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Season企画小説
ビリヤードの罠・前編 (2012三橋誕・高校生×教師)
「先生に相談したいことがあるんです」
 そんなメモで、教え子に呼び出された放課後の屋上。中間テストを間近に控え、部活動も禁止になってるもんだから、校内はいつもより静かだった。
 屋上はいつも、応援団が練習に使ってる場所だけど、さすがに彼らの姿も無い。
 けれど――肝心の待ち合わせの相手の姿も無くて、オレは少し声を張り上げた。

「阿部君?」

 返事はない。
 でも、ふと異臭を感じて、そのニオイを辿るように銀色の給水タンクを回り込む。
 と、そこには、思った通りの彼がいた。
「阿部君!」
 とっさに声を荒げてしまったのは、仕方ないと思う。だって、彼は……オレの教え子、阿部隆也は。その口に煙草をくわえてたんだから!
「キミ! 何、して……っ」

 叱ろうとしたのに、顔にふーっと紫煙を吹きかけられて、情けなくもゴホゴホと咳き込む。
「何って。見りゃ分かるでしょ?」
 阿部君は煙草を右手につまんだまま、整った顔でニイッと笑った。


 罠だった。でも、それに気付いたのは、ずっと後になってからだ。
 周りに喫煙者がいなくて、オレ自身も吸ったコトなんてなかったから……彼の喫煙がフリだって事、オレはまるで分からなかった。
 冷静に考えてみれば、担任教師を呼び出しておいて喫煙シーンを見せつけるなんて、怪し過ぎる。
 でも、オレは色々鈍くて。
 教師1年目で経験もスキルも何も無くて。無知で。
 ただ、「煙草なんてやめさせなくちゃ」って、それしか考えられなかったんだ――。


 この阿部隆也という少年は、オレの受け持つ1年7組の生徒で、野球部のキャッチャーをやっている。
 高校球児らしく、ハキハキして品行方正な子……だと、思っていた、けど。煙草をくわえ、煙をくゆらせてる様子は、すごく堂々としててちょっと怖いくらいだった。
 オレはごくりと生唾を呑み込み、キッと彼を睨みつけた。
「甲子園目指すんだ、ろ? 煙草なんか、吸っちゃダメ、だ!」
 そして、彼の右手をグイッと掴み、力いっぱい握り締めた。

 握力には自信ある。オレだって、大学までピッチャーやってた、し。それに……野球部の顧問としても、ここは怒るべきだろう。
「痛い、痛い、先生」
 握力に任せてねじり上げると、彼はあっさりと降参して、火の点いた煙草をぽとりと落とした。それをすかさず踏みにじり、証拠隠滅の為、しゃがみ込んで拾い上げる。
 携帯灰皿なんて持ってないから、仕方なくハンカチを出して、包み込んでいると――。
 カチッ。シュボッ。
 頭上でそんな音がした。

「えっ!?」
 ハッとして見上げると、案の定。阿部君は新しい煙草を一本くわえ、ライターで火を点けていた。
 フリだ。
 罠だ。
 でもオレはそれに気付かなかった。彼が煙を吸い込んでもないなんて、そんなの誰が考える?

「阿部、君!」
 怒鳴ったオレに、阿部君は煙草から唇を離して、またニィッと笑って見せた。
「やめられないんスよ、先生」
 嘘だ。
 でも、勿論オレは気付かなかった。
 ニコチンは――若ければ若い程依存症になりやすい、らしい。それに、若ければ若い程、健康に与える影響も大きい。
 そんな、上滑りな知識だけでいっぱいになって、阿部君本人がホントに喫煙者なのかどうかも、見破ることができなかった。

「でも、やめなきゃ、だろ!」
 オレは、その新しい煙草も取り上げて火を消した。
 それから同じことをされる前に、「渡して」と手を出し、煙草の箱とライターを没収する。
 真新しい煙草だった。2本しか中身が減ってない。でも、そんなことは気にならなかった。多分、やっぱり、冷静じゃなかった。

「じゃあさ、先生。やめれるように協力して下さいよ」

 そう言う彼の思惑も知らず、オレは「いいよっ」と返事した。
「オレ、にできることなら、何でも言っ、て。協力する、から」
 って。
 その瞬間――阿部君が見せた笑顔に、オレは思わずドキッとした。
「じゃあ、オレが1週間禁煙できたら、先生とビリヤードさせて下さいよ」

 何でビリヤード? 何がビリヤード?
 その時、一瞬引っかかったのに、オレは別のことを口にした。

「1週間? でも……」
 それじゃ短すぎる、と言おうとしたら、阿部君が重ねて言った。
「1週間我慢できたら、ビリヤード1回。また1週間我慢できたら、また1回。ねぇ、それくらいいいでしょ、先生?」
 だから何でビリヤード?
 オレはやっぱりそう思った。だって、阿部君は高校球児なのに……そこはふつう、キャッチボールとかにならないの、かな?

 後から思えば、その疑問こそ大事だったんだ。
 でも、この時オレはまだ「ビリヤード」って言ったらビリヤードの事しか思い浮かばなくて。
 ビリヤード場でやる、キューで手玉を打って的玉を落とす、9ボールとか8ボールとかの、そういうビリヤードだと信じてて。
 だから、言っちゃったんだ。阿部君に。
「いいよ。それでキミが、ホントに禁煙できる、なら」

 ホント言うと、ビリヤードなんてろくにやったことないし、ビリヤード場も馴染みがないし、ちょっと不安だった。
 第一、そういうビリヤード場に生徒と同伴で行っていいのかな、っていう疑問もあった。
 でも、喫煙よりはマシじゃないか?
 担任教師として、また野球部の顧問としても、生徒の、部員の、喫煙はやめさせなきゃって思ったんだ。

 それが――5月10日のことだった。

 その日から1週間、約束通り、阿部君は煙草に触らなかった。服からも、髪の毛からも、一切ニオイはしなかった。
 調べると、ニコチンの体への禁断症状は、禁煙3日目がピークなんだって。精神的な依存とか、習慣的な依存はまた違うらしいけど。
 だから、1週間我慢できたのって、スゴイなぁ良かったなぁって、オレは単純に思ってた。純粋に、喜んでたんだ。
 だって、罠だなんて知らなかったし。
 思ってもなかったし。
 阿部君を――信じてたんだ。その日まで。

 5月17日。オレの誕生日。中間テストの直後まで。

(続く)

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