Season企画小説
ヘルメスの下で・中編
ホテルに大きなトランクを預けた後、チェックインの時間まで、少し観光した。
といっても、オレだってそんな観光地に詳しい訳じゃないし。ベタで悪いけど、バッテリーパーク行って、フェリー乗って、自由の女神を見に行った。
バッテリーパークを選んだのは……別に、何か理由付けしようとか思ってのことじゃない。
単に、自由の女神見るならここだな、と思っただけで。
けど、バカげた格好のパフォーマーたちを見て、2人が「ふひっ」とか「ははっ」とか、ちょっと笑ってくれて良かったと思う。
息抜きして欲しい。楽しんで欲しい。
だってさ、新婚旅行でしょ?
パフォーマーをひやかしながら、芝生や高い木々の間を抜けて、オレ達はゆっくりとフェリー乗り場に向かった。
海沿いの遊歩道を歩きながら、三橋がふと呟いた。
「空が広い、ね」
つられて空を見上げると、「そうだな」と阿部の返事が聞こえた。聞いた事の無い穏やかな声だったから、ちょっとびっくりした。
振り向くと、2人は並んで空を見てた。
まだ、やっぱり「友達の距離」だったけど。それでもちゃんと、カップルだった。
彼らがいつから付き合っていたのか、オレは知らない。同じ学校でも同じ学年でもなかったのだから、まあそんなものだろう。
ただ……どちらかに結婚話があったとは聞いている。
略奪恋愛なんて、オレはカッコイイと思うけど。
だから、日本に味方がいなくても、ここにはいるって知ってて欲しい。いつでも気軽に来て欲しい。
ヘルメスがふさわしいって思うのは、そんなとこだ。神の加護を祈るのも。
オレはまた2人の写真を撮った。
1枚はこっそりと。2枚目は「撮るよ」と言って。 海と空をバックにして、友達の距離の彼らは眩しそうに笑っていた。
午後からは、ちょっと買い物したいと言われたので、メイシーズに行った。ホテルから近いし。
考えてみれば、今は平日だ。仕事休んで来てるんだろうから、そりゃお土産必要だよね。
阿部は即断即決だったけど、三橋はぐるぐると店を何件も回り、すっごい時間かけて結局選べなくて、阿部に「いい加減にしろ」って怒られてた。
朝から何時間も一緒だったせいか、ケンカというより、イチャついてるようにしかもう見えない。
ああ、でも……少し離れて眺めると、少しは距離が縮まっただろうか?
それとも、そうであって欲しいって願望かな?
ホテルまで2人の荷物持ちをして、チェックインまで見届けてから、一旦解散することにした。
「夕方まで、ちょっと休んだ方がいいよ」
オレがそう言うと、阿部も「そうですね」とうなずいた。
何しろ、日本はとっくに真夜中だ。
時差は13時間。およそだけど、フライト時間も13時間。機内で寝たとしても、夜に榛名に付き合うコト考えたら、今休んだ方がいい。
「榛名さん、はっ?」
別れ際、三橋に訊かれて、「そろそろ起きてると思うけどねー」と時計を見た。
午後3時、ちょっと過ぎ。
夜中の2時に電話があったけど、多分あの時、ようやく帰宅した後だったんだろうと思う。
榛名に限らず、シーズン中のメジャーリーガーはかなり多忙だ。
シーズン期間は日本のプロ野球とそう変わりないけど、試合日数はかなり多い。休みは20日間くらいしかないのに、その中には移動も含まれるから大変だ。
一言で移動と言っても、国土が広ければその距離もハンパ無い。
チャーター機で移動するのだって、珍しくないし。
極端な例で言うと、西海岸まで試合に行ったりもする。同じ合衆国内で、時差3時間。
昨日は確か、そこまで遠くなかったと思うけど。でも、試合終わって、シャワー浴びて、バスに乗る頃には夜11時。そっから移動して、ニューヨークに戻って、自宅に戻って――オレに電話したのが、夜中の2時だ。
榛名のスケジュールは、大まかだけど把握してるつもりだ。
「つもり」じゃしょーがねー、って榛名は言うけど、そのくらい曖昧な方が、榛名と付き合っていくのにはいい。あいつ、束縛キライだし。
試合があるのか無いのか、投げるのか投げないのか。そんくらい分かってるだけで十分だと思う。
だってもう、オレ達はバッテリーじゃないもんな。
阿部と三橋はどうなんだろう?
彼らももうバッテリーじゃないけど……一緒に住んではいるんだよ、ね?
榛名のマンションの前まで来て電話を掛けたら、「何の用だ、てめー」とか言われた。
息がはずんでる。トレーニング中だったらしい。
「ごめんごめん」
オレは取り敢えず謝って、マンション共同のトレーニングルームに向かった。
榛名は白いトレーニングウェアを着て、マシーンの上で汗を流していた。
ふと思いついて、こっそり写真を撮っておく。
阿部はともかく、三橋は喜ぶだろうと思う。
「あいつら、来たか?」
榛名が言った。
「お前に会いたいって言ってたよ」
オレの言葉に、榛名は「ウソつけ」って笑った。
まあウソだけど。
ウソだけど――全くのウソでもないと思うよ。
こうやって、誕生日に振り回されに来てくれたんだから。
(続く)
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