Season企画小説
1枚ずつの招待券・後編
泉が何を知ってるのか、何を考えてるのか、オレには良く分からない。けど。
「泉、そんな話、後でいーだろ」
責めるように言った花井に、オレもやっぱり賛成したい。
だって、せっかくの内野席1階だよ? 三橋はオレ達に、野球を見て欲しいんじゃないのかな?
ああ、ほら。周りの観客が「おおー」とどよめいた。
ウグイス嬢のアナウンス。
集中してなくて、周りもうるさくて、何を言ったか聞き逃した。
「えっ、今、交代って言った?」
水谷の問いに、誰も答えない。皆が聞き逃してた。泉に――注目してた。
泉が意地悪そうに、ニヤリと笑う。
オレはグラウンドを見て、泉を見て、オーロラビジョンを見た。
ベンチ入りしてる投手は、確か7人くらいいたハズだ。だから、次に三橋が出るとは限らない。限らないけど、昨日も一昨日も出てないんだからチャンスはある。
チャンスはある。
こんな時三橋は……三橋なら。オレ達に見てて欲しいんじゃないのかな? いや、オレ達よりも、むしろ。
「阿部に見てて欲しんじゃないのかな、三橋?」
ぽつりと言うと、皆がオレの方を見た。オレはもう1度言った。
「阿部がここにいないの、おかしくない?」
泉の視線は鋭いままだけど、怯まずに、思ったままのことを言う。
「2年も経ってこんなこと言うのおかしいかも知んないよ。でも、恋人に戻れなくってもさ。三橋はやっぱり、頑張ってる姿、1番阿部に見て貰いたいんじゃない?」
それは、ただの理想の押しつけなのかも知れない。でも。
オレ達がここにこうして、こんなに集まってるってのに。阿部1人がいないなんて、やっぱりおかしいと思うんだ。
いや、田島だっていないけど、それは別として。
だから。
「もし、三橋があいつを呼べないなら。阿部が呼ばれても来れないなら。オレは……できる限り手助けして、橋渡しして、2人の味方になってやりたいと思うよ。今度こそ」
今度こそ。
オレはそう言い切って、ぐるっと皆を見回した。
誰も何も言わなかったけど、目の前で、沖がこくりとうなずいた。西広も。
「オレ、三橋の手紙見てさ。阿部とまたやり直すって話、聞けるんじゃないかなーって思ったんだ」
オレの言葉に、水谷が「オレも〜」って、ゆるーく同意した。
「それをさ、認めて欲しいって。今度こそ認めて欲しいって。そんな話されるんじゃないかって、期待してる」
ホントに期待してるんだ。もう1度、チャンスをくれるんじゃないかって。あいつらと、もっかい向き合うチャンス。
と、そう思ってたのはオレだけじゃないみたいで。
「あー、まあな」
花井が言って、横で巣山もうなずいてた。
意見が合って、嬉しくて笑える。
だってさ、無理解は辛いでしょ。した方もされた方も、きっと後悔する。オレはした。
2年前から、ずっと後悔してるんだ。なんであの時、「オレは味方だよ」って言ってやれなかったのか。相談相手になってやれなかったのか。
今でもハッキリと覚えてる。2年前の阿部との電話。
もうあいつに、『別れて良かったと思ってんだろ』なんて、そんな言葉言わせたくない。
ゴメンなんて、謝りたくない。
あんな後悔するくらいなら、一緒に汚れるの覚悟して、2人を抱き締めた方がいいでしょ?
「じゃあ、あいつらが以前みたいに付き合ってても、ちゃんと認めてやれんのか?」
泉の問いに、オレは目を合わせて、しっかりうなずいた。
「やるよ! もうオレ、後悔したくないもん。皆がどうでも、オレは味方になりたいよ!」
「……皆がどうでもって言うなよなー」
オレの横で、花井が言った。
「そうだな、認めるぐらいはな」
巣山もぼそっとそう言った。
ねぇ、それって同意ってコト?
オレが2人に訊く前に、それまで横で黙ってた浜田さんが、「はははっ」って笑った。
えっと思って泉の顔を見ると、泉もニヤッと笑ってる。そして、前に向き直って――。
ガン!
いきなり、前の席に座ってる人の頭を、音がしそうなくらい乱暴に殴った。殴られた人の頭から、三橋のチームのキャップが落ちる。
「わーっ、泉ぃっ!」
横に座ってた水谷が悲鳴を上げた。沖も。オレも。だって、全然関係ない人じゃない?
マジビビっちゃった。花井も胃の辺りを抑えてる。
けど、もっとビックリしたのは、泉がその人に向かってこう言った時だ。
「だってよ、阿部」
……阿部?
え、阿部って言った? 今?
キャップの落ちた頭を見ると、見覚えのある堅そうな黒髪で。
聞き覚えのある低い声で。
「さっきからウルセーぞ、お前ら。球場に来たら、試合見ろ」
「試合見ろって……」
誰の話してたと思ってんだよ、なんて。反論する間もなく、大音量で退場音楽が流れて来た。
いつの間にか、選手交代を表すアニメーションが始まってる。
向かい側の応援団が、喜びの歌を歌ってる。
オーロラビジョンに、引き続き映し出されたのは……2番手に投げる投手の姿。
三橋廉。背番号21。右投げ左打ち。身長、体重。
そんな紹介データと共に、投げてる姿やバストアップの映像が流れてる。
「三橋だ……」
興奮でゾクゾクする。 かつてのチームメイトが、今からほら、マウンドに立つ。
「皆さー、プロになってからの三橋の試合、1回も見に来てなかったんだってー?」
オレの隣で、浜田さんが言った。前を向いたままぼそっと、ゆるく。
それは全然責めてる口調じゃなくて、何もかも知った上での単なる確認で。でも、だから余計に胸にしみた。
「これからはさー、見に来てやってよー?」
皆が無言でうなずいたのが分かった。前を向いたままだけど。
それだけを言う為に、この人はここに来たのかも知れない。何となくだけど、そんな気がした。
三橋はスッキリと背筋を伸ばして、マウンドの上に立っていた。
スパイクで足元を慣らし、キャッチャーと何やら話した後、1つ小さくうなずいてる。
そして……こっちに顔を向けた。
ドキッとした。この距離から、まさかオレ達の顔、分かる訳ない。分かる訳ないと思うのに。
阿部が、ひょいっと右手を上げた。
それに応じるように、三橋も小さく右手を上げた。そして毅然と前を向く。
……今の、何?
4回の裏、ツーアウト2塁。
たった2球であっさりと打者を打ち取って、駆け足でホームへ戻る時――三橋はまた、こちらに顔を向けた。
阿部がまたひょいっと手を振って、三橋がまた小さく返した。
……ああ、元に戻ってる。
「阿部、おめでとう!」
嬉しくて思わずそう言うと、阿部はこっちを振り向き、ニヤッと笑ってオレに言った。
「おめでとうはお前だろ」
相変わらずの不敵な笑み。ああ、こっちも元に戻ってる。
皆から、改めての「おめでとう」を貰いながら、オレは三橋に感謝した。
一生忘れられない誕生日になりそうだった。
(終)
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