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Season企画小説
1枚ずつの招待券・中編
 試合は、2回の表に三橋のチームが1点入れたきり、しばらく1−0のままが続いた。
 せっかくの1階内野席なのに、オレは試合に集中できなかった。外野席からの応援の音が響く中、買った弁当を食べながら、旧友たちの会話を聞くともなしに聞いていた。
 大学を出て就職して、3年目の6月。
 皆それぞれ頑張ってるようで、忙しいとか仕事に慣れたとか、そんな話を交わしていた。
 皆やっぱり、それぞれを避けるように、互いに連絡取ってなかったみたいだ。なのに、いざ会っちゃえば話が弾むんだから、単純で皮肉なもんだよね。

「三橋と田島が元気なのは、分かってたけどね〜」
 前の席に座る水谷が、のんびりと言った。
「まあな、特に田島はな」
 花井の言葉に、オレも笑って同意する。
 ネットでちょっと調べれば、三橋の活躍や元気そうな姿を垣間見ることはできたけど。田島はそれ以前に、そもそもメディアでの露出が多かった。
 野球での活躍や、バラエティ番組なんかへの出場だけじゃなくて……週刊誌のスクープ記事も、呆れるほどによく見かけた。
「あれだろ、『夜の盗塁王』」
 巣山がぼそっと言って、皆が笑った。

 そんなバカな話をしてる内に、もう一人来た。西広だ。
「うわー、なにこれ、どうしたの皆!?」
 スーツにネクタイ姿のオレ達とは違い、西広は1人だけポロシャツにジーンズだ。理系の大学で、今年博士課程に進んだらしい。
「へー、皆スーツだと5割増し格好よく見えるよー」
 にこやかに軽口を言いながら、西広は沖の向こう側に座った。
 あと2人だ。もし全部同期で埋まるとしたら、残りは田島と、泉と、阿部――。

 オレの考えを読んだみたいに、西広が明るい声で言った。
「もしかして全員来るのかな? あと誰来てないの? 泉と……田島と?」
「田島が来る訳ねーだろ。あいつも交流戦で今、九州3連戦だぞ」
 花井が笑いながら言った。
「そっかー、さすがの田島も来れないかー」
「いや田島なら、根性で来そうな気がするけどね」
 皆が冗談言い合って笑ってるのを、オレは隣でぼんやりと聞いた。
 田島が来れないと分かってるなら、じゃあ後は、泉と阿部? 阿部? 阿部が来るの?
 どんな顔で?

「西広もやっぱ、封筒来たんだ?」
 沖の質問に、西広は「そうそう」とうなずいてる。
「どしたのかと思ってメールしたけど、返事帰って来なくてさー。話したいことあるって書いてたから、もし内密な相談とかだったらと思うと、誰かに言っちゃうのも気が引けて」
 西広は、オレが思ったのと同じことを口にした。
「でも、皆来てるんだったら、誰かに言えばよかったね」
 どうやら、皆同じ考えだったらしい。うんうんと黙ってうなずいてる。

「え〜、オレは迷わず花井に連絡しちゃったよ〜」
 水谷が、のほんと言った。けど、それも彼らしいと思う。大体、三橋からの手紙には「誰にも内緒で」なんて書かれていなかったし。
「だってさ〜、阿部に訊くのもどうかって思うじゃん?」
「まーな。ところで……」
 水谷の言葉に短く同意して、花井が思い出したようにオレ達に訊いた。
「こん中で誰かさー、阿部と連絡取ってるヤツ、いる?」

 すると、皆がなぜかオレを見た。
「栄口は?」
 花井に訊かれて首を振る。
 えっ、オレってそんなポジション? 阿部と……1番連絡してそうなの、オレ? 花井や水谷じゃなくて? オレ?
 でも、オレは……。
 オレが知ってるのは。三橋と別れた後、阿部が2人で住んでた部屋を出て、実家に帰ったらしいって事だけだ。
 1度心配で電話したら、『ホッとしたくせに』って言われた。
『お前ら賛成してなかったもんなー? 別れて良かったと思ってんだろー!?』
 叩きつけるように言われて、言葉も無くて、「ゴメン」って言って電話を切って。それっきりだ。
 それっきり、オレは――。


 どわっと周囲がざわめいて、オレはハッと顔を上げた。周りを見回すと、皆前を向いて、試合に注目してる。
 4回の裏、敵の攻撃。
 さっきまで1−0だったスコアボードが、1−3に変わってた。ツーアウト、ランナー2塁。
「うわー、見逃した」
 花井がぼそっと呟いた。
 先発投手の立つマウンドに、捕手が駆け寄って話をしてる。その光景は――三橋と阿部を思い出す。
 こんな時、あの2人のバッテリーなら、まだまだふんばるんだろうけど。でも、これは高校野球の試合じゃないし、投手はベンチに何人もいるし……。

「そろそろ三橋の出番かな」
 聞き覚えのある声が後ろからして、オレはハッと振り向いた。
「おっ前……」
 花井が絶句する。
 泉だ。浜田さんもいる。2人ともラフな格好で、「よー」と手を上げ、ニヤッと笑みを浮かべてる。

 オレは、こっそり絶望した。
 阿部じゃなかった。オレの横の空席を埋めるのは、阿部じゃなくて浜田さんだった。
「はー、間に合ったー」
 浜田さんは大きくため息をついて、オレの横にドサッと座った。
「久し振りー、皆ぁ。あ、栄口、誕生日おめでとうー」
 水谷に負けず劣らずのゆるい口調で祝われて、オレは強張った顔に笑みを浮かべ、「はあ、どうも」と頭を下げた。

 座るなり、泉がくるっと振り向いた。
「今のうちに訊いとくけどさ。お前ら、三橋のコト、どう思ってる?」
 突然の質問に、花井が「はあ?」と訊き返した。
「どうって。何で今?」
 そう、文句を言いたい気も分かる。
 だって、見てなかったけど3点取られて、ピッチャー交代するかどうかのタイミングじゃない?
 グラウンドにもオーロラビジョンにも、今、皆が注目してる。

 なのに。
 今じゃなきゃダメなのかな? 三橋の出る前に、彼を応援する前に、訊いておきたいってことなのかな?
 泉は不敵な笑顔で、オレ達をじろりと見回した。

「あいつが、お前らにしたい話って、何だと思う?」

 もしかして、泉は色々知ってんのかな? 浜田さんも一緒なんだから、知ってるって思っていいのかな?
「お前は何か知ってんのか?」
 花井の言葉に、泉はくっと眉を寄せて、「訊いてんのはオレだぜ」と唇を歪めた。

(続く)

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