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Season企画小説
1枚ずつの招待券・前編 (2012栄口誕)
 ホームへの階段を駆け上がると、丁度発車メロディが鳴り始めたとこだった。
 ビジネスバッグを小脇に抱え、ホームを突っ走って電車に飛び込む。スライディング……なんて訳にもいかないから、普通に駆け込んだだけだけど。
「はあー」
 ため息をつき、ネクタイを緩めて腕時計を見る。午後6時ちょっと過ぎ。
 もう試合は始まってる。
 いくら誕生日だからったって、金曜日の夕方に定刻通り退社なんかできるハズないから、これでも精一杯の早上がりだ。

 ただ――「あいつ」は先発じゃなかったから、まだ投げてないだろうな。
 スーツのポケットに入れた封筒を、ちょっと触って確認する。その封筒には、今日の交流戦のチケットが入ってる。
 栄口君へ。懐かしい気弱そうな字で、招待券を送ってくれたのは、高校時代のチームメイトだ。
 三橋廉。
 大学卒業して、関東のチームにドラフト入りした3年目の投手。
 今年やっと1軍にに定着し始めたから、知名度はまだまだだけど。でも、ドラフトで指名を貰えること自体スゴイんだから、全力で応援したいと思ってる。

 初めて会った頃の三橋は、卑屈で気弱で視線の合わないヤツだった。
 けど高校3年間をかけて、捕手の阿部やキャプテンの花井、それにオレや皆と一緒に戦って、立派なエースへと成長したんだ。
 主に恋愛面で、オレ達チームメイト一同、いっぱい心配させられたけど……今となっては懐かしく思う。

 だってやっぱり、三橋と――その恋人だった阿部がいてこその、チームだったし。あのバッテリーあってこその、オレ達だったんだ。
 そのことを、2人が別れてから思い知るなんて、ホントにバカだ。
 多分、他の皆も同じ考えなんじゃないかな。その証拠に、あいつらが別れて以来、1度も皆で集まってないんだ。
 まあ、無理もないけどね。
 阿部は三橋が来るなら欠席だろうし。三橋だって同じだろうし。どちらかが欠けるの前提でなんて、あの花井が何とも思わない訳ないもんね。

 今更言っても仕方ないけど。こんなことなら、応援しておけばよかった。
 三橋の活躍だけじゃなくて、あいつらの未来を。
 皆で。
 肯定しておけばよかったんだ――。


 目的の駅が近付いて、オレは混み混みの車内を「すみませーん」と言いながら移動した。
 停車時間は短いし。出口付近にいないと、降りそびれるんじゃないかって、やっぱ不安で。
 そうして降り口付近に陣取ってても、乗客の頭越しに夕暮れの車窓を覗いてると、やっぱ少しずつ気が逸る。
 電車がホームに入ってから、完全に停まってドアが開くまでの間を、すごく長く感じるのは気のせい?
 緊張してんのかな? ちょっとお腹痛い気がする。
 自分の試合でもないのに、おかしいよね。

 でも仕方ないよ。だって、2年ぶりだし。
 三橋が阿部と別れてから、オレもずっと三橋に会ってなかったんだ。
 同じプロに進んだ田島とか、家族ぐるみで仲良かった浜田さんとは、まだ連絡取り合ってるらしいけど。それ以外は……多分、花井も含めて、誰とも会ってないんじゃないかな?
 まあね、気持ちも分かるんだ。
 三橋にしてみれば、オレらの顔見ればイヤでも阿部のコト思い出すだろうし。
 それにオレらの方だって、阿部のいないとこで三橋に会ったり、三橋のいないとこで阿部に会ったりすんの、イヤだった。

――できたら見に来て下さい。後で話もしたいです。
 そんな手紙を添えて、三橋が送ってくれたチケットは、1枚だけだった。
 ペアじゃないんだ、って思ったけど、でも、そんなこと言えない。
 三橋だって、もうペアじゃなくなった訳だし。
 まあ、どっちにしろ今、オレ恋人いないしね。下手に2枚だと、誰か誘いたくなっちゃうから1枚でいいんだ。
 それに、話がしたいって言うなら。やっぱり、部外者はいない方がいい。何の話かは知らないけど。


 野球人気は下火だっていうけど、駅を降りて球場に近付くと、けっこう人だかりができていた。
 オレはポケットの封筒からチケットを取り出して、まずゲートを確認した。
 23番ゲート3塁側、33番通路……。
 中央メインゲートを眺めながら左に歩き、次のゲートの方に向かう。

 球場の中に入ると、通路にまで熱気が充満してた。
 久し振りの空気に緊張する。
 オレはまずトイレに行って、それから売店で弁当とお茶を買って、それからゆっくりと座席に向かった。
 階段を上がってスタンドに出ると、平日だっていうのに、もう席は埋まりかけていた。
 こうして見ると、すごくグラウンドが近い。
 内野の1階席指定席なんて、こんな風に招待でもしてくれないと、なかなか座る機会がない。

 三橋はまだ投げてないみたいだ。スコアボードに三橋の名前は無い。
 といっても、まだ2回の表だし。こんな早くに出番が来たら、それはそれで困るけど。
 チケットの席番号とシートを見比べながら、ゆっくり自分の席を探す。
 47列目っていったら、1階席の1番後ろみたいだ。それの162……は。

「あ……」

 と、とっさに声が出た。
 びっくりし過ぎて、抱えてた弁当、落とすとこだった。
「ウソ……」
 それ以外、言葉もない。
 だって、オレの席の周りに、知った顔ばかりが並んでたんだ。
 4人も。
 花井、巣山、水谷、沖。皆、三橋やオレの、かつてのチームメイトばかりだった。

 震える足で1歩近付くと「よー、遅いぞ」と手を振られた。
「久し振り〜、元気だった〜?」
 前の席に座ってた水谷が立ち上がり、オレのところまでたたっと来た。そして、オレから弁当を奪い取り、「座って座って〜」と背中を押す。
「誕生日おめでとう」
「よー栄口、久し振りだな」
 オレの席の左隣に座っていたのは、髪を伸ばした花井で。その更に隣では、巣山がもうビールを呑んでいる。

「どうしたの、皆?」
 そう訊くと、やっぱりオレと同じで、三橋からチケットが来たらしい。同じように、話がしたいって手紙を添えて。
 なんだろう? どう表現していいのかよく分からないけど、ドキドキした。
 三橋と阿部が別れて以来、2年間1度も会ってなかったオレ達が、こんな場所に、三橋に呼ばれて5人もこうして集まってる。

 オレは、オレの右隣の空席に手を当てて、花井に訊いた。
「まだ誰か来るのかな?」
 空いてる席は、ここを入れてあと3つ。
 あと3人――誰が来る?
 誰が来ない?

 阿部は、来るのだろうか?

 はやる気持ちを懸命に抑えて、ストローで薄い烏龍茶を飲む。
 目の前のマウンドにはまだ、三橋が立つような気配はなかった。

(続く)

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