言いたいことはいっぱいあったけど……。
もう1本唇にポッキーを差し込まれ、その冷たさと固さと甘さとほろ苦さが、阿部君みたいだなって思って。
そしたら、カキンと噛み砕く度に、涙が出た。
(終)
[次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!