Season企画小説
ヘルメスの下で・前編 (2012榛名誕・秋丸視点)
基本的に強引で傍若無人。けど意外に周りを見て、気を遣ったり気を回したりする。
榛名元希はある意味AB型らしい、そんな人間だ。
ただオレには、容赦ない。遠慮もない。
まあね、ダテに長い付き合いじゃないし、慣れてるし、どうでもいいんだけど。
だから――夜中の2時に電話で叩き起こされて、用事を言いつけられたって、別に今更驚かない。
ただ驚いたのは、その用事の内容だった。
『大事な客が来っから、迎えに行け』
迎えに行ってくれ、じゃなくて「迎えに行け」だ。命令形。まあ、いつもの事だけど。
オレは、眠い目をこすりながらメガネをかけ、ベッドサイドの時計を見て、ため息をついた。
「いつ誰が来るって?」
『だから〜、大事な客だって。何度も言わせんなっつの。眠ぃーんだからさ』
って。眠いのはオレだよ、と心の中だけで言いながら、オレはおざなりに「ごめんごめん」と謝った。
まあ、慣れてる。榛名はガキの頃から、ずーっとこういうヤツだった。
それは大人になって、プロになって、メジャーリーガーになった今でも一緒。
榛名はいつまでも榛名だった。
オレは榛名の付き人っつーか、世話係っつーか雑用係みたいなもんとして、今も榛名の側にいる。
通訳は球団が用意してるし、家の事はなんか家政婦とか雇ってるし。マネジメントもマッサージも、ちゃんとプロがついてんだから、ホントはオレなんかいなくたって、あいつは一人でやれるんだろう。
けど……こんなワガママ聞いてやれんの、オレくらいかも、とは思ってる。
朝10時ちょっと前。オレは榛名に言われた通り、マンハッタンの42番街に向かった。
グランドセントラル駅、ヘルメス像の下で、榛名の「大事な客」との待ち合わせだった。
変な場所で待ち合わせだなーと思ったけど、余計なコト言ったら多分うるさいから、オレは「はいはい」と了承した。
この駅は、マンハッタン3大ターミナルの1つ。結構歴史があって、土地の人間は、世界一美しい駅だって自負してる。観光名所にもなっている。
だから、榛名の指定のヘルメス像も、有名と言えば有名だ。
ただ、待ち合わせなら、もうちょっと定番で分かりやすい目印、ちゃんとあるんだけど……。
まあでも、そんなコト言ったって榛名には通用しない。2年もNYに住んで、まだろくに英文読めないバカだし。野球バカだし。
そんで、そのバカの「大事な客」ってのも野球バカだ。
いや、野球バカは過去形かな? 野球より、もっと大事なものを掴んじまったって感じかな?
でっかいトランクを持った、いかにもなビジターの2人連れを見て、オレは懐かしさにふっと笑った。
「ごめんごめん、待った?」
声を掛けて近寄ると、やっぱ知らない土地だからかな? ほっとした顔されて、何か嬉しい。オレは別に彼らの先輩でもないし、トモダチでもないのにね。
「秋丸さん……」
ぺこりと頭を下げて、阿部が言った。
「すんません、オレらマジ、右も左も分かんなくて」
阿部の言葉に、三橋もがくがくとうなずいてる。
大袈裟だなーと笑ってたら、阿部が「いや、マジで」と言った。
「ヘルメス像も結局分かんなかったし。どれなんスか?」
そう言われて、よくここに来れたなーと感心しながら、オレは頭上を指差した。
入り口からグレーの外壁を伝ってもっと上、屋根のところに、高層ビルを背景にしてギリシャの神が立っている。時計の上、つった方が分かりやすいかな?
「あー……」
「う、お」
2人の旅行者が口を開けて見上げてる様子に、オレはなるほどと納得した。
榛名、あいつ、この顔が見たかったんだろう。「どうだ?」なんて言ってる、得意げな顔が目に浮かぶ。
2人の様子をこっそり写真に撮りながら、オレも一緒に上を見上げた。
ヘルメスは旅人と泥棒の守護神で、能弁と体育技能の神でもある。今の彼らにふさわしいんじゃないか?
榛名がそこまで考えたとは、やっぱ到底思えないけど……。
それでも。あいつが誕生日にかこつけて旅行させてやるくらい、大事に思ってるトモダチだから。オレもせめて、ヘルメスの加護くらいは願おうと思う。
日本では、自由に生きにくい2人だから。
NYは割とゲイに寛容な街だ。
あちこちでゲイのカップルが腕を組んで堂々と歩き、街角で平気でキスをする。
2年前にこの街に来てそれが当たり前だと知った時、オレだって真っ先に、彼らの事を思い浮かべた。
ましてや榛名なんか……かつては甲子園の切符をかけて戦った、他校のライバルでもある彼らのコト、弟分みたいに思っていたし。
で、その弟分に、榛名はホテルまで用意してやったらしい。
ヒルトン・ガーデン・イン・チェルシー。3つ星だったか4つ星だったか、とにかくまあ、そこそこのホテルだ。
地下鉄でそこまで移動しながら、オレは2人に経緯を聞いた。榛名から一応は聞いてたけど、2人の口からも聞きたかった。
話を聞いて、またびっくりした。
「4月の上旬ですよ、突然飛行機のチケット、2人分送られて来て。で、何かと思って電話かけたら、『オレ様の誕生日、祝いてーだろ?』って。なんだそれ、って感じですよね?」
阿部の言葉に「はは。まあね〜」と答えながら、心の中だけで「おいおい」と思う。
チケット送ったって。じゃあ、彼らが来るのも到着時間も、1ヶ月半前に分かってたんじゃないか。何でオレに言うのが、今日になってからなんかな?
「全く、あの人のマイペースには、振り回されてばっかりですよ」
阿部の言葉に、「オレだってだよ」と心の中で同意してたら、横で三橋がぽつっと言った。
「でも、阿部君、嬉しそう、だ」
それを聞いて、阿部は「ざけんな」とか怒って見せるけど……実のところ、三橋の言う通り。そうやって榛名に振り回されるのも、阿部は嫌いではないんだろう。
そんで多分、オレも。三橋も。
そして、だからこそ榛名も、傍若無人なフリをして、この2人を呼んだんだろう。
自分の誕生日にかこつけて。きっとこの街を見せたくて。
この街――ニューヨーク、チェルシー。
2人が宿泊するこの街は、今でこそオシャレエリアとか言われてるけど、元々はゲイのメッカだった。
ほら、よくよく周りを見回せば――あちこちに、それらしいカップルが歩いてる。
オレはこの街の住人を見て、そして横を歩く、阿部と三橋に目を移した。
根っからの日本人の彼らは、多分癖なんだろう。ずっと「友達の距離」を保ってる。
ここはアメリカだ。誰もキミたちを見咎めない。
ここはニューヨークだ。誰もキミたちを差別しない。
そして、ここは……ゲイの街だ。
それなのに。「友達の距離」を無意識に取る、そんな2人が愛おしいと思った。
(続く)
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